28話 ジャック
音もなく地下へ侵入し、セレスティアとレルゲンの魔力感知をも掻い潜り、アッシュの背後に立つ者が一人。
その影は一言も発さずにアッシュの背中から胸を貫き、心臓を鷲掴みにしている。
「貴様…!ジャック…」
「あ?いつからテメェは俺と対等に口を聞けるように偉くなったんだ?」
苛立ちを隠さないジャックは更に深く腕を突っ込んでいき、アッシュは口から血を流しながらも貫通しているジャックの腕を掴む。
「気安く掴んでんじゃねぇよ」
掴んでいた心臓を握りつぶすと、ジャックを掴んでいた腕が力無く落ちる。
貫いていた腕を力づくで引き抜くと、付いていた血を払い、
払った手から高出力の核撃をアッシュ目掛けて放つ。
既にアッシュの身体は核撃を受ける間も無く崩壊を始めていたが、
それでも止めを刺そうと放たれた一撃は、レルゲンの一言によって現実を歪める。
「戻れ」
放たれた核撃はアッシュの身体を飲み込む寸前に軌道を大きく変え、ジャックへ向かって一直線に突き進んでいく。
驚いたジャックは左腕で顔を覆うように自身の核撃を防ぐと、大きな衝撃と共に煙が飲み込んだ。
「なんだ、今のは…?テメェか?俺の一撃を曲げたのはよ」
だがレルゲンはジャックの言葉を無視してアッシュが完全な塵になり消えていく様を見届けていた。
「そいつは敵だ、死にかけのそいつをなぜお前が庇う必要があった」
ようやくレルゲンはジャックに向き直り
「敵だからだ」
と一言だけ返す。
それを聞いたジャックは訳のわからない事を言い始めた頭のおかしな奴と認識し、
これ以上の問答は無用。目の前の敵に集中するべく空中から地上へ降りてくる。
「ヴァフ!」
ジャックに向かってフェンが激しく吠えると、優しい眼差しを送ったかと思えば、圧の籠った低い声で制す。
「黙れ、犬」
周囲の大気が震えるような声は、魔力でも込められているかのようにビリビリと肌を震わせた。
地面に降りた瞬間ジャックの姿が音もなく消える、完全に音を置き去りにした移動は、衝撃波と共に召子の背後を取った。
「じゃあな、今世の勇者」
「…っ!」
完全に背後を取られた召子が振り返って聖剣で防ごうとしたが、それでは間に合わない。
(やられる…!)
召子が死を覚悟した瞬間、ジャックと召子との間に割って入る者が一人。
繰り出された手刀を黒龍の剣で防ぎ、地面が軽く抉れるが、持ち堪える。
「またテメェか」
「そう簡単にウチのメンバーが殺せると思うなよ」
「ハッ!いいじゃねぇか!俺の速度に追いつけるやつなんざ魔王様の他にはお前くらいだ。
どうせヴァネッサの馬鹿が言っていた推薦人もテメェだろ。一応は聞いておくぜ。
コイツら皆殺しにして、魔王軍に入るつもりはないか?ないよな?」
「あぁ、微塵も欠片もないな!俺達はお前らの大好きな魔王を討ちに来たんだ」
「ハハハハハ!いいぜ、そうこなくちゃならねぇ。目標変更だ。
女の勇者は後で殺すとして、まずお前からズタズタに引き裂いてやる」
「やってみろ」
瞬間、二人の姿が消える。
ジャックは元々持っている俊敏性で音速を超えると、レルゲンも念動魔術を全身にかけて壁を超える。
魔力反応が空中に移動していることに気づいたセレスティアは、暗い天井を見つめた。
(レルゲンの魔力反応でしか二人を追うことが出来ない…!
あのジャックという者、隠蔽魔術を常時かけているとでもいうレベルで魔力を感じられない!)
目視のみの戦いを強いられたレルゲンは、
音よりも数段速いジャックの動きを目で追ってから身体を動かすという、
ワンテンポ遅い対処を強いられていた。
そして何より、両腕と足が獣のそれに近く、両手両足が剣と間違えそうになる程の強度を誇っていることに気づく。
(間合いは腕と足の長さ、やり辛いが慣れてみせる)
「お前、まだ俺の事を目で追ってから動いているな?」
「だからどうした」
「やっぱりな、お前速さはそこそこあるようだが、普段からそんな速度で動き続けたことが無いことが透けて見えるぞ。
さっさとこの速度に慣れろ。後一合やり合って出来なければ殺す」
(もっと意識を並行に。奴には無い俺だけの武器を)
再び二人が消え、ジャックの動きについてゆく。
そして宣言通り一合打ち合ってから、更に速度を上げたジャックはレルゲンの背後に回り込んで、
アッシュに止めを刺した時と同じ手刀の付き技で襲いかかる。
レルゲンはまだ振り返らない。
しかし、浮遊剣にしていた炎剣がジャックとの間に割って入り、手刀を完璧に防御する。
防がれた事に驚くよりも、摩訶不思議な方法で止められた事実に嬉しさが勝る。
「面白い奴だ!いいぞ、まだ楽しめそうだ」