32話 必殺の思念
ジャックはマリーの声には答えない。
考えているのは目の前の障害を潰してレルゲンに最後の一撃をどうやって入れるかのみ。
マリーは無視されたことに怒る事はなく、ただ静かに神剣を構える。
ジャックが再び四本の足を活かした神速の駆け足でマリーの狙いを逸らそうと撹乱する動きを見せる。
(目で追おうとしても間に合わない、魔力で追っても完璧に隠されているからこれも無理。
なら、この方法しか…!)
マリーはゆっくりと目を閉じる。
諦めたと感じたジャックはマリーの顔面を引き裂かんと一気に距離を詰める。
ジャックの爪が迫る。
しかしマリーはまだ目を閉じたまま動かない。
「終わりだ、女」
振り上げられた前足がマリーの顔面に向かう。
肌に触れるその瞬間、神剣が爪の軌道上に乗り火花を散らして防ぎ切る。
尚も目を閉じたままのマリーがどうやって攻撃を防いだのか、
全員が分からなかったがジャックはすぐに距離を取り直して再びマリーに襲いかかる。
今度は爪ではなく速度に物を言わせた、レルゲンを戦闘不能にした一撃を浴びせようと軽く音速を超えてゆく。
目で追う事はまず無理、それでも追いたくなる気持ちをグッと堪えて目を閉じ続ける。
今度こそ最後の一撃と決めて放たれた突進攻撃は、
足と神剣に魔力を瞬間的に込められたマリーによって受け止められる。
勢いの強さによって踏ん張っていた足が触れていた地面が線を引くように抉られ、
強い衝撃がマリーの全身を痺れされる。
「どういうことだ、なぜ防げる」
「いいわ、教えてあげる」
ゆっくりと目を開いたマリーの目は自信に満ちていた。
その表情を見たジャックはいずれもまぐれではなく完璧に読まれて防がれていたと自覚した。
マリーが少し得意げに語り始める。
「貴方、今のやり取りよりも前からずっと、毎回必殺の一撃のつもりで撃っているでしょ?」
「それが何だ、攻撃するなら殺す。何がおかしい」
「そう、貴方にとってはそれが当たり前。だからそれを利用させてもらったわ」
「何を言っている…そんな事は…っ!?」
「気づいたようね。私は貴方の気持ちを感じ取って攻撃を防いだ。
簡単では無いけど、それが可能に出来るほど貴方の思念は濃いのよ」
「馬鹿な、それが可能なのは俺達魔王軍でも極一部。ましてやあの"ムカつくメイド"くらいなもんのはず。お前程度が出来るはずがない」
「でも実際に貴方の攻撃はそれで防げた。それが真実よ」
「種明かしが早かったな。それを聞いた後で俺が毎回必殺の思念で打つと思うか?」
「貴方が何年生きているかは知らないけど、それが可能になるまでに膨大な時間がきっと流れている。
癖っていうのは簡単には変えられないのよ。それに」
マリーは大きく伸びをしながら片目を閉じてジャックを見つめる。
「仮にそれが出来たとしても、必殺の一撃を撃つつもりがない貴方の攻撃を喰らった所で、
あそこで寝ている旦那のようにはならないわ。きっとね」
「この女、言わせておけば」
完全に場の空気をマリーが支配しているのを感じ取ったレルゲンは、立ち上がろうとするのを止めて大人しく治療の続きを受けると決めた。
今のマリーなら、獣化したジャックが相手でも問題ないだろうと判断する。
腰を落ち着けたレルゲンを見て、セレスティアは一刻も早く傷を完全回復させようと更に込める魔力を上げてゆく。
既に回復薬の瓶は空。
セレスティアとアビィの回復魔術が重ね掛けられていたとしても、回復に時間が要する程に
ジャックの攻撃の凄まじさを物語っていた。
ジャックは完全にレルゲンに止めを刺すよりも、マリーに向き合ってどう倒すか考えて、すぐに実行に移す。
思念の強さも原因だろうが、それでも動きが直線的過ぎたと振り返り、一歩、また一歩と空中に向かって歩みを進める。
二次元的な動きから上下を加えた三次元的な動きに変更するため。
まるでフェンが身につけている装飾品の、天歩の加護にも似た方法で空中に歩く様は、見えない階段を登っているかのようだった。
再び神剣を構え直したマリーは両目を閉じて意識を集中する。
今度も必殺の一撃を込めて、マリーが反応できる限界のその先に行こうとジャックが全力の速度で上下左右、前後に至るまで高速で動いて撹乱する。
ガラ空きとも見える背中に回り込んで、今度は右足を狙い機動力を削ごうとする一撃を放つ。
しかしこれもジャックが狙いを変更できない位置まで引きつけてから身体を回転させて防ぎ切る。
完全に動きが読まれているのならば、ついて来れない程に連続で攻撃を仕掛ければいいだけの事とジャックの思考はシンプルだった。
「ガアァァア!」
幾重にも分身するように見えるほど、攻撃と撹乱の両方をやってのけるジャックの動きに対応するために、
神剣を指二本分だけ短く持ち直して取り回しの速度を上げてゆく。
しかし、レルゲンは気づいていた。
マリーの速度がどんどんと上がっていってる事に。
マリーは連続剣の加護で自身の速度や破壊力を加護の発動中は際限なく上げることが出来る。
だが、発動するためには攻撃を仕掛ける必要がある。
なぜ、受けているだけのマリーが連続剣の加護を発動出来ているかは定かではなかったが、
発動している事実だけは揺らぎ用のない事実だった。
無意識的にマリーは連続剣の加護を発動し、一撃、また一撃とジャックの攻撃を受けてゆき、更に攻撃の糸口を探していた。
これはジャックに対する攻撃の一環。
次第に受けるだけではなく、カウンターに入ろうとする意識が見え隠れする。
ジャックもどんどんと速くなってゆくマリーの攻防一体の体制に攻めあぐねていた。
ここで引いては致命的に何かを失う。そんな予感からかジャックは攻撃の手を緩めない。
マリーの連続剣の加護が加速度的に効果を強めていき、遂にジャックの必殺の一撃を神剣ではなく、左右移動により躱して
裂帛の気合いと共に全力のカウンターを放った。
「やぁぁあああああ!!!」