11話 有翼天使の特権と弱点
「やぁ、よく来たね。歓迎するよ」
出迎えたのは薄い碧色の後ろにかき上げ、その高い身長には似つかない小さな眼鏡を掛けている無翼の天使が出迎えた。
「こちらの少年に危ないところを助けて頂きました。お礼申し上げます」
「おや、君が彼らを有翼の天使から救い出したのかい?」
「あのクソ共に虐げられている同胞を見捨てられなかっただけだ」
「君はいつも無鉄砲だが行動力があるね。
帰りを待つこちらはいつも肝を冷やしているけれど」
周りに集まっている無翼の天使達が笑いでザワっとするが、すぐにリーダー格と思われる碧髪の天使はその場を手で制してレルゲン達に自己紹介する。
「いやぁ失礼。ここにお客陣が来る事は何年振りだろうか___ともかく歓迎するよ、僕は穏健派所属のセリエル。
そして君達を助けた少年が」
「武闘派のアラエルだ。お前達も武器を持っているってことは武闘派なんだろ?
この広い天界に俺達以外も同じ事を考えている奴が居たんだと考えると心強いな。
お前達のところの武闘派と手を組めれば、何とか出来るかも知れないじゃねぇか!」
期待を膨らませるアラエルにセレスティアは申し訳なさそうな表情を作って嘘をつく。
「私達の所に居た武闘派は軒並み翼を失うだけでなく、みな堕天して地上に落ちて行ってしまいました」
「そうか…」
分かりやすくガックリと肩を落とすアラエルだったが、その生き残りが居ただけでもプラスになると考えて気持ちを切り替えた。
「それにしてもお前達が持っている武器は俺達がよく使う得物とは全く違う気配を感じる。
どこで手に入れたんだ?」
「それは…」
口籠るセレスティアを見てアラエルが疑問の表情を見せたが、セリエルが助け舟を出してくれる。
「アラエル。あまり同胞を失った方々に向けて質問攻めは感心しませんよ。少し自重して下さい」
「悪かった。はしゃぎ過ぎたよ」
「彼を責めないであげて下さい。見ての通りまだ彼は子供だ。あなた方と比べても下の年齢でしょう。
ですので、どうかここは私の顔に免じて許してあげて欲しいのです」
レルゲンが右手を軽く上げて
「気にしていない。そちらもあまり気に病まないでくれ」
するとセリエルは優しく微笑み、レルゲン達にこの集落の案内を買って出てくれた。
「宜しければ私が皆さんをご案内致しましょう。新しい土地に慣れるまで気になる事があったら遠慮なく仰って下さいね」
「ありがとう。助かる」
一通り回った後、一人のお腹が小さく鳴って空腹を知らせる。
音の主は召子だ。
「すみません。安心したらお腹空いちゃって…」
召子の言葉を聞いた瞬間、一緒について回っていたアラエルの表情が曇る。セリエルも顔には出さないが何か含みのある表情をしている。
それでもそれを打ち消すように、セリエルがレルゲン達に振り返り
「そろそろ休憩にしましょうか。飲食ができる物は何かお持ちですか?」
「いや、逃げてくる途中必死だったからな。何も持っていない」
「そうですか。ならあなた方はまだ時間が残されている。空腹のサインは堕天の手前と言われています。
食欲や性欲を感じ始めると特に危ないですので、気をつけた方がよろしいかと。
ですが我慢するのは尚のこと危ない。
今回は私が用意しましょう」
パチンと指を鳴らすと魔術ではない何かの力によって机の上に果物が並べられていく。
レルゲン達は軽く食事を済ませてから疑問を口にした。
「助かった。一つ疑問が出来たんだが、聞いても良いだろうか?」
「どうぞ」
「俺達を襲った有翼の天使はここにいるクラリスを連れて行こうとした。
教育をし直すと言ってな。あれは性欲ではないのか?」
「堕天について詳しくなければ知らないのも無理はない。クラリスさんが襲われかけたのは間違いなく性欲を持った有翼の天使でしょう。
本来天使はそのような欲を持たないが、中には…というよりここら一帯の有翼達は皆そうか。
分かりやすく言うと、有翼の天使は何をしても堕天しない。
だが、その性質にかまけて内面が既に堕ちてしまっている天使は、仮に翼を失った時に猶予なく堕天する。
つまり、翼を奪うことさえできれば内面が既に堕ちてしまっている有翼の天使が多い今の現状で、私達に勝利が見えてくると言うわけだ。
しかし天界で天使の翼を奪うことは本来御法度。
一度犯せば力と引き換えにそれまで生きてきた善性を失うとされている」
「なるほどな。だから翼を取り上げるだけ行い、有翼の天使を堕天させて天界から追放しようってわけだ」
セリエルは頷き、満足そうに笑顔になって肯定する。
「いいですね。貴方は飲み込みが早い。
他の皆さんも話について来れている様子ですが、今回はここまでにして、今日はゆっくりと休んで下さい。
また明日、改めてお伝えさせて頂ければと思います」
メアリーだけでは補えなかった天使についての情報が補完されていき、レルゲンは今後の身の振り方を薄っすらではあるがイメージしていた。