37話 幻惑系魔術
「欲を言えばジャックさんを倒したって噂になっている奴と戦いたかったが、まずは前菜だ」
「前菜?そのジャックを倒したのは後ろで待ってる旦那じゃ無いわよ」
「なら誰が?まさかお嬢さんがなんて冗談は言わないよな?」
返事はせず、マリーの口角だけ上がるのを見て、フィルネルは額に汗をかいた。
「おいおい…まじかよ?
なんて、なんて俺はついているんだ!
今ここでお嬢さんを倒せば俺はやっと幹部の座につけるって訳だ!
ハハハハハ!!
俄然やる気出てきたぜ!」
フィルネルに魔力が収束していき、マリーに狙いを絞るべく意識を集中していく。
しかし、この集中状態を阻害したのは召子とフェンだった。
左右から回り込むように挟み撃ちをする要領で、召子は聖剣を振り下ろし、フェンは自慢の前足の爪を立てて切り裂こうとする。
「おっと」
挟み撃ちを後ろに跳んで躱し、召子の初撃は防がれるが、アビィがマルチ・フロストジャベリンをフィルネルの回避先を先読みして放つ。
しかし、氷の上位魔術は魔力を集中した手刀で容易くバラバラにされてしまう。
「そんなもんかよ?今世の勇者様よ」
「戦闘中にお喋りなんて随分と余裕じゃない」
マリーはアビィの魔術の背後に隠れるように進んでいき、フィルネルが粉砕した瞬間に背後に回り、神剣で背中を捉える。
深く入ったと思ったが、切先が薄く背中を裂いたのみで致命傷には至らなかった。
予想していた感触が来なかったためバランスを崩しかけたが、自慢の膂力で何とか踏ん張る。
「いてぇ…!」
フィルネルが斬られた背中をさすりながら手を当てると、何事もなかったかのように傷が無くなる。
「なんちゃってな」
軽薄な態度から推測が難しいが、やはり幹部候補だけあって魔力量も回復までの速度も他の悪魔達とは一線を画する。
「さてと、今度はこっちから行こうかな。覚悟はいいか?」
二人とフェンが構えを取り直す。
「良い目だ。それでこそジャックさんを負かしただけのことはある」
短刀よりは長く、片手直剣よりは短い程のショートソードを懐から取り出し、片手でどちらに狙いを定めるか刃先をコロコロと変える。
フィルネルの攻撃を正直に待つ必要はない。
二人がもう一度攻撃を仕掛けようとした時、フィルネルが先に動いた。
ショートソードを斜めに構えて、一気にマリーへ距離を詰める。
連続で繰り出された攻撃は、まるで木の枝でも使っているのかと錯覚しそうなくらいに一撃が速い。
辛うじて目で追えるレベルの速さの連撃をマリーは神剣に魔力を流して力負けしないように受ける。
しかし、完璧に受けきっているはずの攻撃はマリーの皮膚を薄く切っていく。
小さな血飛沫が上がるのを見た召子は真っ先にアビィにリジェネライト・ヒールの指示を出して、マリーの傷を癒していく。
「助かるわ」
短くお礼を返したながら、何故完璧に受けたはずの攻撃が若干ではあるが有効になっているのか考える。
(彼の攻撃にはしっかりついていけてる。
なのにどうして何度も掠り傷とはいえ斬られているの?
いや、そもそも最初の一撃があまり通らなかったこと自体もおかしい…)
一体どのタイミングでマリーの感覚がずらされていたのか見当もつかない。
そういった類いの魔術をかけられているなら後ろで見ているレルゲンやセレスティアから一言声をかけられているはずと考えたマリーは、
魔術をかけられているのではなく、フィルネルが魔術を発動している線で考える。
「幻惑魔術ね?」
「おっ、気づくのが早いな。正確には少し違うが、概ね合ってるぜ」
「あら、随分と素直じゃない」
「バラしたところてどうにかなるものでも無いしな。試しにディスペルでもやってみたらどうだい?
使えるかは分からないがな」
レルゲンがセレスティアに無言で目配せしたが、首を振って意味がない事を知らせていた。
「となると無属性魔術で幻惑魔術に似た魔術を再現しているのか、それか複合魔術でディスペルを防止しているかの二択ね。
どうすることもできないけど」
喋りすぎたと頭に手をやるフィルネルだが、その仕草はどこか演技っぽさがあった。
「お嬢さん。随分と魔術に詳しいんだな。
人間ってのは魔術に関しては遅れている印象だったが、そうでも無いみたいだ」