13話 弟子の実演
召子がメアリーとクラリスのいる部屋の前に立ち、その名を呼ぶ」
「ねぇ、アメリア」
「何か用かい?」
「せっかくだし、久しぶりの故郷を一緒にまた回ってみない?」
「この変質して影も形もない故郷は、もはや故郷と呼ぶべきかも怪しいが、私は遠慮しておくよ。
行きたければクラリスやレルゲン達と一緒にいけばいい」
やはり元気が無いメアリーを何とか連れ出そうとしたが、召子は意外な返答を返した。
「え?嫌だよ?だってアメリアと行きたいから誘っているんだもの」
メアリーは思いの外食い下がってくる召子に驚きつつも、なおもめんどくさそうに拒絶する。
「随分と勝手じゃないか…私は行かないよ。
そもそもなぜ私が変わり果てた故郷を巡らなければならないんだ?
そもそも無翼の私達が遊びに行ったとて、出来ることなど限られている」
「確かに制限があるけど、それでもここはアメリアの故郷なのは変わらない。
出来るだけアメリアがどんなふうに過ごしたのか、それだけでも知りたいの」
「なぜそこまで私に拘る?」
「それは…私の片思いかもしれないけど、私はあなたのことを友達だと思っているから」
傍で話をじっと聞いていたクラリスは、笑いを堪えきれないと表情から笑みが溢れている。
「クラリス。なぜそこで笑う?」
「失礼しました。ですがいつも周りを振り回していた魔王様が、逆に振り回されているのでつい」
メアリーは観念したのか、大きく息を吐き出しながら承諾する。
「はぁ…わかった。私の負けだよ召子。
地形や空の色までも変わっているが、出来るだけ天界を案内するよ」
「ありがとう!楽しみだね!」
「私は気が重い」
「まあまあそんなこと言わずに!クラリスさんも来るでしょ?」
「良いのですか?二人だけで楽しんできても構いませんよ?」
呼ばれるとは思っていなかった魔王専属のメイドは、表情には出さないが驚いていた。
「アメリアが来るならクラリスさんもいてくれると心強いと思って。アメリアもいいよね?」
「好きにするといい」
「承知しました。お邪魔で無ければ」
召子は二人の肩を抱き寄せて抱きつくように抱擁するが、メアリーは少し鬱陶しそうにしていた。
三人で少しの間、メアリーの故郷巡りに行くとレルゲン達に伝えると、セレスティアがクラリスに小声で確認する。
「私が掛けている隠蔽の複合魔術は、離れると効力が無くなりますがどうしますか?」
「問題ありません。三人分の隠蔽魔術は魔王様が使えますので」
何だか嬉しそうな表情を作るクラリスを見たセレスティアも、不思議と釣られて笑う。
「楽しんで来てください。引き続き調査はこちらで進めておきます」
「助かります。貴女がいれば安心ですから」
三人が出かける間、レルゲン達はセリエルから引き続き情報収集。
召子達はメアリーの故郷巡りと言う名のリフレッシュに行き、二つのチームに分かれて行動をすることに。
レルゲンは前々から気になっていた、天使の武器製造の方法について話を聞いていた。
「セリエルさん。無翼の天使が使っている武器はどうやって作られているんだ?」
「そうですね。詳しい工程までは私は分かりませんが、工房に顔を出してみますか?」
「ああ、頼みたい」
セリエルに連れられて工房まで足を運んだが、人間界の鍛え方とは大きく違っており、鉄のように硬度の高い材質を削り出して作成しているようだった。
それに加えて魔剣とは違い、天使本来が持っている何か特別な力を削り出した後に吹き込み、注入して剣として完成させられているようだ。
炉がない事で工房というよりかは加工場のような雰囲気だ。
レルゲンは想像とは全く違った方法で作られている剣を見て、驚きと共に剣の力の核になっているのは、間違いなく無翼の天使達が込めている力が関係していると理解した。
「ありがとうセリエルさん。
俺達の所とはかなり毛色の違った造り方で驚いたが、後はこっちで詳しく見てみるよ」
「分かりました。また何かあれば呼んでください」
セリエルがその場を後にしたのを確認してから、レルゲンは簡易的に念動魔術で地形を変えて炉を造り、青い炎を焚べる。
ゴルガから教わった魔剣の鍛え方。ここでは天使の力を込められていたことから、自らの魔力を材料に込める。
天使が既に捨てた廃材を適当に熱し、持っている槌で力強く叩く。
カン!カン!カン!
ゴルガの叩き方とは違い、衝撃音が少しばかり軽かったが、試すには丁度良いだろう。
急に現れて、急に変な音を鳴り響かせ始めたレルゲンを見た無翼の天使達が、自らの作業を中断して周りに集まってくる。
それを意に返さないほど集中して打たれた剣を、また熱して叩く。
小一時間程同じ作業を繰り返し、最後の仕上げにウォーターボールで作った水槽で冷やす。
形としてはまずまず。形状は廃材で作ったためショートソードに近い。
「済まないが、削り出し用の品を貸して貰えないだろうか?」
不思議そうに見ていた天使の一人がレルゲンに快く貸し出した。
「これを使ってくれ」
「助かる」
レルゲンの魔力を帯びた剣を削っていき、刃の部分をゴルガに教えてもらった通りに、
ゆっくりと剣を滑らせるように滑らかに仕上げていく。
普段から数ミリ単位の念動魔術操作で鍛えられた感覚は、作業を迅速に進めることを可能にしていた。
「よし、完成だ」
ふぅ、と息をついた頃にはもう何時間か経過していたが、最後まで見ていた何人かの無翼の天使が試し斬り用の材を持ってくる。
「出来たんならコイツを斬ってみてくれないか?」
軽く刃を滑らせると、まるでスライムに剣を通すかのように綺麗な切断面を残して材が両断された。
「おお!」
「本当に俺達が捨てた材料からこれを作ったのか…!」
「是非やり方を教えてくれ!」
と向上心の高い職人がレルゲンに教えを請う。
しかし、レルゲンは満足していないようで
(もう少し良いものが出来そうだな)
と更に上があると見据えながら、取り囲んでいる無翼の天使達にやり方を紙に書いて渡して、一度その場を後にする。
途中から見ていたマリーは意外そうな表情を浮かべながらレルゲンを少し茶化す。
「鍛治師にでもなりそうなくらい真剣な顔だったわね」
「いつから見てた?」
「一時間くらい前かしら。
槌で叩いている音が聞こえたからもしやと思ったけど、やっぱりあのドワーフに教えてもらっていたんでしょ?」
「そうだ。意外と様になっていただろ?」
「意外と、ね」
レルゲンとマリーがお互いに冗談を言い合っていると、セレスティアがタオルを持ってレルゲンの顔を拭いた。
「ありがとうセレス。召子達はまだ戻ってきていないか?」
「はい。まだ帰ってきてはいないですね」
「そうか」
レルゲン達はまだ知らない。
召子達が故郷巡りでとんでもない事態に巻き込まれてしまう未来を。