46話 バディ
心念の盾を使用したクラリスは急いでいた。
威力や防御力の底上げに心念の上乗せを使うならまだいい。
しかし、心念の盾となれば話しは別だ。
爆発的に高められたイメージ力は周りに伝播する。
恐らくメアリー達やセルフィラがいる層にまで届いてもおかしくない。それだけの影響力を周りに伝えてしまうのが心念の奥義。
手早く懐から赤い液体を取り出してカリュエルに飲ませると忽ち傷が癒えていく。
意識を取り戻すまですぐの筈だが、その時間すら惜しい。
救出した天使達を心念の操作術で空中に浮かし、乗ってきた船に詰め込んでいく。
全員が乗り込んだ後に、下降するための操作を入れてボタンを押す。
低い駆動音が響き、初層から深二層の砂を掻き分けていると、カリュエルがガラスに頭をぶつけて目を醒ました。
「いて」
「おや、ようやく起きましたか」
「あぁ、っていや!クラリス!上官は?!」
「倒しました。今は帰還している所です」
「流石だ。あの天使は並大抵の強さじゃなかったが、よく無傷で倒したな」
「いえ、奥の手を使わされました。
やはり天使とは厄介な種族です」
「ん? まぁいいか。とりあえず助かったが、俺の傷の手当てまでしてくれたようだな」
「液体を振りかけて強引に飲ませただけです。貴方の生命力の強さには呆れるほどですよ」
「液体ってお前それ…」
「ええ、この際なのでハッキリさせますが、私は無翼の天使ではありません。人間です」
「そうか、そうだったのか」
「あまり驚きませんね」
「クラリスの強さで無翼の天使を装うのはちょっと無理があったからな。
だから何か事情があって潜入しているんだとは思ってたわ。
だけど人間とはな、俺はそっちの方が驚きだよ」
「私自身を人間と評するのは些か暴論のような気がしますが、それでも人間であり続けていると、そう思います」
「そうか」
カリュエルは静かに笑い、ガラスの外を遠い目をしながら眺めていた。
「なぁ、クラリス」
「はい」
「俺達の旅はここで終わりなのか?」
クラリスは少し間を置いて目線は真っ直ぐに前を向いて答える。
「はい」
「俺はなんだかんだで楽しかったぜ」
「何ですか気色の悪い。天使に口説かれるのはこれで二回目なのですが」
「え、まさか」
「そのまさかです。天使は強い女性が好みなのでしょうか」
「それは間違いないな。強い女なら世継ぎもまた強くなる道理で、容姿は二の次だ。
まあ容姿が整っていない天使を探す方が難しいけどな。で、どうだ?」
「? あぁ、お断りします」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、すぐにそういう意味だと気づき白けた表情で返答する。
「わかっちゃいたがやっぱりダメか。
逆に聞くが、どんな男が好みなんだ?」
「私より強いか、強くなれる素養を持っている方です」
「そんな奴いるか?
それこそセルフィラ様くらいしか思いつかないぞ」
「あの天使の強さは確かなものですが、どんなに強かろうが生理的に無理です」
「わがままだな」
「選ぶ権利ですよ」
二人は顔を合わせずにクスッと笑う。
今生の別れの挨拶のように、視線は前へ向いたまま。
「これからどうするんだ?」
「貴方を最深層で下ろした後、私は仲間と合流します。ここにいる天使を連れて」
「そうか……短い、本当に短い時間だったが楽しかったぜ。後半は死にかけていたけどな」
カリュエルが自虐風に笑って鼻を軽く掻いたが、クラリスは至って真面目に答えを返した。
「精々強くなって出直してきて下さい。
天使の翼という劇薬を使わずとも、強くなれる道は多いですから」
「あぁ、肝に銘じるとするよ。
セルフィラ様には俺から伝えておく」
「必要ありません。
私と上官が消えた事も既に知っているでしょうから」
「あのお方ならクラリスがあの天使を倒したことに気づいていても不思議はない……か」