32話 居城と選別
水中を進んでいくレルゲン達は、底まで着いてから進もうと潜っていく。
十メートル以上潜水しても見えてこないので、水底まで行くのは諦めて進んでいくことに。
「今回は長く潜水して進んでいく。苦しくなったらすぐに教えてくれ」
レルゲンの念動魔術による推進力と、魔力糸による進行方向の決定。
加えてメアリーによる重力魔術で浮力にかかる力を相殺し、まるで空中にいるかのような自然さで進んでいく。
初めての水中を体験する者もいたが、辺りを見回すくらいで冷静な姿勢は変わらない。
「不思議な感覚ですね、水中でこんなに自由に動けるとは。これも念動魔術によるものですか?」
「そうですね。浮き上がる力はメアリーの重力魔術で調整してもらっていますが、呼吸を可能にしているのと前に進んでいるのは俺の魔術によるものです」
「なるほど。ギリエルとの戦いや、この層での戦いから察するに、私が言葉で現実に干渉している心念による操作術とは若干ですが違いがありますね。
しかし、貴方の使う魔術は本当に私の扱う術と近い。というより、魔術に心念による干渉を混ぜ込んでいると言って良いほど複雑になっています。
なので、これほどまでの応用が可能になっていると言っていい。
私は魔術にはそこまで明るくは無いのですが、間違いなく貴方の戦闘スタイルは後世に残すべきものでしょう」
「光栄です。ですが、俺の使っている念動魔術は元々物を動かす日常魔術を拡張解釈しているだけなので、中々人に伝えるのは大変そうです。
今はマリーと、ハクロウというここにはいない者が念動魔術を使えるようになりましたが、
それでもやはり感覚で掴む部分が多いので、言語化するのも面白そうですね」
「ええ、その時は是非私にも見せて下さいね」
「喜んで」
この時のレルゲンは気に留めていなかったが、周りのメンバーは疑問の表情を浮かべていた。
(下界に戻った後もついてくる気なの…?)
ミカエラは他の目を気にする事なく、優しくレルゲンに向けて笑うのみ。
一度空気を補充する為に浮上すると、前方に大きな白い宮殿のような建物がそびえ立っていた。
「ミカエラ様」
「ええ、間違い無いでしょう。あそこがセルフィラが根城にしている所だと思います」
頷いて、水中から完全に身体を出す。
すると、セレスティアの魔力感知に何体もの天使の反応があった。
遠方には確かに複数の翼を持った天使達が、長い列を作りながら入り口と思われる前で待機している。
「奴らは何を待っているんだ?」
レルゲンの疑問に、アラエルが憤りを見せながらも答えを思い出す。
「前にセリエルから聞いたことがある。
あれは恐らく有翼共が集めた翼を持ち寄って戦い、真の強者に翼を受け渡す儀式を行う列だろう。
最低でも複数の翼を持っている天使達で、あの深二層で機械を使えるだけの頭脳も持っている奴らの集まりだ。
クソが、あの列だけでも百人以上の天使から翼を奪い取っているのは間違いないぞ」
「そうか、翼の持ち主を決める選別を行なっているのか。
確かにただ翼を複数持っているだけなら、ギリエルのように自我を食い潰される天使がここに偶然来ても不思議はない。
だが、勝ち進んで行くうちにその問題も同時に解消できるわけだ」
翼を複数持つ際の弱点ともなり得る自我の問題を解決しつつ、
強靭な精神力を持っている天使に自然と翼が集まっていく仕組みに辿り着くには、相当の試行錯誤を経て今の形に落ち着いていると理解する。
それだけ翼を奪い合う文化のような物が根付きつつあるということだ。
天界の地形すら変えてしまう程、長い年月が流れているのも頷ける一因を感じ取ったレルゲン達は、
隠蔽魔術を発動しつつ魔力糸による念話で今後の方針について話し合う。