31話 杖付きの少女
凄まじいプレッシャーを放つ魔王軍幹部のジャック・ボロスを前に、レルゲンを含めた全員の肌がヒリつくのを感じていた。
首をコキコキと音を鳴らして身体の感触を確かめたジャックの目は戦いではなく、これから狩りを行う捕食者として品定めをしていた。
レルゲンは即座に全員が狙われている事を察して一旦引くように指示を出す。
しかし、これが不味かった。
一瞬でもジャックから注意が逸れた隙に、レルゲンの懐深くまで距離を詰め切り、神速の突進攻撃を喰らわせる。
「…っ!」
とてつも無い勢いで後ろにあった巨大な大木に打ち付けられたレルゲンは、内臓が大きく損傷し、口から大量の血を吐き出す。
「ぐっ…」
突進をかましたジャックはレルゲンと同じだけの衝撃が全身を襲った筈だが、全くと言って良いほどダメージが入っていない。
これが魔王軍上位の力か…と意識が朦朧とする中でも何とか立ち上がろとするが、足に力が入らない。
パーティメンバーがレルゲンに向かって駆け寄ろうとするが、
ジャックはそれよりも速く瀕死のレルゲンに向かって止めを刺そうと前かきをして睨みつけ、一気に加速する。
もう誰にも止められない。
勝ちを確信したジャックの表情は変わる事なく、レルゲンに向けて必殺の前足による切り裂き攻撃を入れ、完全に絶命させる___はずだった。
瀕死のレルゲンとジャックの間に一つの影が割り込む。
神速の突進に割って入ったのは、マリーでもセレスティアでもなく、ましてや召子ですらなかった。
レルゲンは意識が薄れかける中、確かに見た。
杖を放り投げて飛んでくるような速さで間に割り込んだのは、ディシアだった。
必ず護る。
今ここで、彼を失うわけにはいかない!
そう強く念じたディシアは、自分でもよく分からないような力が身体の内側から溢れ出るのを確かに感じていたが、
それよりも無我夢中で間に割って入り両手を横に広げてレルゲンを護ろうとする。
ジャックは自分と同等の速度で割って入った杖付きだった女に驚きはしたが
まるで襲いかかって来ないと分かってから切り裂き攻撃は中断しないとそのまま振り下ろされる。
だが、両の手を伸ばしたディシアは不思議と身体がまたも勝手に動き
杖を持っている右手とは逆のゴルガからもらった籠手の装備を、爪の射線ピッタリに合わせて衝突させる。
ガキィイイン!!
辺りに衝撃音と火花が散り、ディシアの左腕は大きく弾かれて肩が完全に外れる。
一撃を完全に防がれたと感じたジャックは、先にディシアに止めを入れようと狙いを変更したが
マリーが神剣を背後から入れて攻撃を中断させる。
足に込められた力がもう全く入らないディシアは体制を崩して座り込み、外れた肩を腕力だけで戻す。
我ながらなぜ外れた腕が自分で戻せると感じたのかは分からなかったが、確信していたこともあり簡単に肩は元の位置に戻る。
(ありがとうございます。ゴルガ様)
素早く距離を取り直したジャックは戦力にならない二人を睨んだが、マリーが力強く地面を踏みしめてそれを阻止する。
「セレス姉様!」
二人の元へセレスティアと召子がようやく辿り着き、セレスティアが二人に回復魔術をかける。
「こちらは任せて下さい。
絶対に治して見せます。だからマリー、召子、あの化け物の足止めは頼みました」
マリーはジャックから目を切らずに頷き、召子はアビィにセレスティアの回復の補助をするように指示を出す。
「召子。あの化け物は私一人でやるわ。
もし後ろに逃してしまってレルゲンとディシアが狙われたら、貴女が身体張って止めて」
「お任せください。フェン君、ジャックから目を切っちゃ駄目だよ!」
「ヴァフ!」
回復魔術によって意識がハッキリとしてきたレルゲンは無理矢理に立ち上がろうとする。
「レルゲン!まだ回復は全く終わっていません!立ち上がろうとしないで!」
セレスティアが悲鳴にも似た声を上げたが、それでもレルゲンは身体を無理矢理動かそうとする。
「無茶だ。あの化け物相手に、一人で戦うなんて」
「自分の奥さんを信じなさい!キッチリお礼してやるわ」
マリーの表情は硬いまでも得意げに笑って見せるのを感じたレルゲンは、再び腰を落として見守る選択をする。
「うちの旦那が世話になったわね」