39話 セルフィラ
少しの小休憩を挟み、決勝戦はすぐに取り行われる。
審判の天使が開始の合図をすると同時に、セルフィラが声を響かせて中断させた。
「本来であれば決勝戦の後に私の下についてもらうことになるのだが、クラリス君の対戦相手を見るに翼による自我の侵食は見られない。
加えてこれ以上の翼の回収も叶わないとあれば、これから君達が始めようとする戦いは、さほど意味がないのでは無いだろうか?」
「セルフィラ様、それでは二人とも選別式は通過ということでよろしいでしょうか?」
「ああ、その通りだ。そういえば君達の前には姿をまだ見せていなかったね。
せっかく選別を通過したんだ。
私の姿を見る権利が君達二人にはある」
セルフィラの姿がゆっくりと前に、クラリスが視認できるまで前に出る。
現れた姿を見る。
クラリスはその姿を見て、自身の目を疑ってしまう光景を目にした。
「貴方は…!そんなまさか」
「いい反応だねクラリス君。久しぶりだ。
いや、そこまででもないのか。
ともかくその意外そうな顔を見れただけでも私は満足だ。
一緒にいた彼らはここまで来ているんだろう?
いずれ相見えるんだろうが、今はこの宮殿を探っていると見える。
まさか君一人で選別式に乗り込んでくるとは思わなかったが、君達の今後が楽しみだよ」
クラリスは唇を強く噛み、すぐにその場を離脱しようと一瞬考えた。
しかし、今ここで逃げ出せば付近にメアリー達が潜んでいる決定的な証拠となる。
この天使はクラリスを試している。
まだ確証は無いはず。何はともあれここで暴れ出すのは得策では無い。
今はこの決定的な情報をメアリー達に伝える事が最優先とコンマの世界で結論づけた。
「私は純粋に無翼の天使として貴方達、有翼の天使に苦しめ続ける現状を変えに来ただけです」
「いい。とても素晴らしい動機だ。
今まで無翼の天使達は口だけは達者だが、力が無かった。
そして君は無翼でありながら力を残した。
正に無翼の救世主と言っていいだろう。
ここまで勝ち上がって来れると言うことは正規のルートを辿ったのも頷ける」
「よく喋りますね」
ピリッ!っとクラリスが一言だけ挑発した瞬間に会場全体の空気に緊張感が漂う。
セルフィラは片手を上げ、殺気だった空気を宥める。
「いいんだ。正直興奮しているのは認めるよ。
圧倒的な力の差がありながら全く物怖じしないその胆力。とても気に入った。
ミカエラと一緒になるつもりなのは変わらないが、私の二人目の妻になる気はないだろうか?」
「何を言い出すかと思えば、寝言は控えて頂けますと幸いです」
セルフィラは心底残念そうにしながらも、独白のような語り口調でクラリスに向かって言葉を返した。
「私はつくづく女性に対して縁が無いようだ。
私に擦り寄ってくる天使は山程あれど、私が気にいる天使は皆例外なく離れていく。
だが、それがまた私を燃え上がらせる。
クラリス君の仲間達。ミカエラを除いてにはなるが、全ての首を刈り取って君の前に晒し上げよう。
最悪君が堕天してしまっても構わない。
その時はまた下界まで次元の壁を破って迎えに行くとしよう」
もはや嫌悪感しか抱かず、つい殺意の心念が漏れ出るのを必死に堪える。
感情の抑制のために小さく息を吐き出しながらもつい言葉だけが一人歩きする。
「もし貴方が私の周りにいる方々に危害を加えるのであれば殴ります。全力で」
「ははは、本当に威勢がいい。
では君はこれからどうする?
逃げてしまっても構わないが、今回君が一人で来たというのであれば、何を意味するのか。
それは間違いなく敵城への潜入。
であれば、今ここを逃げ出せば追跡されて仲間の位置まで知られる事になるのを分からない君じゃ無いだろう?クラリス君」
「一人でお話し頂いてますが、私は逃げも隠れもしません。貴方の側につくのは一重に仲間達のためです」
クラリスが大人しくセルフィラの指揮下に入ると伝えると、満足そうに微笑んで
「それでいい」
と一言だけ短く放ち、セルフィラは再び奥へと消えていった。