60話 最初の堕天使
「勇者は今、何のために戦っている?」
魔王メアリーはそんな分かり切った、当たり前の質問を投げかけてくる。
当然のように召子が答えた。
「あなた達魔王軍からの人間界侵攻を防ぐためです」
「そうだね。君達にとってはそうだろう。
けれど、なぜ魔界からわざわざ遠い人間界まで進軍していると思う?」
「それは研究者を名乗るスティルという悪魔が言っていましたよ。
私を、勇者を魔王と戦えるレベルまで強くするためだと」
「そうだ。だけどそれだけでは落第だね。他にもっと重要な役割がある。わかるかい?」
全員が押し黙る。
クラリスは答えは知っているようで、未だ瞳を閉じている。
口を開いたのはセレスティアだった。
「ここの魔界は魔力濃度が高すぎます。農作物や水源にも多大な影響があるでしょう。
それを解消するための領土拡大が狙いではないですか?」
「模範的な解答だ。それもまた間違ってはいない。むしろ正しいと言っていいだろうね。
でも、真の狙いとは遠く離れている」
再びの静寂が室内を包んだ。
魔王メアリーは周りを見渡し、代替の答えが出てこないことを確認して語り始める。
「悪魔の生い立ちについて、君達はおおよその知識を身に着けたはずだ。
悪魔は元々、天使の翼がもがれたことに絶望した種族がこうして悪魔として堕ち、変異した姿だ。
私はね、この天使を絶対に許すつもりはないんだ。なぜか?
それは、結局天使が悪魔を誕生させてしまったからだよ」
ズズ…
何か、瓦礫を掴むような音が聞こえて魔王メアリーはすぐにレルゲンの方向を見たが、
まだ意識を取り戻している様子はない。
再び視線を召子に戻して話を続ける。
「これを知っている悪魔はそういない。だけど君達には教えよう。
悪魔の翼がもがれたのは、天使同士の争いによるものだ。儀式の一貫と言っていい。
勝者は敗者の翼をもいで自らの翼に移植することで新たな力を手に入れることができた。
だから力を欲したある天使の一団が、自分より力の弱い天使の翼を片っ端から奪っていった。
だが争いが起きたのは人間界や魔界ではなく、それよりももっと上の次元にある天界。
地上界とは次元が異なっているからね。こちらへの影響は少なかった。
それでも天界は文字通り火の海となり、多くの翼をもがれた天使達は少しずつ増えていき、
やがて純粋だった天使は汚れた感情を持つようになった。
これが本当の悪魔誕生の成り立ちだ」
黙って話を聞いていた召子は一つの疑問を口にする。
「なら、どうしてそんな話を魔王であるあなたが知っているの?」
「言っただろう?悪魔誕生の原典は天使による内乱に近いものだったと。
私はその争いを経験した、言わば経験者だ。
だからこそ、私は今も天界で暮らしている翼をもいだ連中を許さない。
許してはいけないのだよ。
人間界を襲い、勇者をここに連れてきた理由はそろそろ分かった?」
「魔王が天界の天使を今も憎んでいることは分かりました。
ですが、その恨みを晴らすために人間界を利用し、私をここに呼び寄せてあなたは一体何をしようとしているのですか」
「何度も言わせないでくれ、天使への復習さ。
君と共に天界へ殴り込みに行くためにね」
「…!」
(まさか自分をここまで連れてくるために、何人も犠牲にして成し遂げたというの…)
思わず頭がクラクラしそうな目的に召子は少しばかり倒れそうになるが、
マリーが支えて聖剣を床に突き刺して固定する。
「さて、今までの説明を踏まえてもう一度聞こう。勇者よ。今、何のために戦っている?」
召子は倒れそうになりながらも、魔王メアリーに向けて一つ一つ言葉を探すように返答する。
「それなら私が、私達が人間界も魔界も全て護ってみせます。
あなたの力を借りなくても!」
召子が意思のこもった声でハッキリと魔王メアリーに向けて拒絶すると
「残念だよ…本当に」
と真に失望したような表情でメアリーが心底悲しそうな表情を見せた。
次に口を開いて新たな魔術を唱えたのは魔王メアリーだった。
「グラビティ・ストンプ」
メアリーは再びクラリス共々最大の重力魔術を部屋全体にかけ、重さに耐えかねた床が完全に抜け落ちる。
高い負荷が落下中もかかりどんどんと加速し、魔王城全体が大きく揺れた。
地上に降り立ち、尚もかかり続ける重力魔術に耐えながらも召子は世界の言葉を聞いた。
〈レベルアップボーナスを選択してください〉
(こんな時になんて意地悪な!)
心の中で大きく恨み節を募らせたが、ハッとしてあることに気づき大声で叫んだ。
「動けるようになる〈スキル〉を取得して!」
ボイスコマンドで命令を出すと二つのスキルが自動的に選定されて、取得される。
横目で見ると〈天の翼〉と〈重力操作・中〉の二つが流れている。
身体はまだ重いが、これなら動ける。
瞬間、召子は魔王に向けて走りこんでいた。
「アメリアァァァア!!」
「召子ォォオオ!!」
お互いの絶叫が、プライドが激しく衝突していた。