42話 裏切り
「救出したとしても今のように砂になってしまう天使はいるでしょう。それでもこの三十は下らない天使達を一人ずつ助けますか」
「見くびるなよ。俺はこんな事をしている天使達は許さない。
意識はないがきっと助けて欲しいと思ってるはずだ。少しの可能性があるなら俺は手を差し伸べたい。手伝ってくれ」
「分かりました」
その時クラリスは人間でありながらも、こうして無翼の天使の自由を散々奪ってきたカリュエルに対して、大きな矛盾を感じていた。
結局全ての囚われている天使達の機械を停止させると、およそ七割の天使は砂に変わってしまったが、残りの三割の天使は砂にならずに原型を残す。
いずれも意識は皆取り戻す事は無かったが、それでも自然と衰弱状態から回復すれば元に戻るはずだ。
「十人ですか」
「ああ。コイツらは証拠のためにも連れ帰るんだろう?」
「連れ帰る事には賛成ですが、この施設は私達の管理下にあります。
それを潰したとあれば、それは反逆行為とも取られるでしょう」
「そうか」
「気づかなかったのですか?」
「まあな。だがどちらにせよ俺はコイツらを助けたと思う。後悔はしていないさ」
「なら問題ありません。これからの事を考えましょう」
「これからというのは、お前達が処刑される未来の話か?」
カツカツと敢えて靴音を響かせながら、一人の天使が二人の前に堂々と姿を見せた。
カリュエルは後をつけられていたことに驚いた反応を見せたが、ここで声を掛けて来る。
否、反逆行為をクラリスが仕掛けるのをじっと待っていたのだろう。
声を掛けたというのは決定的な証拠を目撃したからだ。
「俺が来た事に驚かないんだな。
つまり、遅かれ早かれ反逆の意思ありと言うわけだ。
そしてカリュエル_お前には失望したよ。
この女はともかく、お前まで迷わず我らに反逆するとはな」
「いや!俺はセルフィラ様に反逆の意思はない!だが、俺がやったことも間違いだとは思わない」
「自分で思考の矛盾を自覚していないようだな。
なるほど、ならばその残念な頭から先に破壊してやるだけだ」
上官の天使がクラリスとカリュエルに向けて殺意を向ける。
すぐに戦闘が開始されるが、傍らには救助した十人の衰弱した天使達。
ここで戦うのは得策ではないとカリュエルが真っ先に上官に向け、翼の刃を顕現させて突っ込んでいく。
「クラリス!その天使達を!」
「一分だけ時間を稼いでください」
十人を移動させるには余りにも短く、自分より格上の天使の足止めには途方も無く長い時間。
上官に対して斬りかかるカリュエルは、短くクラリスの提示した時間を復唱し、全開に高められた魔力を剣に込める。
「一分だな!」
横目でクラリスの方向を見ると、既に数人の天使を連れており、姿を消していた。
(頼もしい相棒だぜ全く)
上官も素早く剣に変形させた翼でカリュエルの一撃をいとも簡単に受け切る。
「お前は今、完全に我らを敵に回した」
「そんなこと分かってんだよ!」
「そうか、なら遠慮なくお前を粛正させてもらう」
カリュエルが冷や汗を一滴地面に垂らした瞬間、恐怖を振り払うように雄叫びを響かせて再び上段に構えられた一撃を繰り出す。
「さっきと同じ攻撃とは浅はかな奴だ。気でも狂ったか」
大きな衝撃が当たり一面に響き、廃墟と化している預かり所の天井から砂埃が落下する。
剣同士で火花を散らす中、上官の天使は力で押し込もうと一歩踏み込む。
しかし、カリュエルの片手が剣から離れ、真っ直ぐ上官の天使に向けて伸ばされた。
「聖光砲!」
大出力で放たれた聖属性の魔力砲がゼロ距離で飲み込み、上官はその威力に耐えかねて後方へ大きく吹き飛ばされる。
空中で身体を回転させて翼を大きく広げ、空中に止まってカリュエルを睨みつける。
口元から少しの血が流れたのを手で乱暴に拭うと、顔をしかめて更に殺意の心念を辺りに撒き散らしながら宣言する。
「カリュエルゥ…!」
「へへっ、ちょっとは効いたようだな」
薄ら笑いをして精一杯の強がりを見せるが、今の魔力砲に全身全霊の魔力を込め、マインドダウン寸前まで消費していた。
クラリスが最後の天使を安全な距離まで離し、カリュエルの元へと戻る。
心念は二つ。
一方は未だ殺意の心念を放ち続け、もう一方は戦意をほぼ喪失している。
急がなければ間に合わないと感じながらも、カリュエルを必死になって助けようとしている自分自身に驚いていた。
(私もレルゲンの甘さが移りましたかね)
だが、この甘さは嫌いではない。
一層速度を上げながらカリュエルの元へと疾駆する。
「終わりだ。カリュエル」
「そうみたいだな」
ボロボロになったカリュエルに最後の一撃が振るわれる。瞳を閉じて、急いでいるであろうクラリスに心中で謝罪する。
(すまねぇ。一分、稼げなかったわ)
振り下ろされた切先は、カリュエルの首元目掛けて一直線に向かっていく。
完全に諦めていたカリュエルに、一人の影が現れた。
片手で上官の剣を受け止めたその影は、美しい銀髪をなびかせながらカリュエルに振り返る。
「一分丁度。よく死にませんでしたね」
「まあな」
安心したカリュエルの意識はそこでプッツリと途絶え、一人の人間にバトンを受け渡した。