14話 魔王の思い出巡り
「ここがアメリアの過ごした場所…?」
「地理的にはそうだね」
やはりメアリーが天使だった頃に過ごしていた場所は、白く四角い長方形のような建物が列挙されている住宅のような場所に変わってしまっていた。
はぁ…と一つため息がこぼされ、メアリーは召子に振り返ってから「これで満足かい?」と言わんばかりの表情を浮かべたが、召子はというと満足した様子はない様だ。
「本当はどんな場所だったの?」
「私が過ごしていた時は、短い芝がどこまでも続いて行きそうな景色に、小高い丘。
その丘には一本の大きな木が生えているのみで、今のように人間臭い住居なんて概念はなかった」
「雨は降らなかったの?」
「時々は降っていたかな。だが、大きな木が雨除けになって濡れる事は無かったね。
ここは天界だから嵐が起きる事はない。
だから天使達は雨が降ったら木の下にいて去るのを待つか、水が好きな天使がいれば水浴びをしている者もいたね」
「そうなんだね。確かに今とはだいぶ違った環境だったんだ」
「そう。だから私は以前の思い出の地点にはあまり来たくなかったっていうのもある」
「もう!まだ連れてきたことに文句言ってる!
私達でここの景色を元に戻そうよ」
「簡単に言うが、アテはないんだろう?」
「うん、無いよ。だって今私達が出来る事は天界にいる有翼の天使の黒幕を倒すことだから、それが出来たらきっとここもよくなる!と思うな」
「楽観的で少し羨ましいよ全く。クラリスもそう思うだろう?」
召子の意見を否定して欲しかったメアリーが自分のメイドに頼ったが、意外にもクラリスは召子についた。
「私は召子側です魔王様。私達が出来る事は限られていますが、それだけにやれる事はシンプルに考えてしまった方がよろしいかと存じます。
件の敵を排除できれば、それだけで天界の環境が多少なりとも変わると考えます」
「裏切り者め」
「いいえ、全ては魔王様のためです」
顔を逸らして不機嫌になっていることを見せると、クラリスは少しだけ笑った。
「よし!じゃあ次に行こう。他はどんな所で遊んでいたりしていたの?」
「私たちが遊んでいたのは空だね」
上を見上げると、何となくやっていたことが分かる気がした。
「追いかけっこ、とか?」
「そうだね。誰かが追いかける役回りになって、他が逃げる。それ以外にも空中で踊りの綺麗さを競い合ったり、誰が一番速く飛べるか競争したり」
どこか懐かしい表情を浮かべながらメアリーもまた、召子と共に空を見上げていた。
聞かなくても分かる。きっとその頃の空は青々と澄んでいて、今のようにどんよりとした空模様では無かったはずだ。
やはり環境を変質させてしまう程の何かが、この天界には隠されている。
原因を排除しなければ恐らくこの建物も、この空の色も元に戻す事は出来ない。
二人は空を見上げながら、新たに決意を心に刻む。傍で見ていたクラリスの表情は、どこか晴れやかだ。
「そういえば、私が幼少期の頃にいた預かり所は今どうなっているのだろうか」
「行ってみよう」
歩いて向かっていると目に飛び込んできたのは、廃墟と化した預かり所だった。
「ここはそのまま残っているのか」
引き寄せられるように廃墟の中へ進んでいくメアリーの後を二人で付いていく。
しかし、天使の気配はないが、何か違和感がある。どこからか見られているような、そんな視線を感じるような。
「一応警戒して進もう。床が崩落するかもだ、私と召子は飛べるから大丈夫だとして、クラリスは特にね」
「問題ありません。崩落よりも速く瓦礫の上を移動すれば良いのですからご心配なさらず」
「さすが私のメイドだね。よし、進もう」
薄暗い室内に入ると、何やら紙が床に散乱して置かれている。
滑らないように踏み締めながら歩いていくと、懐かしの部屋である一室に辿り着いた。
「この部屋が私がいた場所だ。懐かしい」
「ゴタゴタが片付いたら、ここを新しく建て直そうよ!みんなで!」
「それもいいかもね…しっ、静かに。今何か音が聞こえなかったか?」
異変に気づいたアメリアが、召子とクラリスに注意を促したが、どうやら様子がおかしいのは地下だと音から判断する。
耳を地面に当ててみると確かに
ヴヴゥゥゥゥゥ
低い重低音が微かに響いていた。
「行こう」
地下へと続く階段に、三人は散乱した紙を踏み締めながら進んでいく。