45話 ハイリッヒ・フォルン
「くっ…!さっきとは比べ物にならない威力ね!」
穴の空いた横腹を抑えながら、ヴァネッサはセレスティアを睨んで賞賛を贈る。
(これでもまだ致命傷にはなりませんか…!もっとスケールの大きな魔術行使が必要ですね)
最近はレルゲンやマリー、召子の補佐が増えてきたセレスティアは、自分の攻撃が有効になる敵と戦う回数が徐々に減ってきていた。
それは近接を得意としている三人の安定感が、この頃磨きをかけて更に良くなっているため。
寧ろ回復などの補助に魔力を多く回せて良い事尽くめに見えるがそうではない。
何事も成長するには相応の修羅場が必要だ。
セレスティアは理解していた。
魔界に来てダブルキャスト・マジックが可能になり大きく成長した事は間違いないが、それでも後一歩か二歩、
まだ成長できる余地が残っているのではないかと。
そこで初めて無意識のうちにダブルキャスト・マジックを発動した時のことを思い出す。
フィルメルクのダンジョンで出会った十二層ボスのスケリトル・ファラルと戦った時に無我夢中で放った、
水を氷に性質変化させてからの聖属性の付与による攻撃。
今にして思えばあれこそがダブルキャスト・マジックの足掛かりになった事は間違い無いだろう。
スケリトル・ファラルに有効打を与えた時も、大出力の氷で攻撃をしていたことを思い出す。
セレスティアが閃く様にレルゲンへ伝える。
「レルゲン!私に考えがあります!」
すぐにレルゲンがセレスティアの下まで移動して魔力糸による思念伝達で会話する。
(何か思いついたのか?)
(はい。前にダンジョンでスケリトル・ファラルを仕留める時に発動した魔術がもしかしたら有効になるかもしれません)
(氷の聖属性攻撃か、分かった。こっちで奴の動きを何とか止める。
発動できる様になったらこの糸を通して合図してくれ)
(分かりました。足止めは頼みます!)
(任せろ)
レルゲンが再びヴァネッサに向けて駆け出し、黒龍の剣とスライムの剣で打ち合いが始まる。
「作戦会議は終わったのかしら?」
「どうかな…?」
「いいのよ隠さなくても。
私を倒せるかもしれない策が思いついたんでしょう?
でもそんな簡単に行くかしらね?
私はただキング・スライムになって幹部の座に召し上げられた訳じゃない。
それこそ日頃から応用出来ることを探しに探して、魔王様が復活するのを待っていたんだから!」
レルゲンは独白とも取れるヴァネッサの言葉を聞き、疑問を口にする。
「何を当たり前のことを言っているんだ?」
打ち合いの状態からヴァネッサが一歩だけレルゲンに押し込まれるが、押し返そうと重心が前に掛かる。
レルゲンは剣を打ち合う角度を変えヴァネッサの剣の軌道を変え、前のめりから更に引き寄せられてヴァネッサが前に倒れ込む。
すぐに起きあがろうとするが、レルゲンが浮遊剣にしていた氷華に魔力を込めて、遠隔操作で地面を凍らせヴァネッサを四つん這い状態で固定する。
(今だ、セレス!)
「待っていました!」
セレスティアが神杖に全開で魔力を通し、ヴァネッサの頭上に巨大な聖属性の白い光を纏った氷を出現させる。
「ダブルキャスト・マジック。ハイリッヒ・フォルン!」
素早くレルゲンがその場から念動魔術で後ろに飛び距離を取る。
その巨大な質量を纏った氷塊は、床が衝撃に耐えられる訳はなく、そのままくり抜く様に大きな穴を開けて地上に向けて落ちてゆく。
地震が起きた時のような感覚が魔王城全体に響き渡り、大きな土煙りを上げて頑丈に建てられているはずの魔王城を更に突き進んで行く。
間違いなく押し潰されたヴァネッサは、もう生きているのか圧死しているのかすら分からない。
完全に床が全て落ちた瞬間にレルゲンが全員を念動魔術で空中に固定し、階段付近まで移動して降ろす。
「セレス姉様。流石にやりすぎじゃ…」
マリーがぽっかり空いた穴を覗き込みながらセレスティアに向けて言葉を掛けたが、晴れやかな顔でマリーに微笑み
「これくらいやらないと幹部はきっと倒せませんから」
「そうだな。ヴァネッサの生命力はずば抜けて高い。これくらい派手にやらないときっと何度やっても再生してくると思う」
戦っていた二人がそう感じているなら間違いないとマリーも半ば呆れながら納得する。
外観から察するに頂上階まで後少し。
これから戦う相手が後何人いようが、大詰めに差し掛かってきていることは確か。
小休止を入れてからまた階段を一歩ずつ踏み締めるように登って行く。