49話 お前を
渾身の一撃がセルフィラへ迫る。
浮かべられた笑みは消える事なく、光の奔流に飲み込まれたセルフィラは、高波と共に姿を消す。
魔力感知にも引っかからないとセレスティアがレルゲンに向けて駆け寄り、一撃の下に消し飛ばした究極の一を讃える。
「感知にも引っ掛かりません。やりましたね」
だが、レルゲンはまだ戦闘体制を解かず、波が収まるのをじっと見つめている。
不思議に思いセレスティアの笑顔が消え、セルフィラが立っていた方向を見つめて、熱感知の魔術を片目のみ発動させた。
しかし、周囲を見渡してもそれらしい熱源はなく、安堵しかけたその時、肩に優しく手を置く者が一人。
「残心を心掛けるその姿勢、とても素晴らしいよ。君の名前はなんと言うのかな?」
「!?」
まとわりつくような蛇を連想させるイメージが、セレスティアの脳内を這い回る。
冷や水を浴びせられた気分になり、すぐに飛び退いて距離を取るが、振り返っても声の主はそこにはいない。
「後ろだセレス!」
「良い名だ。君はセレスと呼ばれているんだね。ただすまない。
今は君を抱きしめてあげる事が出来ない。
少し待ってもらえるだろうか?」
セレスティアの後ろに立っているセルフィラは右の上半身を完全に消し飛ばされ、およそ半分程になったとしても身体が砂になるどころか、出血すらしていない。
セルフィラが魔力を消し飛ばされた右半身に集中する。
するとすぐに身体から骨が生え、肉が骨を覆い隠し、皮膚が再生していく。
ものの一瞬で再生を終わらせたセルフィラは、セレスティアに向けて両手を広げ甘く囁く。
「さぁ、セレス。おいで」
「貴方にその呼び方を許した覚えは……!?」
セレスティアの右足が一歩、勝手に前へ出る。
まるで自分の足ではないように、一歩、また一歩と勝手に足がセルフィラへ向かっていく。
「おい」
セルフィラは声をかけてきたレルゲンに向かって視線のみを送るが、さして興味の無さそうな眼差しはすぐにセレスティアへと戻り、にこやかに笑う。
「嫌、どうして私の足が勝手に…!」
すぐにレルゲンがセレスティアの前に飛ぼうと念動魔術で加速するが、ピタッと完全に止められる。
「止まれ」
「ぐっ…!」
身体が鉄にでもなったかのように全身が重くなり、一歩どころか指先一つすら動かせなくなる。
まるで以前体験した、召子がやった二度目の召喚時のような、強制的に動きを封じるような感覚。
セレスティア以外の面々も纏めて止められ、マリーに至っては涙を流している。
「いや…!レルゲン!助けて」
「黙ってそこで見ていろ異分子。まず一人目の儀式だ」
「……っ!」
声が出ない。
喉を震わせることすら出来ない程ガッチリと固められた全身。
それでも、今動けなければセレスティアは遠いところに行ってしまう。
そんな確信にも似た不安感が全身を這い回る。
(動け、動けよ動け、今ここで動かなくて、何が騎士だ、何が国を護るだ、何が…夫だ!)
「…………………、、、」
「……ぉ………ぉぉ」
声にもならない音が微かに鳴り始める。
セレスティアがセルフィラに触れられるまで、後一メートル。猶予はない。
「ぉぉぉ…ォォォオオオ」
「ォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!」
何の意味も持たない咆哮が搾り出されるように、水を堰き止めている囲いから漏れ出るように、爆発した感情の一部が止めどなく溢れ出てくる。
「俺の、俺の女に……何しやがるッ!!」
全ての魔剣を念動魔術で浮かせてセルフィラに向けて一斉に射出すると、意外そうな表情を向けながらも、何本もの魔剣がセルフィラの全身を串刺しにする。
全員の硬直が解け、マリーはすぐさま最愛の姉の元へと駆け寄った。
「セレス姉様、どこも悪くない?!なんで歩いて近づいちゃったのよ!何にしてもよかった…!」
「はい。私は大丈夫です。まるで自分が操り人形になったような気分でした……」
「セレス」
レルゲンが声を掛けると、セレスティアは無言で一回り年下の旦那を強く抱きしめた。
「怖かった……怖かった…!」
「もう大丈夫だ」
セレスティアを抱きしめながら、未だに串刺しにされたまま動きを止めているセルフィラを睨む。
「おい、お前。いつまでそうしているつもりだ」
「感動の再会は終わったかね?やれやれ」
身体に刺さった魔剣を全て引き抜き、肩をクルクルと軽く回す。
「私の心念を一時とは言え上回ったことは褒めてやろう。だがその表情を見る限り、後何度今のやり取りができるかな?
私はいくらでも付き合っても構わんぞ?
君が心念を発動できなくなるまでな」
「その前にカタをつける」
「君にできるかな?」
「さあな。だが、お前が俺じゃなく妻を、周りを弄ぼうって言うなら」
指を真っ直ぐセルフィラに向け、静かに宣言する。
「お前を殺す」