21話 検問
「レルゲン、お前精霊と契約しているのか?」
「ああ、ウルカとは正式に契約している」
「契約内容は寿命か、それとも記憶や感情とかを渡しているのかは分からないが、大丈夫なのか?」
アラエルが心配そうな表情をしてレルゲンを気遣ったが、問題ないと返した。
「心配いらない。契約する前に俺の力を制限していた年数分は使い放題らしいからな」
「そうか、制限をかけていた時間で契約しているのか。なら問題無さそうだな」
ウルカは毎回のように見ず知らずの相手に心配されているレルゲンを見て、抗議を上げたい気持ちになり、口に出そうとするが止められていた。
しかし今回はアラエルに対して文句を言うことに成功する。
「貴方とても失礼ね!私はレル君の為に契約しているんだから。制限年数分が無くなったとしたって、無償で貸してあげるつもりなんだから!」
アラエルの手のひらをペシペシ叩いて抗議の声をウルカが上げ、レルゲンに対する愛情を爆発させようとする。
「無償で?それは貴女に対して不利すぎる内容のはずだ。純精霊でそんな契約をしている人間なんて見たことも聞いたこともないぞ」
「これは私からレル君への届かない愛なの!
私と一緒になって欲しいけど、それはレル君が嫌がる。でも一緒には居てくれる。
だから私がレル君と一緒に居させてもらう為とか何とか、適当にこじつけて契約すれば問題ないのよ」
愛を語るウルカを見てレルゲンとアラエルは半ば呆れた笑いを浮かべたが、本人がそれでいいと言うなら問題ないだろうと納得して会話が終わりかけた。
だが、最後にアラエルが一つ引っかかる事を言う。
「契約に関しては分かったが、天界の遣いと言われている純精霊が叛逆するような真似しても問題ないのか?」
「天界の遣いだったのか?ウルカ」
二人に詰め寄られたウルカは目線を逸らしながら誤魔化そうとしたが、結局は正直に話し始める。
「天界の遣いなのは間違いないけど、今のこの天界は言ってしまえば腐ってる。
だから、これは叛逆ではなくて天界の為を想って行動している慈善活動みたいなものなの!
そう、慈善活動!我ながらいい言い訳、じゃない。素晴らしい思想の持ち主ね!私やるぅ!」
「本音が漏れてるぞ」
レルゲンとウルカのやり取りを見ていたアラエルは納得して、こんな献身的な純精霊も中にはいるのかと不思議に思い、全員が少しだけ笑う。
話を聞いていたミカエラも、今回ばかりは特例でウルカの帯同を認めると大天使のお墨付きをもらったことで、ウルカの力を遠慮なく使う事ができるように。
魔物がいない天界ではなるべくウルカのような存在はできるだけ隠しておこうと想っていたが、天界の遣いなら少し自由に行動しても良いだろう。
普段から胸のポケットに入ってもらっている分、ここでは少し自由に動いてもらうのもいいと考えを変えた。
「話もまとまったことですし、そろそろ次の階層に向かいましょうか」
ミカエラが移動を開始して、次の階層へと続く穴に向けて歩み始める。
セレスティアの複合魔術でウルカ以外の全員が有翼の天使に変わり、穴の直前まで来る。
穴の入り口付近では有翼の天使が検問のような形で、穴に進もうとする天使を一時的に確認しているようだ。
「どうしますか?」
「正直に検問を受ける必要はないだろう。ミカエラ様、すり抜けて進む方法はあるだろうか?」
「いえ、ここ以外の穴は私は知りません。ですが、実力を検問の天使に示せば身分は関係ありません」
「それは検問の天使と戦うということか。
無理矢理突破する事も出来るだろうが、どの程度まで隠れつつ進むかによるな…
ミカエラ様。この天界は地下の何層までありますか?」
「三層までありますが、セルフィラは今どこにいるのかわからないのが正直なところです。
ですが、理想主義者ということを考えれば最深部の三層にいても不思議ではないと思います。
三層にいれば間違いなく地上に堕ちていく天使を見る事ができる場所がありますから」
「ならこの階層は波風立てずに進んだ方が良さそうだな」
意を決して検問の天使の下へ向かうと、案の定怪訝な表情を浮かべて待ったをかけられる。
「お前達、なんで翼を持っているのにも関わらず武器を持っている?」
「これは最近無翼の天使が俺達の翼を切れる武器を手に入れたらしいからな。実際に翼を斬られないための自衛だよ」
咄嗟に出た方便を聞いた周りは少し驚いていたが、何事もなかったかのように表情を崩さないレルゲンに、検問の天使は狙い通り武器を使った実力を示すように命令を出した。
一対一で検問の天使と戦うべく、その場で二人とも空中に滑らかに浮いていく。
「準備はいいか?」
「いつでもいいぞ」
「ではこちらから行かせてもらおう。武器を使った戦いを私に示せばここを通してやる」
検問の天使は翼に魔力を通していき、そして煌びやかに光を纏いながら魔術を発動する。
「ハイリッヒ・アローズ」
無数に射出された聖属性の矢はレルゲンに向かって様々な軌道で迫ってくる。
魔術の大原則は発動した後の操作は念動魔術以外では不可能。
しかし、現実として緩急をつけた軌道で矢が迫ってくる。
言ってしまえば検問という戦闘員とは違う職務をしている天使ですら、この発動後の操作を可能にしているレベルに達しているのだ。
レルゲンは不規則な軌道で飛来する矢を正確に目で捉え、黒龍の剣で全て叩き落とす。
無駄のない滑らかな剣捌きにアラエルは思わず声を漏らしたが、検問の天使は顔をしかめた。
今の短いやり取りでレルゲンが相当に剣の扱いに慣れている事が相手に伝わり、長い月日をかけて自分の技術にしていると検問の天使は直ぐに気づいた。
だが、前例の無い挑戦者の技術に高揚した検問の天使は、更に翼に込める魔力を上げる。
刃のように羽の先まで通された魔力は、一種の剣の様にも見えるほど濃密な気配に変化していた。
直接翼を使っての物理攻撃を仕掛ける検問の天使を正面から黒龍の剣で受けると、やはり大きな衝撃音と共に拮抗する。
片翼のみで攻撃したために、反対側の翼で同様の攻撃がレルゲンに迫る。
咄嗟に離れようと後ろに飛ぼうとするが、見越していたのかガッチリと剣を翼で固定して動かす事が出来ない。
「終わりだ、挑戦者よ」
勝ちを確信した検問の天使の片翼が襲いかかる。
「来い、炎剣!」
声で呼ばれた剣が、途轍もない速度で天使との間に割って入る。
剣からは爆炎が既に発生し、片翼の先端を薄く焼きながら切断。
「熱っ!?」
急な高温で怯んだ検問の天使は距離を取り直し、斬られた翼を確認する。
再生しようと魔力を回すが、魔力が通る回路のような通り道ごと焼き斬っているためか再生速度は緩やかなものだった。
「なるほど、心念での操作術か_余程の実力者と見える。
そしてその剣自体にも何か効果が上乗せされているな。
いいだろう。私の役目はこの先で殺されない実力を持っているか確かめる事。
その剣があればこの先もやっていくことが出来るだろう。見たところ他の仲間達も同様の武器を持っているようだな」
「そうだ」
「ではここから先の階層に進むのを認める。
精々死なないように気をつけな」