35話 苦い汗
「アレがその魔力感知が出来る機械なら、この層に来てすぐに攻撃を受けたことはどう説明するんだよ?」
「それは魔力感知というより装置の特性による物だ。砂を弾くなら、この層の上空から砂が降ってくる。
その砂の雨を衛兵が見つけて私達を目視し攻撃を始めたなら辻褄が合うはずだ」
「なるほどな。あの砂には魔力が含まれている。
機械が魔力感知を可能にしているなら、砂の雨が降ってくるタイミングでこの層に来た侵入者を気付ける訳か」
納得したレルゲンを他所にアラエルは言葉を咀嚼するのに時間がかかったが、マリーが順序立てて説明し直したことで何とか呑み込む。
「トーナメント方式で進んでいるならクラリスの方はそろそろ戦いが佳境に入っている頃か」
「私のメイドが心配かい?」
レルゲンを悪戯っぽく見上げるメアリーの表情はどこか余裕そうだ。
だが、召子はメアリーに対してレルゲンの人となりを説明するのを我慢出来なかった。
「それはそうだよアメリア。
レルゲンさんは最初少し怖いけど、心根は意外と結構優しい人だよ?
だから少し前は敵同士だったクラリスさんまで心配してるんだから」
「怖いと意外は余計だ」
メアリーは召子の言葉に少し驚きを見せながらも少し笑ってレルゲンの背中を軽く叩いた。
「レルゲン、君って見た目によらずかなりお人好しじゃないか?
もし仲間が人質に取られたらどうするんだい?
そもそも、そんな甘い考えの持ち主とは思わなかったよ。
ふふふ。いや、すまない。
クラリスを心配する君を馬鹿にしている訳じゃ無いんだ。そこは信じてくれ。
だけど、それで今までよく修羅場を誰も欠けずに潜り抜けて来たね。ある意味奇跡だよ」
バシバシとレルゲンの背中を叩きつつ、笑い涙を拭うメアリーを見たミカエラは、どこか優しい表情になる。
「おい、言わせておけば好き勝手に」
和やかな空気が流れ、これから死闘を始めるとは思えない雰囲気が少しの間流れた。
いざ開門されてから中へ足を踏み入れたクラリスは、無翼の天使として立ち振る舞っていた。
観客はいないが、視察に訪れているセルフィラの部下の天使が数体散見される。
単独行動をするのはジャックの一件以来。
だが今回与えられた任務は実力を示すだけに留まらない。
セルフィラの居城にスパイとして潜入し、内部の情報を持ち帰ることが必須条件。
決意を胸に秘めつつ、瞳に宿る感情は燃え盛っていた。
試合進行の審判を務める天使が音を増幅させる魔道具を使い、集まった全員の天使に向けて呼びかける。
「本日は選別式にお集まり頂き、ありがとうございます。
諸君は言ってしまえば既に選別を通過してここまで来た同士と言って良い。
検問による武力、そしてこの層に来るまでに扱う機械の操作で必要な知力を試されていたのです。
腕に覚えがある皆さんは、更に上の次元を求めて選別式に参加されたと思います。
持ち寄った翼の数は問いません。
中には選別式で初めての、無翼の天使が参加するイレギュラーもセルフィラ様は大変お喜びです。
では選別式のトーナメント戦を始めます。
組み合わせはこちらで既に決めておりますので、これから配布するナンバープレートの番号が呼ばれましたら前にお願いします。
戦闘のルールは無用。ただし奪った翼は自らの背に吸収するようにお願いします」
試合進行が一通り話し終えてから、クラリスが黙って手を上げて発言を求める。
「どうぞ、その無翼の天使さん」
「私は試合に勝った後、相手の翼を受け取るつもりはありません。
無翼の誇りにかけて、私は私のままで戦いたい」
「ふむ、それは困りますね。この翼の受け渡しには、自我の侵食が翼によって発生しないかどうかチェックする必要があります。
貴女が持っている誇りは大変結構ですが、これは毎回行われている選別式の取り決めです。
従えないのであれば反逆罪として別室に連行し、堕天するまで様々な責苦を負って頂く事になりますが、それでもその心念を曲げるつもりはありませんか?」
そこでふとクラリスは冷静に考える。
天使ではなく人間だとバレてしまえば即全員から袋叩きに遭うのは間違いない。
勿論タダでやられるつもりは無いが、敵の総戦力が分からない今、暴れ回るのは任務の失敗を意味する。
かと言って体内に宿すことが出来ない翼を受け取ったとて、規定に逆らえば強制的に連行され、どちらにせよ同じ結末を辿るだろう。
ここは大人しく相手に捕まり、拷問を受けると心に決めたその時、奥から聞こえていた声に直属の部下が緊張した様子で並んだ列を整え直した。
「いいじゃないか。
最終的に集まった翼は全て私が管理することになる_それが早いか遅いかの違いだ。
君の名前は何というのかな?」
「クラリスです」
「ではクラリス君、もし君が勝てれば翼は私が回収する。それで良いかい?」
「はい。ご厚意、感謝いたします」
セルフィラの顔までは伺うことが出来なかったが、その発せられた声はどこか安心感のあるような異様な気持ち悪さを肌で味わい、
普段から表に感情を出さないクラリスですら、苦い汗を一滴だけ滴らせた。