6話 挑戦前夜、おもてなしを満喫して英気を養おう
ここからは徒歩でフィルメルクのダンジョン街に向かう。
事前にクーゲルからもらった地図に示されている座標によれば、そろそろ石を並べて出来た舗装路が見えてくるはず。
街に入る手前まで隠蔽魔術を使ってもいいが、解除した時に誰かに見られでもすれば厄介だ。
マリーが国帰りをする時にも感じたが、意外にも顔はそこまで広まっていない。
こういう時は堂々とした方が見つからないものだ。来ていたローブを脱いで、堂々と歩く。
神杖は布で巻き、黒龍の剣や神剣は鞘に収められてレルゲンがまとめて運んでいるが、女性二人の遣いの様な構図にも見える。
それにしても魔物が王国の周辺と比べても全く気配がない。
これだけ森や平原を歩いていれば一体くらい遭遇してもおかしくはないが、王国に流れる地脈による大地の魔力量と比較すると圧倒的に少ないことが関係しているのだろうか?
石造りの道になり、特殊な造形で出来た石の柱の中に火が灯っている。
これならサンライトを使わずに夜でも進むことができるだろう。
『珍しい造りの照明ですね。王国は国外の領土に関してまだまだ発展途上ですから、こういった照明方法は参考になります』
『確かに、私も見たことないわ。火事の危険性はないのかしら?』
『見たところ魔法を使って火をつけているようだから、火事の心配はあまりなさそうだな。俺もこの照明は初めて見た』
この分なら今夜にでもフィルメルクのダンジョン街に到着するだろう。
普段こそ野宿が基本だったレルゲンはベッドのある生活にある程度慣れてしまったのか、数日野宿をしただけでベッドがある寝床が懐かしく思えていた。
到着したらすぐに宿屋を探してもいいが、先に現地のギルドに話を通してもらったほうが都合がいい。
特にマリーはともかく、セレスティアは金銭感覚が王国で慣れているため相場感が若干おかしい。
一国の王女のため仕方ないが、いい機会だ。
庶民的な金銭感覚を知っておくのも今後に役立つだろう。できるだけ三人で街を散策するのもいいなと考えながら歩いてゆく。
ダンジョン街に到着し、街の衛兵にクーゲルから渡された書簡が入っている封筒を見せるとあっさり通される。
そろそろお腹が空いてくる頃合いだ。
ささっとこの街のギルド長に挨拶を済ませて腰を落ち着けたい。
しかし、ギルドに到着するや否や、武装を全て預られてほぼ丸腰の状態で挨拶に行くことに。
側から見れば挨拶だけで帯剣する必要はないのだが、案内するギルドの職員はどこかよそよそしい。
クーゲルから預かった書簡を見せると渋々中へは通されたが、まだ素性がよくわかっていない三人を信じきれていないようだ。
書簡の中身は確認していないが、どんな事を書いてあるんだ?と少し気になる。
古風な二階建て民家のような佇まいだが、奥行きがかなり広い。ギルドの中は今の時間は夕食を取る者達も多く、人が多い。
そんな中、正面から入らざるを得ないレルゲン達は周りからの注目を早速集めていた。
なにしろ美しい女性二人と共にまだ年端も行かない青年が入ってきたのだ。
悪い意味で目立っていた。レルゲンには目もくれず、マリーとセレスティアを目で追う客達。
二階のギルド長室に直行する三人を見ていた客の一人がレルゲンに向かって一言放つ。
『めちゃくちゃ可愛いねーちゃん達!どうだい?こんなガキ放っておいて一緒に飲まねぇか?』
マリーとセレスティアは声をかけて来た男を一瞥する事なく、完全に無視してレルゲンの後を歩いて行く。
それが面白くなかった男は無理矢理にでもセレスティアの肩を掴もうと腕を伸ばすが、伸ばす途中で腕が完全に止まる。
というより、身体が動かなくなっていた。
ピタっと止まる男に周りで見ていた人達は
(何やってんだ?)
といった視線を向けていたが、ここでレルゲンが低い声で男に話しかける。
『俺の妻に気安く触るな』
何か言い返しそうな雰囲気を感じて、口も固定された男は言葉にならない声を上げていた。
ギルド職員の方へ向き直ると、やや緊張した面持ちで二階へと通された。
ソファにかけるように通され、ギルド長と思わき女性からまず謝られる。
『先ほどは私のギルド所属の男性による失礼があったと伺いました。来て早々ですみません』
『飯の時間だからな、ある程度は理解している』
『助かります。それで、そちらがクーゲルからの書簡ですか?』
『あぁ、俺達は中身を見ていないが、これを渡せば問題なく手続きをしてもらえると聞いている』
『拝見します』
書簡の封筒を切って中身を確認するギルド長。
読み進めていくと手がガタガタと震え、手紙とマリー、セレスティアを交互に見て確認している。素性は正直に書いてあるとわかる反応だ。
『これは大変失礼致しました。隣国の王女殿下』
周りにいた職員が『えぇ?!』
と思わず声を上げる。
ギルドの職員達がギルド長が持つ書簡の方に集まり、内容を確認する。
『そちらはその若さで王国の副団長を勤め、先日の転移事件の解決の立役者だと…な、なるほど…』
『えっ…』
今度の声は、やや大きさが抑えられたが、それでも王国の転移事件は周辺国に知れ渡る大事件と言っていいだろう。それを解決に導いたとあれば、職員も驚きを隠せない。
『改めてレルゲン・シュトーゲンだ。ダンジョン攻略の間、世話になる。こちらは』
『マリー・トレスティアです』
『セレスティア・ウノリティアと申します』
『ご丁寧にありがとうございます。私はここのギルドの長を務めておりますカガリと申します。
未踏破の高難易度ダンジョンに挑戦すると書いてありますが、これはやはりお忍びで…?』
『公にはしていない。ただ王宮は把握しているから安心してくれ』
『分かりました。こちらとしましても踏破率の向上はありがたい申し出ですが、出現する魔物も確認されているだけで四・五段階目の魔物がいます。
皆さんの実力を疑うわけではありませんが、こちらについては…?』
『把握している。魔物の強さに関しては問題ない』
『そ、そうですか…ではこちらからはもう何もお止めする権利はございません。ご武運を祈っております』
『ありがとう。それと最後になるが、どこか宿を紹介してはくれないだろうか?利用客が少なければ値段は考えなくていい』
『承知致しました。一等旅館になりますが、空きがあるか掛け合ってみます。恐らく問題ないかとは思いますが』
ギルドで待つ事一時間ほど、旅館の用意が出来たようだ。今他に利用しているのは一組だけで、ほぼ貸切状態のようだ。
もうマリーに至ってはお腹が鳴りそうというだというので、音が聞こえないように席をたって、窓から外を見つめながら遣いの還りを待っていた。
帰ってくると同時に速攻で預けていた荷物を受け取り
『レルゲン、行くわよ!』
と張り切っている様子で、セレスティアが苦笑いをしていた。
旅館まで案内されて、外観を確認すると入り口から建物まで砂利が敷かれており綺麗に均され、平らな石が等間隔に敷かれている。
ここを通れという事だろう。
左右を見ると中庭庭園のようなものがあり、風情のある池には色鮮やかな魚が悠々と泳いでいる。
『風情がありますね』
『あぁ、とても綺麗な宿だな』
建物の中に入ると一人の女性が出迎えてくれる。
『本日は遠路はるばるお越しいただきましてありがとうございます。さ、荷物をお預かり致しますので、お部屋までご案内いたします』
通された部屋はまた大きく、マリーやセレスティアの自室に近い規模だ。
これなら二人ともゆっくり寛ぐことが出来るだろう。
通された部屋の床は薄い緑の紐のような、細い何かを編み込まれている物が集まった物でできている。
初めて見た物が多い三人は色々と部屋を見て周り、新しい発見と共に目を丸くしていた。
食事の前に風呂に入ることを勧められたが、マリーの我慢も限界だったようで、先に食事を摂ることに。
出された食事は色鮮やかな海産物の切り身や、山菜を油で揚げたもの。よくわからない茶色い飲み物は温かく、芳醇な香りが鼻を抜ける。
流石にこれだけの旅館なだけあって、出されるもてなしはどれも極上のものだった。
食べ終わって少しして、風呂に入るわけだがマリーとセレスティアは後から入ると言うので、部屋に備え付けられていた大浴場にレルゲンが先に入る。
やはり風呂はいい。
何度入っても飽きることがないのは不思議だと、ボヤッと考えていたら大浴場の扉を開ける音がする。
一瞬びっくりしたが、マリーとセレスティアがタオルを巻いて大浴場に入ってくるのを見て
(先ってそういうことか…!)
と驚いた。
しかし、既に妻とはいえまだまだ慣れていないのも事実。
水着の時ですら限界が近かったのだ。初日からこれではレルゲンの理性はもうもたないだろう。
いや、寧ろそれをマリーとセレスティアは狙っているのかもしれない。
いい加減男としての覚悟を決める時だ。
と分かってはいるが、不意打ちとも言える二人の行動に恥ずかしさがどうしても勝ってしまう。
『レルゲン…その、あんまり見ないでもらえると助かるわ…』
『すまん!』
『私は構いませんよ?折角の夫婦水入らずなのです。いいではありませんか』
『それはそうだけど…』
セレスティアはかなり積極的だが、マリーはまだどこか恥ずかしいようだ。
それを見かねたセレスティアが二人に宣言する。
『二人はお互いに抵抗があり過ぎます。これからは慣れてもらうために毎日一緒にお風呂に入りましょうか』
『『えっ』』
二人とも固まる。
今日だけと思っていたマリーまでもこれは予想外だったようで、思わず声が出る。
『とりあえずお互いの身体を洗い合いましょう』
『勘弁してくれ…』
お互い身体を何とか洗い合い、一緒に湯船に浸かってさっぱりしたことで今日は眠る事に。
眠る時も一緒のベッドで!と言われるのかと思ったが、そこまでは勘弁してくれるようだ。
彼の朝は早い。
陽が昇ると共に目を覚ます。
しかし、身体が重い。何なら両手両足とも動かない。
『やっぱりこうなったか』
まるで念動魔術で身体を固定されているかのようだ。それもそのはず、別のベッドで眠っていた筈のマリーとセレスティアがレルゲンを抱き枕にして規則正しい寝息を立てている。
諦めてレルゲンは彼女達が起きるまで、もう一眠りする事に。
結局二人が目を覚ましたのは陽が登ってから2時間程経過した後だった。
『おはよう、二人とも』
『おはよう、レルゲン』
『おはようございます』
起きてからも中々手を離してくれない二人の頭を撫でて身体を起こす。
『ダンジョン、今日から行くか?』
『いくわ!』
『行きましょう』
二人とも本当にダンジョン攻略が楽しみのようだ。それは今の二人の表情を見れば伝わってくる。
朝食を済ませて出発の準備を整え、いざ、ダンジョンがある中央通りへ歩を進めるのだった。