第二章 12話 極秘任務 改稿版
ここでセレスティアの主要貴族の一人であるドットハム卿が発言を求める。
「恐れながら申し上げます。王国民の体調は悪くなる一方、
ここは大規模調査団を川の上流に派遣し、
原因を一刻も早く除去するべきです」
だが、ここで違を唱えたのはそのセレスティア本人だった。
「お待ちになって下さい。
ドットハム卿。このセレスティア、
貴殿のお気持ちは痛いほど理解できます。
しかしながら今、国が弱っている中で騎士団の大部分が
ここを空けてしまった場合、王国民は誰が護るのでしょうか?」
「しかしそれではどうしろと…」
セレスティアが女王であるダクストベリクに向きを変え、
力強く意見する。
「女王陛下、ここは少数精鋭で原因を除去し、
王国の守護は騎士団に任せるべきだと進言致します」
女王が目を閉じて考える。
数秒の間、謁見の間が静まり返り、再び女王が口を開く。
「セレスティア、貴女が現地に行くと言うのですね?」
「はい、ここにいる騎士レルゲンと共に」
ざわざわと貴族が話し込み始める。
「静粛に。貴女は王位継承権第一位です。
このまま行けば貴女が次期女王となるでしょう。
危険を犯してまで出向く必要は本当にありますか?」
ここで普段優しく、
そしてよく笑う表情が多いセレスティアの表情が引き締まり、
女王を強い意思の瞳で見つめる
「王国民なくして国は成り立ちません。
空っぽの玉座に座れたとて、本当に王国と呼べるでしょうか?
私はそうは思いません。
今こそ位の高い者が自らの手で救いの
手を差し伸べなくてはならないのだと、私は強く思うのです」
「……分かりました。
貴女のその強い意思に王国民の明日を託しましょう」
女王が一度窓の外をどこか遠い眼差しで見つめてから、
今度はレルゲンを見る。
「騎士レルゲン、貴方にもこの疫病とも呼ぶべき
負の連鎖を断ち切ることを命じます。よろしいですね?」
「お言葉ですが女王陛下、
私はここにおりますマリー王女殿下の専属騎士にございます。
このように皆様からの厚いご支援賜り今日まで努めさせて頂いておりますが
マリー様のご意思無くして、マリー様のお側を離れることは出来ません。ご容赦を」
「マリー、貴女はどう思われますか?」
「私の側を離れての極秘任務、騎士レルゲンにお命じ下さい。
私はもう、護られるだけの姫ではございません。
一刻も早くこの自体を解決できるのはこのレルゲンです。
どうかレルゲン、ご無事で」
意外にもセレスティアとの極秘任務をあっさりと認めるマリー。
主人がそう言うならレルゲンに断るつもりも、権利もない。
「女王陛下。その任務、騎士レルゲンが拝命致します」
「分かりました。セレスティア・ウノリティア、
そして騎士レルゲン・シュトーゲンに王国の明日を託す王命を下します。
どうか二人ともご無事で」
謁見の間での王命が下されてから、
セレスティアの自室に呼び出されたレルゲン。
出発は早い方がいいが、お互い組むのは初めてで、
事前の打ち合わせが必要だ。
「出発はいつにしますか?」
「早ければ今夜にでも、俺の念動魔術でセレス様を空中にお連れして
川の上流へ一気に登って行こうかと」
「分かりました。これから私の使える魔術を全て伝えます。決して他言しないで下さいね?」
「そんな最重要機密を俺に伝えて良いんですか?」
「いいのです。初めての任務で、
初めて組むお方なのですから。
それに一番は貴方を信じているのですよ。
マリーとの継承権争いになったとしても、貴方ならきっと…」
「きっと?」
ここでセレスティアが顔を逸らす。
その先はなんと言おうとしたのだろうか。
それこそきっと教えてくれないだろう。
セレスティアの魔術は本当に数が多い事がわかった。
攻撃魔術に防御魔術、相手を撹乱するための幻惑魔術に隠蔽魔術
果ては仲間に対する支援魔術まで網羅している。
特に攻撃魔術と支援魔術は群を抜いて種類が多い。
頼りになる魔術を幾つも持っている辺り、
組み合わせ次第で色々な応用が出来そうだなと感嘆する。
「以上が私の持っている全魔術になります。覚えられましたか?」
「はい。戦闘で使える魔術が多くて驚きました。
セレス様、実はいつかこのような
有事の際に自身で出向けるように準備していましたね?」
驚いた表情をするセレスティア。実は、と言い始め白状する。
「いつか私もマリーの様に王国を飛び出して
冒険してみたいと夢に見ていたのですよ。
だから、妹に先を越された時は嫉妬してしまいました」
笑いながら緊張感を解く。
頭の中での戦闘訓練はいつもしていたのだろう。
習得した魔術を聞いて理解する、やはり姉妹だなと。
「今回はあまり冒険という感じではありませんが、
出来る限り私も補佐します」
「あら、それでは短期的ですが
私専属の騎士になってくれるのですね。それは嬉しい申し出です」
「そこまでは言っていません」
「ふふふ、冗談ですよ」
「では、陽が落ちた時にまた」
「ええ、また後で」
寂しそうな目をするセレスティアに別れを告げ、
準備する為に自室へ戻る。すると自室にはマリーがいた。
「どうしたんだ?一人で」
「貴方の準備を手伝おうと思って」
自分を殺すように、マリーの表情から感情を読み取ることは出来ない。
マリーをこのようにしているのは、
セレスティアとの任務が原因だろう。
「それはありがたいけど、準備くらいは自分で出来るさ」
「それくらいしかできないもの、やらせて」
「わかった」
携行する水と食料、黒龍の剣は重すぎるのでレルゲンに任せ、帯同させる鉄の剣三本に飲料タイプの回復薬。
簡易的な包帯など持っていく荷物はマリーと旅をしている時と比べると少ない。
「こんなに少なくて良いの?」
「ああ、そんなに長い任務にはしてられないからな」
「そうね」
暫しの沈黙。まだマリーは自室に戻ろうとしない。
それを見かねたレルゲンが声をかける。
「大丈夫さ。黒龍の剣もあるし、
今回は隠蔽魔術を使えるセレス様もいる。上手くやれるさ」
「ええ、そうね。きっと上手く出来るわ」
中々煮え切らない。
「やっぱりセレス様と二人で行くのが納得出来ないのか?」
核心を突く。
その言葉を聞いて顔がぐしゃっとしながら
涙までは溢さないとこちらを真っ直ぐ見つめるマリー。
「そうよ、貴方がセレスティアと“二人だけ”で
任務に行くことが本当に気に食わないわ。
でも、私じゃ隠蔽魔術も使えないから貴方の支援も出来ない。
戦闘方法が貴方と同じ近接だから、
どうしても二人だけで戦う事には向かない。
分かってる、ええ分かってるわ。でも」
ここで抑えていた感情が爆発し、ポロポロと涙を流すマリー。
「貴方は私の騎士。私だけの騎士なの!それなのに……」
無言でマリーを抱きしめる。
最初は抵抗を見せたが、それでも多少強引に抱きしめ続ける。
抵抗は徐々になりを潜め、レルゲンの裾を強く掴む。
声には出さない。だが、この気持ちはもう……抑えていられない。
「大丈夫。俺は君の騎士だ。将来何があろうとも。
それだけは安心してくれ」
「“私だけの騎士”って誓える?」
「俺は誓いたい。だけど、
遠くない未来に継承権二位の君が一位の座を狙うなら、セレスティアと戦うだろう。
だけど、俺はセレスティアに刃を振るうことは出来ない。
俺も元王族だ。姉妹兄弟でずっと仲良くしていられる
とは限らないのは理解している。
でもこうも思うんだ。
もし継承権争いになってもずっと仲良く出来る未来があったら、俺はその未来を掴みたいって。
マリーはセレスティアと戦いたい訳じゃないんだろ?」
「ええ、大切なお姉様よ」
「なら、一緒に難しい未来を掴みに行こう」
ここで気持ちに整理がついたのか、マリーの表情が明るくなる。
「“先に”貴方と一緒になるのは私だからね」
「考えが飛躍しすぎじゃないか?」
「いいから」
座っているマリーに近づくと、
マリーが上を向き、目を閉じる。
少しずつ二人の距離は近づき、そしてマリーの額にキスをする。
予想と違うところだったのか、マリーが口に手を当てながら不満を漏らす。
「こっちにはしてくれないんだ」
「それはまだとっとけよ」
朗らかな笑顔で一言だけ返す。
「わかった」
出発の時、レルゲンとセレスティアが
王宮の最上階にある屋上庭園で最終準備をする。
黒いフード付きの上着を被り、
影と呼ばれる諜報部隊に近い格好に見を包む。
傍らにはマリーと女王が見送りに来ており、
女王はまだ心配そうな表情をしていた。
「ではお母様、マリー。行って参ります」
「どうかお気をつけて。
騎士レルゲン、セレスをよろしくお願いします」
「この命に変えましても」
マリーは女王とは対照的に笑顔でレルゲン達を見送る。その表情はどこか晴れやかだ。
「セレス姉様、レルゲン。任務達成を祈っております」
「ありがとう」
「ああ、行ってきます」
陽が落ち、仄かに暗くなりつつある夜空へ、
輝く星々に向かって飛び出していく。
飛んでいくレルゲン達を見送る二人。
レルゲン達があっという間に山々の地平編まで飛んでいき、そして見えなくなる。
その影を追うように見えなくなってからも暫く見つめ続けるのだった。
山々を越え始めたところで、一度休憩を挟む為に下降する。
魔力自体はまだまだ余裕があるが、
魔術の連続使用とセレスティアを一緒に飛ばすための神経で多少消耗していた。
ここまで連続で飛んだことは無かったため、
まだまだ自分の足りない箇所に気づく。
汗を拭っていると、セレスティアが心配そうにレルゲンを覗きこみ、声をかけながら水を手渡す。
「大丈夫ですか?やはり念動魔術は神経を使うようですね」
「ここまで連続で飛んだことがなかったもので、
まだまだ鍛錬が足りませんね」
「いいえ、私の分も考えたら仕方ありません。
少し休憩しましょう」
水を飲みながら、お互いにしばし無言になる。
ここでセレスティアが何か閃いたのか、レルゲンに尋ねる。
「レルゲン。私を抱えればもっと遠くまで飛べるのでは無いですか?」
「飛べますが、流石に御身に触れるなど恐れ多いですよ」
「いいのです。どちらにせよ私達しかいませんし、
私がいいと言っているのですから。
それともレルゲンは私を抱えたくないと拒否するのですか?」
嘘泣きの仕草はバレバレだが、
マリーに誓いを立てたばかりなので、中々後ろめたい気持ちがあった。
困ったレルゲンを見て、セレスティアが先に引く。
「ふふ、冗談ですよ」
「それ、俺が承諾したらどうしたんですか?」
「抱えて頂きますよ?効率いいですから」
「冗談じゃないじゃ無いですか」
ふふふと笑い、誤魔化すセレスティア。
このお方は周りに人目がないと茶目っ気をよく出してくるんだよなと思いつつも
気をつけなければと思いなおす。
「後二回飛んだら抱えさせて頂きます」
「わかりました」
二回飛んだ後、セレスティアをお姫様抱っこする要領で抱える。
セレスティアはというと、思いの外恥ずかしいのか顔を逸らして首の後ろに手を回している。
(こっちまで恥ずかしくなるな)
「じゃあ、これから最後の飛行をします。
セレス様、行きますよ」
「はい、よろしくお願いします」
今までよりも早い速度で飛んでいく。
この分なら次の日の朝までには探索を開始できるだろう。
「長時間の飛行ご苦労様でした」
「ありがとうございます。今日はここら辺で仮眠を取って、
陽が登り次第探索を開始しましょう」
「分かりました。ではレルゲンからどうぞ」
「いえ、魔力糸を周囲に展開しますので、
寝ていても反応があれば私が対応します。
セレス様も飛行酔いなどしていませんか?」
「そんな便利な術があるのですね。
私なら大丈夫です。ただ捕まっていただけですから」
「では、寝ましょう」
「はい」
街灯が全くない、月と星々の灯りのみが二人を照らす。
照明魔術を使うわけにもいかず、
二人が今どこにいるのかもわからない世界が続く。
あまりの静けさに、
この世界には他に誰もいないような寂しさが満ちている。
「レルゲン、もう寝ましたか?」
「どうしましたか?」
「いえ、普段寝る時は一人ですが、
真っ暗で、様々な音が鳴る中で眠ったことがないものですから」
「最初はそうかもしれません。
冒険に出たのが初めてなら尚更です。仕方ありませんよ」
初めての野宿は本当に怖い、箱入りの王女様なら尚更だ。
「少しそちらに寄ってもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
思ったより近くに寄ってくるセレスティアに対して、
少し離れようとしたが腕を掴まれて身動きが取れなくなる。
その腕を掴んだ手は若干震えている気もする。
「今日だけですよ」
「はい。それで構いません」
朝になるまで魔力糸に反応はなく、平和な夜が明ける。
陽の光が差し込み、
朝を告げると同時にレルゲンが目を覚ます。
なんだか体が重い。特に身体の左側が。
予想ができなかったわけではない。
セレスティアがレルゲンを抱き枕がわりにして、
静かな寝息を立てて熟睡している。
まだ早朝だ。昨日も遅くまで起きてさぞ眠いだろうし、
もう少しだけ寝させてあげることに。
レルゲンも目を閉じて、セレスティアが起きるのを待つ。
オレンジ色の陽が登り始めた頃に、
セレスティアが目を覚ました。
起きた瞬間にハッとして一瞬レルゲンから離れようとしたが、
また直ぐに身を委ねてくる。
「セレス様、朝ですよ」
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息を立てる。
「起きないとくすぐりますよ」
寝ているフリに限界が来たのか、目は閉じたまま口角が上がる。
「やめて下さい」
「今日からが本番です。
朝食を食べたら隠蔽魔法を使って空から確認しましょう」
「そうですね、準備に取り掛かりましょう」
持ってきた携行食と水で軽くお腹を満たす。
落ち着いてから、セレスティアが杖を取り出して、
詠唱前に一度深い呼吸を入れ、集中する。
徐々にセレスの魔力が高まり、唱える。
「其は魔術の開祖なり、我はその術を遣う者。
我らを覆い、気よ眠れよ。ハイド・スペリア」
時間にして数秒、途中端折って詠唱を短縮しているようだが、差し引いたとしても詠唱が短い。
魔術に長けた魔族ならば比較的容易に使用してくるだろう。
(この魔術は同時にかけられた場合はお互いを見ることが出来ます。
これでレルゲンと私に隠蔽魔術がかかりました。
姿と魔力はこの魔術で隠せますが、音や気配までは消せません。よろしいですね?)
(わかりました。
ではセレス様に私の魔力糸を接続すれば思念で会話できるので、音問題も大丈夫になりますね)
(そんなことができるのですね。
あっ、これ今聞こえていますか?)
(聞こえていますよ。初めてなのに感度良好です。流石ですね)
(普段から使っているのですか?)
(いいえ、緊急時だけです。この前の毒料理の時とかですね)
(そうですか、普段からマリーと内緒話でも
しているのではないかと思いました)
(そんなことしませんよ、では飛びます)
さっと両手を前に出すセレスティア。
昨日のみと言っていたが、やはりそうきたか。
(早く抱っこして下さい)
(思念、漏れていますよ)
(失礼しました。では改めて。抱っこしてくれますね?)
(はいはい)
さっとセレスティアの腰に手を回しまたお姫様抱っこの要領で空へと飛ぶ。
お姫様抱っこ、気に入られたのだろうか。
まだ朝になってから一時間も経っていない。
川沿いに飛んできたため、魔物や魔族ならばすぐに魔力感知で気づくが
まだ時間が経過していないからか魔力感知に反応はない。
(一旦降りますか?)
(そうですね。魔物や魔族は見当たりませんし、
また時間を空けて確認しましょう。その前に川の魔石量を確認します)
(確かに魔物や魔族がいない以上、
もっと上流に拠点がある可能性がありますね)
一度地面へ降りて、川の魔石量を調べる。
物質分離の念動魔術でセレスティアに持ってもらったお皿に魔石を抽出。
やはりここでも魔石は何粒か確認され、
更に上流まで飛んでいく必要がありそうだ。
(隠蔽魔術は後どれくらい持ちますか?)
(時間にしたらまだまだ可能です。
ですが、魔力の温存も考えるとそう長くは持たないかと)
さっと荷物全てを念動魔術で鞄へ収納し、
身支度を一瞬で終わらせる。
(温存出来るギリギリまで飛びます。
最悪俺の魔力をセレス様に渡すことで凌ぐ事もできますが、
これは出来れば避けたいですしね)
セレスティアがコクンと頷き、レルゲンが再び抱える。
一気に空へと加速して更に上流を目指していく。
(一体どこまで上流に拠点を作っているんだ?)
表情に焦りが見え始めるレルゲン、額には汗が滲んでは風に飛ばされていく。
(落ち着いてください。
私の隠蔽魔術も温存を考えると効果切れが近いです。
一旦降りて休憩しましょう)
(わかった…わかりました)
(こんな時くらい敬語はもう要りませんよ)
(それはセレス様も…)
(私は最初からこうなのでいいのです)