36話 幹部候補
「最初から厄介な奴が出て来たな。
こちらが常に魔術を発動し続けることを強いてきたか」
「先に叩くにしても相手の位置が分からないことには、こちらから攻めようがありませんね」
ディシアの言う通り、初めての城攻めというのもあるが、敵側に圧倒的な地の利がある以上迂闊に念動魔術の発動を止める事が出来ない。
今でこそレルゲンの技量であれば矢避けの念動魔術を貼り続けることにストレスはほぼ無く、消費魔力も魔界という環境においてほぼ減ることはない。
矢避けの念動魔術に関しては、常時発動しておくことでメリット以外無いように見えるが、これは大きな間違いだ。
このほぼ無い、無いに等しいというのは、言ってしまえばノーリスクと近い意味合いと捉えがちになる。
しかし、気づかない内に神経が擦り減ることや、魔力が減少する事実は変わらない。
特に魔術発動において、発動し続けるという行為は、後々の魔術行使に影響を与える一番の可能性の芽と言っていい。
例え一日中得意なことを続けることは出来ても、何日も続ければそれは苦痛に感じるのと同じ。
神経をすり減らし続け、少しずつ表に現れ難いダメージを蓄積させるのが、この声の主の狙いだろう。
レルゲンもそれには気づいている。
しかし、だからと言って矢避けの念動魔術の発動を止めることは出来ない。
狙撃手の排除が急務だが、相手と自分達の我慢比べが始まろうとしていた。
「なるべく早く狙撃手を何とかしたいが、魔力探知の中から攻撃してくる事はないだろうな」
「分の悪い勝負ね。私が交代で矢避けの念動魔術が使えればよかったのに」
「矢避けはちょっとコツがいるし、全員分となると今から習得しようとしてもどこかに穴が出来る。申し出だけでもありがたいよ。マリー」
「でも敵の狙いは私だけっぽくないですか?
最初とさっきも正確に勇者である私狙いでしたし」
召子が言いたいのは、自分にだけ念動魔術をかければ負担をその分減らせるのではないかという点で、上手くいけば長期戦になったとしても問題はない気がしたためだ。
だが、レルゲンはこの申し出に首を振り、やはり全員分に矢避けの念動魔術をかけると決意する。
「いや、二発のみで敵の癖を決めつけるのは危険だ。最初の召子への攻撃は俺達の思考を誘導するためのものかもしれない。
だから、狙撃手を排除するまでは今の状態をキープする必要がある気がするんだ」
どうにかして皆がレルゲンの負担を減らそうと考えを巡らせてはいたが
なるべく一箇所に止まらないように心掛けて着弾回数を減らす案のみが採用された。
「ここは恐らくまだ入ってからすぐの下層だと思う。
クラリスやジャックような幹部はもっと上にいるはずだ。出来るだけ急ごう」
狙撃手の弾丸が飛んできた赤いカーペットが敷かれた階段を登ってゆくと、待ち構えている魔力があるとセレスティアが警戒を促す。
「数は?」
「一つのみです。隠蔽魔術の痕跡も感じられませんし、罠ではないと思います」
いつの間にか隠蔽魔術を温度感知による看破以外で、分かるようになっているセレスティアに感心しながらも、
複合魔術の心得を掴んだ今なら出来るようになっても不思議はないと呑み込む。
「分かった、敵である事は変わらない。一気に叩いてしまおう」
「「了解」」
各々が武装を解放して階段を更に登っていく。
すると、一人の悪魔がニッと笑いながらレルゲン達を待ち構えていた。
「よく来たな勇者一行達よ!
最初の弾丸の雨で正直死んだと思ったが、誰一人欠けることなくここまで来たことに敬意を払い名乗らせてもらおう」
大きく息を吸い直して
「俺の名は、」
相手が喋り終わる前にレルゲンが氷華に魔力を込めて、一本の線を描くようにカーペットを這って凍らせて突き進んでいく。
足元から凍らされた一人の悪魔は
「まだ俺名乗って無いんだけどなぁ?!」
と抗議の声を上げながら全身が凍ってしまう。
しかし、レルゲンが追撃するよりも早く悪魔は魔力を急激に高めて氷の塊から脱出する。
「おい君!こっちはここまで来た君達全員と正々堂々と勝負をしようと張り切って待っていたのに、この仕打ちはあんまりじゃ無いか?」
「お前ら悪魔の都合など知ったことか。そもそも敵の言葉を信じると思うか?」
「んー、それもそうだな。だが今の攻撃、"かなり手加減していたな?"
もっと殺す気で来ていいぞ。
この魔王軍幹部候補であるフィルネル様と戦うならな!」
幹部候補と聞いてレルゲンが一本前に出るが、それよりも先に前に出たのはマリーと召子だった。
特にマリーは単独でジャックのリヴァート・ベスティア。つまり獣化を退けているだけに自信に満ち溢れていた。
フィルネルはマリーの剣から漏れ出る白い光を見て若干目を細めたが、すぐに構えを取り直して迎撃体制を取り直す。
「そこの綺麗なお嬢さん達が相手かい?」
「褒めても手加減してあげないから」
「フェン君、アビィちゃん、準備はいいよね?」
一匹一羽が鳴き声を上げながら駆け出して肉薄しようとする召子についてゆく。