30話 リヴァート・ベスティア
ジャックにできた大きな隙を突くべく、レルゲンは黒龍の剣に素早く持ち替え、
周囲の魔力を念動魔術で剣に集めてゆき、刀身が赤から青に変わる。
「ウルカ!」
「待ってたわ!行くよレル君」
「「第二段階、全魔力解放!」」
レルゲンの身体から青い魔力が大気を焼くように立ち上り、身体の内側から溢れ出る魔力を全て黒龍の剣に込める。
すると、刀身が放つ光は更に変化し、青から白に近づく色味へと変わっていく。
まるで白銀の剣が放つ光を吸収した状態にも近い色。
「いくぞ、ジャック」
収束が終わり、剣に込められた魔力が霧散しないように全神経を集中した念動魔術によって制御された一撃は、
文字通り空気を焼きながらジャックへ迫る。
ジャックはまだ満足に動けずに光に飲み込まれてゆく。
並大抵の魔物なら魔石すら残すことを許さない一撃は、ジャックの後方の壁を易々と貫き、
それによって崩落を始めた転移魔法陣が用意された部屋は、瓦礫が上空から降ってくる。
レルゲンの予想よりも遥かに高い一撃によって崩壊を始める大部屋から脱出するべく、
全員に念動魔術をかけて上から覗く光の道筋を通って登る。
脱出が済んだ後、ジャックが先程の一撃でどうなったのか確かめようと崩落した瓦礫の山を覗くと、
魔力放出によって現れた何本もの光の線が瓦礫の隙間から伸びてくる。
「しぶとい奴だ」
レルゲンは待機している全員にジャックがまだ健在な事を知らせ、被害半径が広がらないようになるべく手を出さないように声をかける。
「奴はまだ生きている!まだ皆んなは手を出さないでくれ」
瓦礫から覗く魔力の光を見ながら、一言だけジャックに声をかける。
「出てこいよ、今ので終わるとは思ってない」
レルゲンの声に応えるように光が一層強くなり、一ヶ所の瓦礫から一つの影が出てくる。
素早く背後を取ったジャックは、先程の大出力の一撃を真正面から受けたとは思えない程の速度を見せ、レルゲンに向けて両手を構える。
「ゼロ距離なら曲げる時間はねぇだろ?お返しだ」
即座に収束した両手から放たれた核撃は、レルゲンの全身を覆い爆炎に包まれる。
「レルゲン!」
マリーが爆炎に包まれた者の名を呼ぶ。
爆炎から出てきたレルゲンは少し火傷を負ってはいたが致命傷にはならなかった。
安堵の表情を浮かべるが、ジャックもまた同様に笑っていた。
「いいじゃねぇか、核撃が当たる寸前にさっきと似た攻撃を反射的に出して威力を殺したな」
「それはお互い様だろう。さっきのやり取りでいいヒントをもらった」
「随分と猿真似が上手いんだな!」
「それはどうも」
再び両者の距離が詰まり火花が散る。
ジャックが気づかない間に炎剣に持ち替えていたレルゲンの剣を見て、
一瞬注意が逸れるがすぐにレルゲンへ向かって笑いかける。
「レルゲン、お前は戦いが嫌いなのか?』 」
「なぜそんな事を聞く?」
「全然やる気が感じられねぇ。
俺に合わせて笑っているだけでそれは本心じゃない。
さっきの雑魚を殺した事をまだ根に持っているのか?」
「アッシュのことか。ならこちらからも聞くが、お前達は仲間じゃなかったのか?」
鍔迫り合いが中断され、お互いに距離ができる。
「お前達人間からすれば俺と奴は仲間だろうな。それがどうした?
種族が同じだから仲間なのか、それとも同じ軍に所属しているから仲間なのか」
ジャックは首を振り、先ほどまでの口上を否定する。
「違うな。俺達は力の大小で誰かの上に立ち、下に付く。それだけのシンプルな関係だ。
だから奴がそこの女を勇者だと知っていた事実を隠していても何も咎めはしない。
ただ、敵に負けるのだけは許されねぇ。
負けるのは死と同じだ。だから負ける未来が見えた奴を誰が始末しようが関係ないんだよ。
レルゲン・シュトーゲン」
「そうか、お前達を取り巻く関係はよく分かった。だが、それでもそこには何か言い表せないような物があった事だけは確かだ。
いまいち戦う理由が見つからなかったからな。ようやく今見つけることができたよ」
「ほう、それは何だ?」
「俺はお前に無意味に殺されたアッシュの仇を討たせてもらう」
「は??」
ジャックの思考が停止し、気でも狂っているのかとレルゲンを見つめながら高笑いをする。
「ハハハハハ!!!
人間が悪魔の仇討ちをするだと?ハハハ!!
お前はつくづく面白い!それでテメェが俺に勝てばテメェが正しい。
負ければテメェは頭の可笑しい面白い道化として、首を俺の部屋に飾ってやるよ」
「俺が勝ってもお前の首はいらないけどな」
「その時は好きにしろ。
ただし、俺のこの姿を見て同じ言葉を吐けるのならな」
ジャックに魔力がどんどんと集まってゆき、身体中が青い光を放ち始める。
「リヴァート・ベスティア」
呟かれた瞬間、青い光が大気を巻き込みながらジャックに集まってゆく。
四足歩行で空中に止まる姿は、正しく歴戦の、フェンリルの王に相応しい出立ちをしていた。
「さぁ、続きを始めよう。レルゲン・シュトーゲン」