27話 深二層探索
深二層に足を踏み入れてからというもの、ギリエル以外の天使と遭遇する事はなく、レルゲン達は天界に来てから初めてまともな休息を取っていた。
「この層はもっと天使が溢れていると思ったが、上の層よりも逆に少ないみたいだな」
皆が何故だろうと疑問に感じていると、ミカエラが予想を口にした。
「恐らくですが、上の検問である程度絞っているのに対して、この層は翼の奪い合いが活発なのではないでしょうか?」
すると召子が更に分からないと言った表情でミカエラに尋ねた。
「天使自体は上の層の方が多いから、上の層で奪い合いがもっと活発になる気がしますが、どういうことですか?」
「ええ。天使自体は確かに多く、実際に奪い合いをしているでしょう。
しかし、奪い合いに慣れてきた天使はこう考えた。
効率が悪い。
一度に手に入る翼の量が多い程楽が出来ると考える天使は多い。
それだけ心が堕落しているなら、時間的な効率を考えて深二層に足を踏み入れる天使が最初は多かったのかも知れません。
しかし、翼の奪い合いが加速した情報が一度広まれば警戒するのが常です。
一度に大量の翼が手に入るかも知れない環境を捨ててでも、上の層に戻るのは尚のこと面倒と考える。
そして限られた翼の中で更に奪い合いが加速した深二層は、翼どころか天使すらいなくなったのでしょう」
ミカエラの話を聞いていたアラエルは、不機嫌そうに悪態を突く。
「まるで遊戯でもしているような感覚ってわけか。クソが、本当に腹立つぜ有翼はよ。
さっきだってアイツが堕天するなら最高だったのに、なんで助けるような事をしたんだよ」
怒りの矛先がマリーに向き、ムッとした表情になり反論する。
「私はギリエルが可哀想とか同情したって感情で斬ってない。
ただ、アレが一番無力化するのに丁度良かっただけよ」
「まぁいいさ。これ以上言っても俺が堕天しかねないからな」
「だったら初めから言うな」
「あぁん?」
「何よ」
歪み合う二人を他所に、召子がミカエラに再度確認する。
「ミカエラ様。堕天した天使は最深層に落ちていくって前に聞きましたけど、ここは次の最深層に続く穴が見当たらないのですが、どうやって下に降りるんですかね?」
「私も詳しくは分からないのではっきりしたことは言えませんが、堕天する時は魔界に行くために次元の壁をすり抜ける必要があります。
精神体になってこの砂や次元の壁をすり抜けているではないでしょうか?」
「でもでも、それだと私達が次の最深層に行けないですよね」
「はい。ですので、落ち着いた今下に行く方法を見つける必要があります」
全員が考え込んでいると、メアリーが堕天した時の様子を教えてくれた。
「確かにあの時は精神体のようになって色々な物をすり抜けたような…
だけど、何かが引っかかる。落ちていく時に何かを見た様な気がする」
「メアリーはその何かを思い出すために積極的に探索に参加するとして、俺達もこの層で手掛かりを探しに行こう。
上から見れば何かわかるかも知れないし、地上からでないと気付けない事があるかも知れない。
空を飛べる奴と飛べない奴で分かれて調べようと思うが、それでいいか?」
全員が頷き、地上と空の二手に分かれる。
空から地上を探索すると、やはり地平線の彼方まで天使の亡骸で出来た砂が広がっており、大小様々な岩が点在している。
魔力反応にも変化はなく、黒い空と灰色の砂地が広がっているのみ。
特に変わった様子は見られない。
数時間程飛んで辺りを見回したが、そろそろ目印として伸ばしている魔力糸の射程が限界のため、一度空の舞台は拠点に戻る事に決まる。
一方の地上舞台はというと、まだマリーとアラエルが歪みあっていた。
「お前は空飛べるんだから向こうに行けば良かったんじゃないのか?」
「飛べるには飛べるけど、何時間も連続飛行するのは無理だからこっちに来たのよ」
お互いに顔を背け合っていると、召子がセレスティアに小さく耳打ちをする。
「マリーさんとアラエル君ってなんか似てませんか?」
「そうですね。
似ている程に相手の粗が気になるでしょうから、今は二人に任せておきましょう。
大事になったら仲裁をお願いします」
「えぇ?!そこはセレスティアさんがやって欲しいんですけど…」
「私だとついマリーの味方になってしまうので、友人である貴女にお願いしたいのです」
「うっ…分かりました」
歩いていると、マリーが何やら岩のような物を踏んだ違和感を覚えた。
「ん?ここ…なんか埋まってる?」
「岩じゃねぇのか?」
「私もそう思うけど、何か手掛かりがあるかもしれないでしょ?」
魔力糸を地面の砂に差し込み、埋まっている物へ接続して魔力を這わせていく。
「結構重いわね」
一本釣りの様に自分の力もプラスして引っ張り上げると、何やら太い筒のような物が出てくる。
「何これ…?」
マリーは引っ張り上げた筒を持ち上げると、中には何も入っていない。
けれども十人は余裕で入りそうなガラスにも似た半透明の筒を持ち上げると、アラエルが思わず声を漏らした。
「おぉ、中にこんなもんが埋まっていたのか。
それにしてもお前達の使う魔術。
念動魔術…だったか?
本当に心念による操作術とそっくりだな」
「私はレルゲンと比べてもまだまだ練度が足りないのよ。
最近はある程度なら飛べる様になったけど、それでもあそこまで自由に長時間は無理。
いずれは追いつくつもりだけどね」
持ち上げた半透明の筒をコンコンと叩くと、何かの仕掛けが発動したのか、上部から徐々に中に人が入れる様な空間が空いていく。
空いた穴は間違いなく天使が入るための広さを基に設計されており、人間のマリーや無翼のアラエルには大分余裕があった。
「おい、まさか入るのか?」
「それこそまさかよ。レルゲン達が戻ってくるまで何もしないわ」
この広大な面積を誇る深二層で手掛かりと思える物を早期に発見できたのは、まさに偶然と言えるだろう。
レルゲン達が上空から戻り、マリーが発見した半透明の筒を見ると、メアリーは更に首を傾げた。
「なんだ、それは…?」
「てっきりメアリーは知っていると思っていたけど、これは知らないの?」
「全く検討がつかないが、私が堕天してからもう千年以上も経っているから、その間に技術が進んだのかもしれん」