56話 誇りを取り戻す戦い
「ハーディ、俺達ならいつでもいける。扉を開けてくれ」
すぐに扉を開けるのを躊躇ったのは、レルゲン達を気遣ったわけではない。
単純にハーディ自身がこの先に待ち構えている魔王から感じる緊張感を紛らわすために提案したに過ぎない。
しかし、この侵入者達は勇ましくもすぐに開けるように促してきた。
やはりここまで誰も欠けることなくたどり着いただけの胆力を感じ取ったハーディは、
黙って魔王のおわす大扉に両手をついて押し込んでいく。
扉は重厚感のある趣を放ち、入ろうとする者を拒んでいるようにも見えたが、
中で待っていた二人組は一人を除いて歓迎していた。
「君がその扉を開けるとは思わなかったよ_ハーディ。呪いの契約はどうしたんだい?」
「マリーに断ち切って頂きました。私はもうあの狂った研究者に付き従うことはありません」
ハーディの宣言に、魔王の傍で控えていたクラリスが少しずつ殺気を放ち始める。
「貴女は魔王様がお決めになったことに異を唱えるのですね?」
返事はせず、クラリスの放つ圧に耐えかねて大量の汗を掻くのみで呆然と立ちすくんでいた。
何を言っても殺される運命を受け入れ、ハーディは少しだけ天を仰いだ。
(短い自由のみだった…だけど、最後は、この一瞬だけは私は私でいられた)
マリーを見て少しだけ微笑む。
後ろを向いた隙だらけの裏切り者にクラリスは距離を詰めようと魔力を足へ瞬間的に集中する。
だが、意外にもクラリスを止めたのは魔王本人だった。
「待ってクラリス。私を思っての行動には感謝するが、ハーディを粛正するのは待ってくれないだろうか?」
「なぜですか?」
「ハーディは何も完全に裏切ったわけじゃない。勇者側に付くつもりもないんだろう?」
死を覚悟し緊張状態から解放されたハーディは、静かに頷いて肯定する。
「ですが、自由の身となった時に彼女の”心念”は何をするかわかりません」
「お願いだよクラリス。私の望みを聞いてくれないのかい?」
「いえ、滅相もございません。
魔王様に牙を剥くようでしたら、その時は問答無用で粛正に移る許可を頂きたく」
「それでいいよ。ありがとう」
魔王は華美な装飾が施されている玉座から立ち上がり、勇者とその仲間たちに小さく一礼をする。
「待たせて悪かったね。
私は、私こそがこの城の主_メアリー・アメリア。勇者の名前を聞いてもいいかい?」
召子が一歩前に出て聖剣を抜剣し、静かに。そして力強く名乗りを上げた。
「私は最上召子です。こっちは使い魔のフェン君とアビィちゃん」
「召子、いい名前だ。名は艇を表す。正しくその力にぴったりの名前じゃないか」
召子はこの時何も思うことはなかったが、後々にある事実に気づかされる。
「よくこんな遠くまで来たね。いい仲間にも恵まれたようだ。
待っていたよ、本当に。前の勇者は何年前にやってきたか覚えているかい?クラリス」
「およそ二百年前になります」
「私は長い眠りについていたからあまり実感はないけれど、微かな意識はあった。
そこで君が召喚されるのをずっと待っていたよ。
さぁ、思う存分殺しあおう」
召子は聖剣を構えた状態から切っ先を降ろし、魔王に向けて語りかけた。
「私は、私達は確かに魔王と戦いに来た。だけど、本当にどちらか死ぬまで戦わないといけないの?」
魔王はやれやれといった表情に変わり、覇気を抑えながら話し始める。
「今の勇者は知らなくても不思議ではないけれど、前の勇者も似たようなことを言っていたね。
君を殺したくないと。だから勇者の仲間を一人ずつ殺していった。確実にね。
それでようやくやる気になった勇者の一撃を受けて私は長い眠りについたわけだ」
「なら!尚更殺し合う必要なんてないじゃないですか!」
召子が懇願するような口調で魔王に吠えたが、その祈りにも似た言葉は届くことはなかった。
「舐めるな。舐めるなよ勇者。私は憐れまれるために戦っているわけではない。
私は…私は私の誇りを取り戻す!そのためには君の屍が必要なのだよ!召子!」