1話 襲来
レルゲン達が誰も欠けることなく無事に中央へ戻ると、街はお祭り騒ぎ。
魔王を討伐した勇者一向として、国を上げた一大パーティが始まっていた。
主役の召子はフェンやアビィと共に思いの外催しには前向きで、様々な身分の人達と会話を楽しんでいた。
レルゲンはというとパーティには少々後ろ向きで、盛り上がっている王国民の熱狂振りに振り回されながらも若干の置いてけぼりをくらっていた。
こうした催し物の時だけ来ている騎士団服も今となっては形無し。
軽く飲み物を飲みながら夜空を見上げていると、満点の星空がレルゲンを見守っていた。
「何黄昏てんだ?レルゲンの旦那」
「ドライド…?店はいいのか?」
いつもは工房から滅多に足を伸ばさない工房長が、レルゲンの後ろから声をかける。
「おう、この騒ぎだ。飲食店以外の店は俺の所も含めて軒並み閉めちまってるよ」
「そうか」
暫く石畳が敷かれている見晴し台で、無言の時間が過ぎる。ドライドが再び口を開く。
「祭りには参加しないのか?今回の主役だろ?」
「主役は勇者の召子だよ。俺はその運び屋さ」
「そうかい。まあ旦那はそういうのあんまり得意じゃ無さそうだからな」
「そうだろ?」
お互いが短く笑い、レルゲンはドライドに再び礼を贈る。
「改めてありがとう。この剣達が無かったら魔王やその幹部達は倒せなかった。間違いなく」
ドライドはニッと笑って見せ、一本の剣をじっくりと眺めている。
「これが新しい剣か?魔界で手に入れたんだろ?」
「そうだ。この氷華は凍刃龍から出来たもので、魔界に住んでいたドワーフのゴルガが作ったものだ」
「魔界にも高尚な鍛治師がいるんだな」
「やっぱり見てわかるものなのか?」
「そりゃ同じ仕事をしていれば嫌でも伝わってくるもんよ。間違いなく一級品の仕事がされているぜ。
それにしてもドワーフか…一度お目にかかりたいものだぜ」
「転移魔法陣を使えば会えなくもないぞ」
「馬鹿言え。俺みたいな奴が魔界になんて行けば数日と持たねぇよ。
旦那が護衛してくれるなら話は別だがな?」
「なら今度時間を取って魔界を案内するよ。魔王も喜びはしないだろうが受け入れてくれるはずだ」
「……? 魔王って倒されたんじゃねぇのか?」
「倒したぞ」
「そうじゃねぇ、殺してないのかって言ってんだよ」
「ああ、色々あってな」
「マジかオイ…誰にも言ってねぇだろうな?」
「女王とハクロウくらいしか知らない情報のはずだよ」
「そんな国家機密を俺に話していいのかよ」
「言いふらすのか?」
「それこそまさかだな。頼まれたって言わねぇ」
「だろうな」
再び苦笑いをしながら二人で酒を飲んで一息付く。
「じゃあ俺はそろそろ行くわ。あまり嬢ちゃん達から離れるなよ」
「ああ、また発注する時は頼んだよ」
「任せとけ。そういや旦那、前に作ったスペア達だが…
いや、また今度でいいか。じゃあな」
何か含みのある言い方をしていたが、話す機会はまた幾らでもあるはずだ。
レルゲンは呼び止めることなくドライドの背中を無言で見送った。
カンカンカン!!
その日の朝は、騒がしく衛兵が銅鑼を叩いている音で目を覚ました。
まだ陽が登っていない薄暗い朝方。
衛兵が各部屋を駆けずり回り、レルゲンの前にも女王直属の影部隊の一人が音も無く現れた。
「敵襲にございます。レルゲン様、急ぎ支度を」
「分かった。敵の数は?」
念動魔術で装備を浮遊させて急ぎ支度を整え、数十秒で身支度を完了させる。
「二人にございます」
「二人…?少ないな。
野盗なら衛兵で対応出来るだろうが違うのか?」
「はい。敵は魔王とその従者になります」
「は…?間違いないのか?」
「はい」
「分かった。召子やマリー、セレスは準備出来ているのか?」
「勇者様は既に身支度を終えてレルゲン様をお待ちです。しかし…王女殿下は昨日遅くまでご歓談されていたようで」
「起きてこないわけか。
とりあえず俺と召子で何とかしてみる。
マリーとセレスが起きたら向かうように伝えてくれ。
転移魔法陣の所でいいんだよな?」
「はい」
「行ってくる」
「ご武運を」
短いやり取りを残し、部屋から出て召子と合流する。
「魔王は一体何を考えているんだろうな?」
「分かりません。だけど、あれだけレルゲンさんが釘を刺したのに、直ぐに向かってくるのはなんだか少し変と言いますか…」
「俺もそこには引っかかってる。とりあえず魔王がいる筈の転移魔法陣まで飛んでいこう」
二人と使い魔二匹が転移魔法陣近くの拠点まで飛んでいき、警戒を続けている衛兵に話を聞く。
「待たせた。状況は?」
「レルゲン殿!お待ちしておりました。
お早いご到着感謝いたします」
「世辞はいい。本当に魔王で間違いないんだろうな?」
「恐らくは。今でこそ魔力を抑えていますが、現れたと思った瞬間途轍もない魔力放出を始めたので、すぐにご報告させて頂いた次第です」
「なるほど。後は俺達で何とかする。
危険が及ばないように遠くから見ていてくれ」
「承知しました」
短く返事をして衛兵達は一斉に拠点を後にし、間抜けの空になった拠点にはレルゲンと召子達のみが残る。
「俺が話しかけてみるから、戦闘になりそうなら援護を頼む」
「了解です」
転移魔法陣に近づくと、そこには確かに見知った顔ぶれが二人いた。
「クラリスさん。今日は魔王となんの用だ?」
「よかった。貴方が来てくれれば話がしやすい」