40話 カリュエル
二人のやり取りをじっと見つめていた天使が一人、クラリスへ言葉をかける。
「アンタ、セルフィラ様と知り合いなのか?」
「ええ、前に少し」
「そうか、お互い運良く生き残ったんだ。
俺の名前はカリュエル。お互い仲良くしようぜ」
「嫌です」
「手厳しいねぇ。まあいいか、これからあんたとはやり取りが多くなりそうだからな。名前だけでも覚えてくれや」
審判の天使に連れられ、カリュエルを無視してクラリスはその場を後にする。
「いやぁ、本当に手厳しい。俺、何か気に食わないことしたかね?」
頭を軽く掻きながら、後をついていく足取りは、決勝まで残った達成感で軽くなることはなく、寧ろその逆をいっていた。
それから数日間、クラリスは天使の仕事について学び、レルゲン達は交代で宮殿付近を監視した日々が続く。
「二日に一度、貴方の私室に呼ばれたとしても、私は貴方と一夜を共にするつもりはありません」
「もうそんなつもりはないさ。ただ私は君自身をもっと知りたいと考えていてね。
特に君は翼を失っているにも関わらず、その強さは異常だといっていい。
かと言って仮に天使ではなかったとしても、天使を簡単に凌駕する種族など存在しない。
だから私は君に心惹かれているのだよ。クラリス君」
クラリスはその言葉には答えず、手早く仕事をこなしてその場を後にする。
(君は分かっていないな、私のことを。どうしても君が欲しくなっていく気持ちを抑えるのに苦労するものだ)
へばりつくような心念を目で見たクラリスは、内心気持ち悪さよりも恐怖感に囚われていた。
足早に部屋を後にして、用意された自室に戻る。
暫く気持ちを落ち着けていると、部屋の扉を軽く叩く音が聞こえた。
「はい」
「俺だ。カリュエルだ」
「今度は貴方ですか」
「今度?よく分からんが、明日は二人で初めての任務だろう?
事前に打ち合わせでもしようかと思ってな」
「どうぞ、お入り下さい」
「邪魔するぜ。…なんか生活感のない部屋だな」
「入ってくるなり失礼ですね。
私はここで寝るために使っているだけですから、生活感がないのは当たり前です。
下らない話はさておき、打ち合わせでしたね」
「お、おう。明日は初層での無翼の武闘派達の監視だ。
アンタの強さは見ていれば分かる。元武闘派だろ?
穏健派であそこまで強い奴は聞いた事がないからな。なら俺が」
「お気遣い感謝しますがそれは要らぬ配慮です。明日は私も通常通り任務を行います」
先回りしてクラリスがカリュエルの申し出を断ると、渋々引き下がる天使を見て気になっていたことを尋ねた。
「貴方はなぜそんなにも私を気遣うのですか?私よりも弱いというのに」
「それはやってみなきゃわからんだろう。
気遣う理由は前にも言ったが、俺達はここじゃ珍しい同期だろ。だから仲良くしようぜって話よ」
「答えになっていませんが納得しました。
貴方は翼に侵食されない強靭な精神力を持っているようですが、頭はあまり良くないようですね」
「おう。それは認める。
俺は駆け引きとか苦手だ。だが、力があれば大抵の事は何とかなる。
だから俺はここで止まるつもりは無い」
「つまり自分が苦難を乗り越えることが出来れば、他は気にしないと?」
「気にしないって訳じゃないが、まあそうだな。
自分が護れる範囲は限られている。
全員を護る事が出来るならそれに越したことはないだろう。だが現実はそう甘くはない。
俺は両手を広げて抱えられる奴らだけ、幸せにしてやりたいと思っている。
それで不幸になる奴が出てきたとしても」
「他の犠牲を基に得られる幸せですか。貴方は現実主義ですね」
「ん? てっきりアンタは怒ると思ったが、そうでも無いんだな。もっと無翼の天使の鑑みたいな性格だと思ってたわ」
「私も今までに色々とありましたから、そう考えるのには一定の理解はあります。
賛同はしませんが」
「そうかい。今日はアンタの中身が少し知れて良かった。明日は頼んだぜ、相棒」
「誰が相棒ですか、ただの偶然です」
「それでもいいのさ」
短く別れの挨拶を済ませてカリュエルが部屋を後にする。
扉が閉められた瞬間、クラリスは再度頭を回転させて明日の任務について考えを巡らせた。
(明日の任務中にカリュエルの目を盗んで魔王様の元へこの事実を報告する事ができるか?無理ですね。
ただでさえ無翼の天使として振る舞っている私が、無翼の武闘派を監視しにいくのには意味がある。
間違いなくこれは踏み絵。
明日は恐らくセルフィラの別の部隊が無翼の天使に何か害を加えて、私の真意を図ろうとするはず。
私が無翼の天使を助けなければ、それで終わりの簡単な任務。
監視も分からないようにかなりの数が動員されているでしょう。そんな中、魔王様の潜伏場所に行けば間違いなくその場で戦闘となる。
せめてセルフィラの正体だけでも伝えなければ、必ず一歩出遅れてしまう)
任務当日。
クラリスとカリュエルは純白の正装に身を包み、初層に向けて進んで行く。
「そういやクラリスは空飛べないんだったか?
抱えてやろうか?」
「飛行を可能にする魔術なら使えます。お気遣いは無用です」
「そうか、じゃあ俺が乗って来た機械まで案内するぜ」
二人が宮殿を後にしようとした時、二人の上官に当たる天使が現れて口を挟んだ。
「お前達が乗る船は屋上にある。お前が乗って来た船は既に回収済みだ」
「マジですか!やっぱりここで何機も機械を持っているだな。無駄骨にならなくてよかった」
上官はクラリスを一瞥だけしてその場を後にし、声をかけることはなかった。
「じゃあさっさと屋上に行こうぜ。
ん? どうしたクラリス」
「いえ、何でもありません」
二人は屋上にある船に向けて、空中へ飛び上がるのだった。