44話 スライムの剣
「随分と焦っているな?そんなに早く決着をつける理由があるのか?」
「諦めの悪いあなた達に親切に教えてあげているだけよ」
「どうかな」
今度はヴァネッサも体内から剣を一本取り出してレルゲンを迎え撃つ。
その剣もまたヴァネッサの身体と同様に、圧縮されているであろう強度を念頭に置いて衝突させると、
今度は本物の剣同士で打ち合っているような感触がレルゲンの手から伝わってくる。
(奴の身体よりも高い圧縮率で生成されているな)
剣戟が響かせる音色が室内にこだまする。
魔力を剣に乗せたことによる余波が壁や床に伝播していき、無数の切り傷を刻んでいく。
「ダブルキャスト・マジック。ルミナス・バーナー」
セレスティアが後方から複合魔術を発射して援護するが、ヴァネッサはスライムの盾を今度は出さずにそのまま脇腹付近に受けた。
一本の白い炎の線が直撃し、ヴァネッサの圧縮している体表を溶かしながら進んで行くが、今度は複合魔術の効力が失われた後に体組織を捨てることなく修復された。
ブクブクと音を発しながら複合魔術が当たった箇所が徐々に冷やされてゆき、やがて何事もなかったかのように元に戻る。
「どうやら火耐性も上がっているようだな」
「熱烈な魔力。ご馳走様」
セレスティアの新しい複合魔術は乱発する事はなかったが、手札が一枚消える。
しかし、同時にある事に気づく。先程ルミナス・バーナーを放った後、ヴァネッサが一瞬だけ苦痛の表情を浮かべていた様な気がした。
その一瞬の表情の変化は、セレスティアにある予感を示していた。
(全く攻撃が通らない訳ではないのですね)
自然とセレスティアの目に力が籠る。
纏っていた雰囲気の変わり様にヴァネッサもまた気づいていた。
(攻撃が通っていないと思いながら、なぜあんなに空気がピリつくのかしら。まさか…)
「セレスを気にするのは結構だが、こちらにも集中してもらおうか」
「そうね。折角奥の手まで見せたんですもの。もっと楽しみましょう」
レルゲンはヴァネッサと剣での打ち合いを経て、自分の方が手数が多く出せていることに疑問を持っていた。
様子を見るに最初にレルゲンの剣をわざと受けた時とは違い、ヴァネッサが敢えて手加減して剣をその身に受けているとも考えられなかった。
更に剣での打ち合いを続けながら、ある予想を口にする。
「なるほど。圧縮する事で硬度は上がったが、どうやら速度はその分落ちているな?」
「そうね。私の自慢は攻撃速度とは違う所にある。だけどいいの?そんなに私と何度も打ち合って」
「どういう意味だ」
「すぐに分かるわ」
ヴァネッサが口にした瞬間、持っていたスライムで出来た剣が大きく曲がり、剣同士の衝突込みで黒龍の剣を振り抜いていたレルゲンが大きく前に引き寄せられる。
「くっ…!」
黒龍の剣はレルゲンの筋力だけではどうやっても軌道を変更することができない。
念動魔術による物体制御が必須となる。
そのため普段から身体の意識と剣先を一体にする訓練を実戦を通じて多く経験してきたが、
今回の様に不測の事態が発生した時に、全力の念動魔術による軌道変更を試みても半歩遅れてしまう。
そこをヴァネッサは痛烈に突いてきた。
曲げられたスライムで出来た剣がレルゲンの黒龍の剣を躱し切った瞬間、まるで鞭を振るう様に曲がっていた剣の先端が一直線に伸びる様に剣の形状に戻る。
水平に薙ぎ払いをかけてくるヴァネッサの一撃をレルゲンはまともに腹部で受けた。
衝撃が身体を包み込み、膝をつく。
「だから私は親切に教えてあげていたのよ?
そんなに剣として打ち合っていていいのかってね」
策略が上手く行ったと得意気に語るヴァネッサだったが、よく見ると完璧に捉えたレルゲンの腹部から出血していない。
眉をひそめて再度確認すると、レルゲンの腹に小さなスライムの板が左手の前に固定されている。
「それは…!」
「そうだ。お前がセレスの攻撃を受けた時に投げ捨てたスライムの一部さ」
「でもそんな物で私の攻撃が防げるわけないわ!」
「確かにそのままだと強度が足りない。だがお前は今、身体を圧縮しているんだろう?
なら俺の念動魔術でこの捨てられたスライムを圧縮してやれば、擬似的にお前の強度と同じだけの物が出来るはずだ。実際は賭けだったがな」
「用心深く私の一部を利用したって訳ね」
さっきのような騙し討ちは一回限りの飛び道具に等しい。
二度とこの用心深い男には通用しないだろう。
戦いの空気は、レルゲンが握っていた。
だが、ヴァネッサがレルゲンの奇策によって意識が移ったと感じたセレスティアは、
新たなダブルキャスト・マジックを放とうと、更に神杖に意識を集中していた。
今なら距離のあるセレスティアに意識は向かないはず。全力で繰り出される複合魔術がヴァネッサに向かっていく。
「ダブルキャスト・マジック。ハイリッヒ・グリッター」
聖属性と光属性の似て非なる複合魔術が、集まってから解放されたレーザーのように突き穿たんとする。
ルミナス・バーナーと色こそ似ているが段違いに初速が速く、高まってから発射されるのに時間がかかる難点を除けば、高火力の一撃となる。
横目でセレスティアが放った複合魔術の危険性を察知したヴァネッサは、先程レルゲンが見せた圧縮されたスライムの盾を五枚展開して守りの体制に入る。
しかし、準備も虚しくまるで紙を貫くようにスライムの盾を貫通していき、ヴァネッサの自慢の身体に再び風穴を開けた。