34話 狙撃手
ジャックを退けてからレルゲン達は、魔王城があると思われる白いモヤがかかっている方向に進んでいた。
異様な緊張感に包まれながら平坦な道を抜けると、大理石のように白く切り出された階段が天高く伸びている。
「登って来いってことか」
しかし、一段ごとの大きさが異様に高い。
まるでこの伸びている階段すら登って来れない軟弱者は
魔王軍には不要とでも言うかのような雰囲気を醸し出している。
間違いなく杖をついているディシアはレルゲンが念動魔術によって運んでいく他ない。
「行こう」
ふわっと浮いてから階段の上を飛んでいく。
雲を突き抜けてからも尚も伸びていく階段は、更に上方に控えている色の黒い雲をも突き抜けていく。
雨こそ降っていないながらも、雷鳴が轟き始めるのを聞いたレルゲン達は空中で一度止まる。
「このまま登れば間違いなく雷が発生している所へ突っ込むな」
「以前レルゲンが神託の占星術前にやっていた空割りの一撃では晴らせませんかね?」
ディシアの提案に頷いて、大気の濃密な魔力を黒龍の剣に込める。
刀身の色が少しずつ変わり、明るい青色になった所で少しの気合を乗せて一撃を放つ。
「オオォ!」
黒い雲に向かって一直線に放たれた青い光線は、吸い込まれるように真っ二つに割っていく。
しかし、人間界で割った時とは感触が大きく異なっていた。
割った側から修復するように黒い雲が再び一つの塊を形成して、やがて完璧に元の姿へ戻る。
再び雷鳴が轟き始め、レルゲン達の行く手を阻まんとするが、この先に進むためにはこの雷雲をどうにかしなければならない。
大気の魔力をかき集めてもう一度同じ一撃を放とうとすると、マリーが疑問をぶつけてくる。
「どうやって突破するつもりなの?」
「雲が戻るまでは多少の時間がある。
全力に近い速さで一撃についていけば、そのまま通れるってこと」
「ここを用意した悪魔に少し同情するわ。こんなゴリ押しみたいなやり方で突破できないように再設計するべきね」
「俺達が魔王を倒した後はここも無くなりそうだけどな」
それもそうかと気にするのを止め、レルゲンが超速度で飛び始める。
放たれた光線は勢いが収まることなく天を衝かんと伸び続ける。
狙い通り光線のピタリ後ろをついて飛ぶレルゲン達だったが、それでも雷雲は諦め悪くゴロゴロと音を鳴らしてゆき、閃光と共に音が下から迫って来た。
「レルゲン!」
セレスティアが下から迫ってくる雷を見ながら名を呼ぶ。
「大丈夫だ。このまま突っ込む!」
その時、レルゲンは確かに見た。
凍刃龍よりも、朱雀よりも大きな何かが、雲の切れ目から羽ばたきながら雷を大量に纏った巨大な影を。
その影は声を上げることもなく、ただ存在するだけで天を揺るがすような圧倒的なプレッシャーを放ちながら少しずつ遠ざかっていく。
その影の背後には羽ばたいたことにより竜巻が何個も発生し、雲の影を見間違えたという甘い考えを打ち砕いた。
一瞬しかその影を見る事はなかったが、レルゲン達は青い光線によって出来た一本の道が閉じ切る前に、再加速して黒い雲を抜けることに成功する。
雲海の上は魔界でよく見た赤紫に近い色が広がっており
唯一違う点と言えば雲より高い位置にそびえ立つ魔王城に相応しいと言える巨大な建造物が建っているということ。
白いモヤのような魔力の発生源は間違いなくこの建物から出ていると言っていいだろう。
これ程までに大きな城だと言うのに、地上から姿が全く見えないのは、空中都市メテオラのように空に浮かんでいるからであり
地上から見えたモヤは空から落ちて来ていた魔力の残滓だったのだ。
「これが、魔王城…」
召子が想像していた物語によく出てくるような魔王城とは根底から違ったようで
空中に、ましてや雲の上にこれだけ巨大な建物が浮いている事実が、メテオラとは規模が違いすぎるが故に、未だに信じられないようで脂汗が滲み出ていた。
魔王城までは一本の橋が架かっており、この橋もまた浮遊魔石ではない未知の手段で浮いているようだ。
「まるで本当にクラリスが言っていたように招かれているようだな」
「そのまま本陣に真正面から向かうのですか?」
「ああ。ジャックのような奴も中にはいるだろうが、恐らくクラリスの言葉は嘘偽りのない真実だと俺は思う。
寧ろ空割りをしていながらここから隠蔽魔術を使って隠れながら魔王城に向かえばどうなるか。想像するのは簡単だ。
だけど、これから死地に向かうようなものだしな。何か思うところがあれば今のうちに解消しておこう」
しかし、他の誰もレルゲンに対して策を提案するのではなく、これから戦いに赴くべく準備運動を軽く始めていた。
このプレッシャーの中で頼もしさすら覚える程余裕を感じられるメンバーを見て、レルゲンも一度深呼吸をして魔王城を見つめる。
全員が魔王城へ向きを変えた瞬間、
魔王城のある地点から赤い光のような閃光が短く
一瞬だけ明滅したかと思いきや、超速度で飛来してくる何かがセレスティアの魔力感知に引っかかる。
素早くレルゲンに伝えようと口を開いたが、声が出るよりも早くそれは到達した。
だが、正確に狙われた一撃はレルゲンではなく召子に絞られており、一直線で胸元を貫く、はずだった。
この魔王城が目に入った瞬間から、レルゲンは全員に矢避けの念動魔術を遠隔で展開しており
飛来して来た小さな針のような物が軌道を変更して明後日の方向に飛んでいく。
「敵からの攻撃だ!ただ立っていると危険すぎる。すぐに城に向かおう!」
全員が城に向かって駆け出す。
きっと召子やフェン、マリーなら飛んで逃げることも可能だろう。
しかし真っ直ぐに、ただレルゲンの技量を信じて前に進んでいた。
圧倒的アドバンテージを持っていた一人の狙撃手は、城の一角から初撃を完璧に防いだレルゲン達を見て驚きと共に喜びに打ち震えていた。
「今のを防ぐか…やるね…!」