54話 舌戦
赤いカーテンから怪しく光る月光が差し込んでくる部屋に、長机と複数の空席が目立つ椅子に2人の悪魔と一人の少女が腰掛けていた。
スティルとディシアの前には、別室で自身のコピーと戦っているレルゲン達とマリー達が映し出されている。
満足そうにニコニコしながら画面を眺めるスティルにディシアは、一種の気味の悪さを感じていた。
(戦いをどう見てもレルゲンとセレス達が押しているはず…にも関わらずこの悪魔の二人はどうしてこんなにも落ち着いているのか?)
用意された紅茶には一切手をつけず、空席にもあった紅茶は既に湯気を失い、飲み主を失っている。
ディシアの疑う視線を感じ取ったのか、スティルはこちらを見て更に笑いかける。
「おや、何かな?若き技術者担当のお嬢さん」
「ディシアです。あなた方はこの戦況を見てなぜそのような表情が出来るのですか?」
「ではディシア君。君は研究が上手く進んでいる時、どんな表情をするかな?」
「質問の意味が分かりませんがお答えします。達成感による喜びの感情を表に出すでしょうね」
「そう!その表情が今の僕というわけだよ」
ディシアはますます理解できないという表情になり、スティルを問いただす。
「戦況はどう見てもこちら側が押しています。貴女はそれを待ち望んでいたとでも言うのですか?」
「その通り、これは試練だ___逆に過去の自分に負けられると困る。
だから今、僕の作ったインスタンス・コピーを君達が圧倒しているのはとても望ましい結果だよ」
(このスティルという研究者…真の狙いは分かりませんが、こちら側が勝つ事を望んでいる?)
「君が今何を考えているのか当ててみようか。
僕の騎士君達が勝つ事を望んでいる。真の狙いはどこにある…?かな」
「…!!」
完璧に思考をトレースされたディシアは目を見開いて驚いたが、声に出すまいと何とか踏み止まった。
「真の狙いとは少し違うけれど、僕の望んでいる事は君達の成長さ。
だから、過去の自分と向き合って足りない所や、自分にしかない優れた技術や才能を再認識してもらうのがまだ伸び代の多くある君達には必要と言うわけさ。
ご理解頂けたかな?」
「私達は貴女方の敵です。それは間違いない。
ですが敵の貴女は我々の成長を望んでいる矛盾を抱えている。
なぜ貴女に我々の成長を後押しして貰わなくてはならないのでしょうか」
スティルは少し落胆した表情になり、ディシアを見つめて最後の答えを告げる。
「やれやれ、最後は君自身に気づいて欲しかったが、最後まで教えるとしよう。
君は、君達は魔王様の強さがどれくらいなのか、考えた事はあるかい?」
「いえ、ありません。
というより、これから貴女方の親玉を必ず倒すと決めているのに、相手の強さを測るというフィルターは私たちにとっては不要です」
「ふむ、なるほど勇ましいね。でもそれはこう言い換える事もできる。
思考停止と」
すぐに反論しようと席を立ちかけたが、寸前のところで止まって椅子を引く仕草で誤魔化す。
スティルはディシアの顔を見て薄く笑い、話しを続ける。
「魔王様は短期間の内に君達が凄まじい速度で力をつけている、成長速度にご満悦だ。
しかし、あくまでも未来の君達が魔王様と対等な勝負ができる可能性が少しでもあるという希望の話し。
今の君達の成長速度は研究者の私から見ても、悪魔より数段以上早いペースで進んでいる。
正に驚異的と言っていい。
だから更に人間界へ悪魔の尖兵を送って君達の成長を更に促したというわけさ」
「それではまるで、今までの戦いが全て魔王の掌の上とでも言うのですか?」
「全てじゃない。かつて騎士君の師であったナイト・ブルームスタットや、ダンジョン創始者であるテクト・シュトラーゼンとの戦いは予定にはなかった。
そもそも、ヨルダルクが勝手に騎士君を警戒して勇者を召喚したんだ。
こちらとしては魔王様の復活が進んで大変助かったが、今にして思えば勇者に粛正されなくて良かったよ。
あれは正直言って介入するか僕達魔王軍は非常に迷ったんだよ?」
スティルは紅茶のお代わりをハーディに要求して、更に続ける。
「だから騎士君というよく分からない異分子に感化されて着実に、そして死戦を何度も潜る内に僕達は目をつけた。
今の勇者をここまで導いてくれると」
「つまり、成長速度は目を見張るものはあれど、まだ魔王と戦うには早い。そう仰りたいのですね」
「それだけでは無いけど、大方正しい理解だよ。ディシア君」
新しい紅茶を飲みながら、片目を閉じてディシアを観察する。
煽られた後にどんな反論を理性的にしてくるのか楽しみだと言わんばかりの表情に、ディシアは応えなかった。
寧ろ逆。感情的になって反論し、スティルの余裕の表情を一変させた。
「私達を勇者の魔界ツアーのガイドとでも思っている様ならば、それは大きな間違いですよ。研究者スティル。
私は、私達はここに決死の覚悟でやって来ている。
それを愚弄されて黙っている様では今必死に戦っている彼等に泥を塗るのと同じ事。
結局正しいのは歴史に刻まれる勝者のみ。
敗者悲しく死んでしまえばもはやそれまで、それは私がこの杖を持っていても関係のないこと。
さぁ、武器を取りなさい。研究者スティル」
まさか他に助けが全くいない状態で、戦闘員ではなかったはずのディシアの宣戦布告に打って出るとは思っていなかったのか、
スティルとハーディは大いに驚いた表情を浮かべたが、明らかに先程とは言葉に乗っている覚悟が違う。
本気で戦う意志がディシアにあると感じたスティルは、指をパチンと鳴らしてハーディに合図を出す。
「残念だよ。もっと君と話したかったけど、これまでの様だね。
ハーディ、仕事だよ」
大きなため息を吐きながらも、スティルの前に立つ助手。
「分かりました、本当なら貴女が戦った方が早いでしょうに。
ディシアさん、あまり抵抗されると痛いのでおすすめしません。
なるべく早く殺して差し上げますから、そこを動かないで下さい」
ディシアの頬からは汗が一滴零れ落ちるが、全く勝算のない戦いとも思わなかった。
ジャックからレルゲンを護った時の感覚、あれをもう一度出来れば可能性はゼロじゃない。
震える足を叱咤して、再び吠える様にスティルへ言い放つ。
「戦う覚悟の無い貴女には、絶対に負けません。
私がもし倒れたとしても、きっとレルゲン達が貴女を、そして魔王を止めてくれる!
ここで終わりにはしません!」
「そうだ、俺達には覚悟がある___
それが無いお前達には、やはり負けるわけにはいかないな」
聞き慣れた安心する声が、ディシアの背後から響いた。