第三章 1話 魔石龍との邂逅
これから文量は減りますが毎日投稿に切り替えることにしました。
地図を広げ、おおよその位置を把握する。ここの地点でも水には魔石が確認できたが、そろそろ水の源流近くの山間の洞窟に入ってくる頃合いだ。
「セレス様、これから先はすぐ洞窟になる。もしかしたらだが、そこで隠れて魔石を流しているかもしれない」
「可能性は高いですね。魔力が戻り次第、再度隠蔽魔術をかけて進んでみましょう」
魔力が戻った段階で、魔力探知を限界まで広げる。すると、あった。いや、あってしまったが正確な表現かもしれない。
五段目のユニコーン亜種、アシュラ・ハガマよりも濃密な魔力。
「セレス様、隠蔽魔術をお願いします。奴らがどうやって魔石を川に流しているのか知りたい」
「わかりました」
すぐに詠唱を始め隠蔽魔術がかかり、魔力糸で念話の準備まで整えてから岩陰に隠れて観察する。
王国全土を汚染した元凶にして原因がそこに鎮座していた。
六段階目にして、全身が魔石で構成されている魔石龍、サクロクス・マギクス。
文字通り魔石の外殻から身体の内側の“血肉”に至るまで、魔石から構成される龍種だ。
こんな王国近くの洞窟ではなく、人が立ち入れない深域に生息しているはずだが、召喚陣を上手く利用してここまで引っ張ってきているに違いない。
魔族の反応も二つあり、やはり王国が魔族に狙われていたことがわかる。
(魔石龍、どうしてこんなところに)
セレスティアが念話越しに思わず溢す。
(魔族が何らかの方法で呼び寄せたのでしょう。魔族は黒龍の剣があれば問題なく倒せるが、伏兵の存在も気になる。飛び道具なら無効化出来るが、どうしますか?)
(レルゲンの魔力感知では他にはいなかったのでしょうし、早めに倒しましょう。伏兵が来る前に。では、打ち合わせ通りに)
コクンと頷き黒龍の剣を鞘から引き抜く。
セレスティアが高速詠唱でバフをかけ、攻撃、物理防御、速度、魔力消費軽減、精密動作性、状態異常無効化、魔力防御の支援魔法を二人分かける。
ふぅ、と一気に高速でバフをかけ終わり一息つき、バフがかけ終わったと同時に魔力を消費した分を魔力糸で受け渡す。
全開に戻ったセレスティアが上級攻撃魔術を詠唱し始め、レルゲンが魔族の背後から黒龍の剣で暗殺を図る。
音もなく静かに接近し、隠蔽魔術によって隠された一撃が魔族を襲う。
「ぎゃっ」と短い声をあげ、何が起こったか分からないまま核となる魔石を粉々に切断。
一体目は静かに、そして素早く屠ったが二体目が異変に気づく。
拡音鉱石を使い周囲に伝えようと息を吸い込み発声する直前に、黒龍の剣に魔力を込められた遠方からの一撃が、正確に魔族の首を捉え、落とす。
切断した首が転がり、新しい頭部が再生しようと首元の体組織が蠢いている。
(頭を落としてもまだ再生するのか!セレスは詠唱を続けて待機していてくれ!)
返答はないが、セレスが思念詠唱を続けているので伏兵の存在はまだない。
あの魔族が仲間を呼ぼうとしたのは確かだ。伏兵がそこら中に潜んでいると考えた方がいい。
これ以上の遠距離攻撃は背後にある壁にぶつかり仲間が駆けつける可能性があると判断し、黒龍の剣を頭部が落とされた魔族目掛けて投げつける。
念動魔術で速度にブーストがかけられた黒龍の剣は魔族の胸を正確に貫き、高速回転することで魔族の核である魔石を薄くスライスする。
再生を阻害された魔族は声にもならない悲鳴が伝わってくるようにふらふらと歩き、霧散して消える。
(お疲れ様でした。こちらも詠唱が終わりました。いつでもいけます)
(わかった。伏兵が周りに潜んでいる。一旦そっちに戻るからあの魔石龍をどうするか話そう)
ここで知らない声が頭に響き、対話を持ちかけてくる。
(待たれよ、魔族を撃ち倒し者達よ)
いきなり頭に響いてきた声に二人共動揺する。
声の主を探すために辺りを見渡すが、隠蔽魔術がまだかかっている。
正確に二人の位置を捉えて念話をしてくるとは、一体どこの誰が。
警戒心を全開まであげ、セレスティアの元へと全力で戻る。
(待てと言うておるだろう。言葉が分からぬのか?)
再びの呼びかけ、レルゲンが慎重に返答する。
(誰だ?どこの誰だか知らないが、割って入ってくるなんて随分な自信だな。魔族の指揮官よ)
(ええい、本当に話が通じぬ人族だな。我をあんな下賤な者どもと一緒にするでない)
ここで会話が噛み合っていないことに気づき、更に対話を続ける。
(ならどこから話しかけている?姿を見せろ)
(レルゲン、もしかして)
(そこの女は分かったか。我は最初から貴様の見える位置にいるぞ)
(なんだと?)
周りを見回すが、魔石龍以外は他にいない。
まさか……まさか本当に魔物が言葉を介するとでもいうのか。
(この瞬間は何度やっても愉快なものよ。まぁ良い、こんな所まで何用だ?)
掻い摘んで王国の現状を伝える。その原因を取り除きにきたことも。
(我を倒すか、大それた事を抜かしおるわ。二人のちっぽけな人間が。だが今の我は囚われの身、倒すなら今が好機だろうよ)
サクロクス・マギクスは瞳を閉じて、レルゲン達に倒されようとしている。
手足から首、羽根にかけて魔封じの鎖で縛られ、地面や壁に杭打ちされている。
魔力攻撃が大部分の魔石龍からすると一度封じられれば身動きがほぼ取れなくなるのは道理だ。
本来ならば倒す事に何ら躊躇いが無いレルゲンだが、自ら死を望む珍しい魔物に少し興味が湧く。
(セレス、これから少し勝手な事をする)
(レルゲン、まさか貴方)
魔石龍を縛る魔封じの鎖を念動魔術で杭打ちされている部分を引き抜く。
魔術を封じるための鎖だが、鎖の輪郭を正確に捉え「空間ごと固定」し操作する。
魔術的には魔封じの鎖に念動魔術で触れる事なく杭を抜いているというわけだ。
(ほう、面白い術を使う。おかげで自由の身だ。これで遠慮なく魔族に復讐できるというもの)
(無理だよ。俺が杭を抜いたのはあんたに犬死にしてもらうためじゃ無い。協力してもらうためさ)
(聞き捨てならんぞ人間、誰が犬死にするって?それに協力だと?笑わせるな)
眼光鋭くレルゲン達を睨みつける。
だが、レルゲンもサクロクス・マギクスから目を逸らさず、見つめ返す。
(なぜ攻撃してこない)
(あんた芝居が下手過ぎだ。そんなに早く死にたいのか?)
驚いた表情をする魔石龍。観念したのか正直に話し始める。
(もう楽になりたいさ。だがな、ここの魔族連中は生かさず殺さず、我から“血を奪う”)
心配そうにレルゲンの腕の裾を掴むセレスティア。
(レルゲン、この魔石龍って)
(ああ、王国に血、もとい魔石を液体化された血液を川に流させられたんだと思う。薄められ過ぎて気づかないわけだ)
(それで、お前は我に何をさせたいのだ)
敵意がない事を確認し、レルゲンが頷く。
(今度はやけに素直だな、やって欲しい事は二つある。一つ、残りの魔族の数と配置について知っている事を話してもらう。
二つ、ここにいるセレスティアに隠蔽魔術を看破した方法を伝授すること)
(いいだろう。だがそこの女に我の理論が理解できるかな)
試すように笑いながら問うが、その表情はどこか力が籠っていない。
そこまで時間をかけていられなさそうだ。セレスティアはどこかやる気というか、自分の知らない術を学ぶ事に少し興奮しているようだ。
(すみませんがこれから学ぶにあたり、集中するので隠蔽魔術が使えなくなります。レルゲンは魔族の残党狩りですか?)
(ああ、なるべく早く戻るよ)
(ご無事で)
隠蔽魔術が解け、レルゲンとセレスティアの姿が周りから見えるようになる。
(そのような“成り”をしているのだな)
「変な事を言うな、“視えて”いただろうに」
セレスティアがかけたバフの効果が切れる前に、先に指揮官を倒しておきたいと考えるが、相手がこの六段目の魔石龍を力や罠で出し抜ける実力を持っているのを想定する必要がある。
理想は遠隔からの大出力の魔力斬撃で倒すことだ。
一度首を刎ねれば再生のために先ほどの魔族と同じく数秒動きを止められるはず。
勝負は一撃の暗殺がベスト。
魔石龍から聞いた話では、指揮官の魔族は一体だが側近として二体の魔族が警護しているようだった。レルゲンの魔力感知では反応がないが、ここは信じて進むしかない。
念動魔術で空中に浮き、可能な限り音を消しながら細い通路を進んでいく。
魔石龍の言っていた事は正しかった。暫く進むと魔力感知に三体分の反応があり、黒龍の剣に魔力を可能な限り込める。
紫色に発色した剣が、今か今かと鳴動し技の発動に備えている。
三体の魔族を目視した瞬間、黒龍の剣の魔力斬撃を解放する。
空気を焼くような光の斬撃が魔族を襲い、三体纏めて塵にしてやるつもりだったが、側近二人の魔力防御で指揮官の魔族は辛うじて即死は免れたが
側近の二体は斬撃に耐えられず塵となり消える。
「貴様が第三王女の騎士だな!不意打ちとは卑怯な」
強がってはいるが片手片足が欠損し、修復しようと傷口が蠢いている。
「その王女を毒殺しようとした奴が何言ってやがる」
レルゲンの指摘は無視して魔族が勝ち誇ったように宣言する。
「私に危機が迫った時には、自動的にここへ配下が集まるように転移魔法陣を組んである。国の民はさぞ苦しんでいる事だろう!素晴らしい成果だ。
貴様がいるということは第三王女も一緒だな?
ここにはいないようだが見つけ出し、貴様の前で殺してやる」
「そうさ、今現在も王国民が苦しんでいる。傷を治すのに必死に時間を稼いでいるようだが、その間にただお前の話に付き合っていると思うか?」
「魔力感知に反応はない!でまかせだ!」
(コイツは魔力感知が使えるのか)
「どうかな、魔力だけに注意していると“足元を掬われるぞ”」
「何を言って」
突如魔族の指揮官の足元が急に隆起し、数メートル押し上げる。唐突な足場の変化にバランスを崩しながらも羽を展開して空中に留まろうと羽ばたく。
四方八方に魔族の魔力を感知する。その数、魔石龍が言っていた通り十五体。
(時間はかけていられない!)
念動魔術で地面を隆起させ空中に放り上げた魔族の指揮官が羽ばたいて慣性を殺そうとしているが、そこには既にレルゲンが魔力糸を這わせていた。
「綴雷電」
魔力糸に雷を流し込み、即座に魔族が電撃を浴びる。空中で感電した魔族の指揮官が徐々に高度を保てなくなり
感電した魔族の指揮官目掛けて天井からも念動魔術で隆起させた塊をぶつけ、地面へ叩きつける。
急降下先には既にレルゲンが魔力を込め終わった黒龍の剣を構えている。
慌てて羽を使って軌道を変えようとするがもう遅い。魔族の心臓とも言える魔石の位置を正確に掴み、黒龍の剣で貫く。
貫かれた魔族は何とか剣を引き抜こうとする。
「オオオオオ!!」
剣を抜こうとする魔族の指揮官を力づくで横一閃に切り裂き、分かつ。
真っ二つに切り裂かれた魔石と身体はまだ再生しようと切り口が蠢く様子を見て、更に“怒りが込み上げる”。
念動魔術で真っ二つになった魔族を持ち上げ切り刻み、魔石の再生機能を超えた破壊を負わせ、魔族の指揮官は塵となって消えた。
ここで手下の魔族連中が集まってくる。だが、そこにレルゲンの姿も、指揮官の姿もない。
集まってきた魔族が困惑の表情を見せる。レルゲンは魔族の死角となる空中にいた。
(全員が魔力感知をもっている訳ではないな)
魔力糸を円形状に何度も、そして広範囲に展開して魔族連中がいる高さまで静かに下ろす。
拳をギュッと握ると広範囲に展開された魔力糸が急速に狭まり、魔族連中が一箇所に束になって集められる。
あまりの締め付けの強さに悲鳴を上げる魔族もいたが、気にせずに魔力を束になっている中心に集中する。
「アイス・ジェイル」
大量の水を魔力で精製し、氷へ性質変化させる。足元から頭のてっぺんまで氷漬けにされた魔族は全く身動きが封じられ、声すら上げられなくなる。
再度黒龍の剣に魔力を限界まで込め中段よりやや低めに構える。剣から伸びた光が地面を抉り、刀身が伸びるように感じるが気にせずに横に薙ぎ払われた。
十五体もの魔族を氷漬けにした塊が半分になり、切り口から魔石が顕になる。
切り口の魔石を目視し一体一体全て魔力糸でがんじがらめに巻きつける。
紐を結ぶように引っ張られた魔力糸は十五体分の魔石を一度に粉々にし、指揮官同様に塵へとなった。
セレスティアと魔石龍がいる広間まで戻る。度重なる黒龍の剣の行使で、魔力量に自信があるレルゲンだが魔力が底をつきそうだった。
(危なかった)
「レルゲン!ご無事でしたか!」
「ええ、何とか」
セレスティアが駆け寄ってきてレルゲンを抱きしめる。
「本当にどこも悪くありませんか?ちょっと見せて下さい」
ペタペタとセレスティアがレルゲンの身体を触診する。攻撃は一度も受けてはいないが、魔力消費が激しい事を伝えるとすぐに魔力の受け渡しをしてくれた。
「セレスの方はうまくいった?」
「はい、簡単にいうと熱感知に近いものだと思いますが、慣れるのに時間はかかりそうですね」
「そうか、流石はセレスだ」
「いいえ、この魔石龍の説明が上手でした。熱を色で表現するそうですよ」
「熱を色か。魔石龍よ、礼を言う。この熱感知も急務だったんだ」
「良い。貴様ら「夫婦」の明日はまた険しいものになるだろう。旅の友にコレを持っていけ…我が奴らからの拷問を受けても渡さなかった宝物だ」
宝物ってなんだ?と思って手を出して受け取ってみると、それはペアの指輪だった。貰えるものは貰うが、指輪って確か…
「付ければ大幅に魔力が増幅される。見たところどちらも魔力消費が激しかろう。持っていけ」
セレスティアは感激の余り言葉が出てこない様子で、代わりにレルゲンがお礼を返す。セレスティアは左手の薬指に自ら嵌め、レルゲンは左手の小指に嵌める。
それを見たセレスティアは何やら不満そうな顔を一瞬見せたが、すぐに飲み込んでくれたようだ。
魔術的にそれぞれの指の大きさへ合わせるように指輪が縮み、お互いの指の太さに合わせられる。
効果は絶大だった。魔力タンクとも呼ぶべきレルゲンの魔力はセレスティアから受け渡されたとはいえ
総量の半分程度だったが一気に全開近くまで引き上げられ、最大魔力量まで上昇している。
セレスティアも同様に最大魔力量と魔力が全開状態まで戻っている。