40話 魔界の王と玉座の間
フィルネルに白い光が発現するのに引っ張られるように、
攻撃を受ける召子の聖剣も白く発光が見られ、
視界の端にまたも獲得スキルが列挙されていく。
スキルの詳細を確認している暇はないが、横目でどんな名前のスキルか一瞬でチェックする。
〈剣術の心得:小〉〈対魔王城〉〈武器の能力解放〉
スキルを獲得した瞬間に白い光が聖剣から溢れ出てきたのは間違いなくの〈武器の能力解放〉による物で、召子の気持ちを汲み取った聖剣による変化ではない。
複数回に及ぶスキル獲得によって、召子はどんなスキルか直感的に分かるようになっており、
今回獲得したスキルは全て意識しなくても自動的に常時発動が可能だと気づく。
その証拠に攻撃を受け続けていたはずの召子が、少しずつ受ける度に前へ進んでいきフィルネルを押していった。
「この…!」
攻撃している側が押され始める稀有な現象に悪態を付きながらも、フィルネルは攻撃間隔を限界まで狭めて召子を押し返そうとする。
しかし、流れを掴んだ召子は守りから少しずつ反撃の一撃を入れ始め、次第に攻撃の手数が逆転していく。
フィルネルがショートソードを強引に叩きつけるように振り下ろすと、召子はそれを下段からの斬り上げでフィルネルの武器を粉々に粉砕した。
しかし粉砕した欠片を素手で強引に掴み、召子に突き刺さんとする。
情けをかけるつもりは無かったが、それでも武器を破壊した召子は終わったと思い、一度構えを解いてしまう。
なりふり構わず特効してきたフィルネルに、フェンが思い切り胸に噛みついて吹き飛ばす。
もう幻影を作り出せる精神状態では無かったとは言え、最後まで勝ちを諦めない執念に
召子は素直に凄い人だと尊敬の念を送っていた。
地面に上半身の大半を噛みちぎられたフィルネルが横たわり
「くそ…負けか…」
一言だけ悔しそうな態度を口にする。
「最後に言い残すことはありますか」
聖剣を持ち、介錯人として語りかける。
「ない…いや、少しだけ。
この先魔王様に挑むなら、最初お前達にちょっかいをかけた幹部のマークスを早めに倒した方がいいぜ。
奴はきっとお前達の気が緩んだ一瞬をついてくる。
さっきの勇者のような一瞬に。
俺からの最後のアドバイスだ。
受け取るかどうかはお前達次第になる」
「ありがとうございます。肝に銘じておきます」
召子の表情が一瞬だけ歪み、聖剣を高く掲げて振り下ろす。
音もなく綺麗に切断されたフィルネルの首は、どこか晴れやかな表情をしていた。
召子が最後の一撃を終えてから、すぐにフェンの下へ寄り、精一杯の感謝と共に首元をわしゃわしゃ撫でる。
「ありがとうフェン君。私を護ってくれて」
「ワン!」
戦闘が終わってフェンの表情が優しくなり、召子のスキンシップに対して喜びを尻尾で現す。
しかし、戦闘が終わった後の一瞬に、召子に向けて一発の弾丸が超高速で迫った。
備えていたレルゲンは、余裕を持って弾道を念動魔術で曲げると、焦った様子で位置を移動する足音が聞こえる。
「卑怯者!」
マリーが声高く叫ぶと、あざけるような返答が返ってくる。
「俺はお前達の言うところの精神では戦っていないんだがね。
だからこその一発だったが、まさか防がれるとは思ってなかったよ。やるね」
声と共に霧のように消えた主は、再び次の隙を伺うべく準備に入った。
毒々しく赤い月明かりが怪しく照らす玉座に腰掛ける主が一人。
その横には白いメイド服を身に纏った銀髪の女性が控えている。
「魔王様。勇者の最上召子が魔王軍幹部候補のフィルネルを使い魔の助けはありましたが打ち倒しました」
「そうか」
「やはり嬉しいですか?」
魔王と呼ばれた者は静かに笑いを見せ、「わかるか?」とクラリスを見る。
「嬉しいね。
ただ殺すだけなら今すぐに私が出向けばいい。でもそれは殺し合いに勝っただけで勝負には負けてる。
前の勇者に負けてから長い眠りについて、私はただ勝つだけでは満足できないんだ。
クラリスなら私の気持ち、分かるよね?」
「ええ、それでこそ魔王様です」
「でもまだ私と戦うのは早い。やっぱり味方が強いと成長が遅いのかな?
ドクタースティル、君の自信作が出番だよ」
スティルと呼ばれた研究者が赤い髪をなびかせながら魔王に抱きつこうとする。
「ついに"アレ"を試せるのですね!
僕は感激です魔王様!」
魔王は見るからに嫌悪感を示し、クラリスが魔王を庇うように額を指で抑えて静止させる。
「クラリス様。私は感謝の意を示す為にこうした行動を取っているのです。
これは言わば忠誠の証し!
僕を止めるのは不敬に当たりますよ!」
「やかましいですよスティル。
魔王様の表情を見てみなさい。この汚物を見るような目を」
「これはこれで…あぁいえ失礼取り乱しました。
それはそうと魔王様。
最悪の場合は勇者共々全員が死んでしまう事になりますが、それでもよろしいのですか?」
「貴方の技術は信頼している。
それで死んでしまうなら私も勇者の事は諦めるよ。
この試練を超えなければ、私やクラリスと戦う資格は無いからね」
「それを聞けて安心しました。
では私は準備に取り掛かりますので、これにて失礼します。つきましては褒美を賜りたく…!」
「うるさい…会議の時はもう少しマシだったのに、私やクラリスだけの時は本当に残念になってしまうね…」
一本の指だけに魔力を軽く込めて弾くと、スティルが豪快に吹っ飛んでいき壁を容易に貫く。
クラリスは頭が痛い素振りを見せて、魔王を諌める。
「起きられてからかれこれ五回目のお仕置きになります。もう少し魔王様も控えて下さい」
「それは部下が弱すぎるから仕方ない」
クラリスはため息を溢しながら、再び職人に修繕依頼をする為に玉座の間を後にした。