26話 一歩目
召子が階段を降りながら、待ち人に返答する。
「待たせたようですね」
「やはりこの魔法陣は使わずに自ら用意してきたか」
「ええ、悪魔の言葉は信じられませんでしたから」
「それはこの魔界に来ても変わらない確固たる考えか?」
召子はゆっくりと首を振りながら
「いいえ、私達はあなた方悪魔の生活を側で見てきました。
治安の良し悪しはあれど確かにそこには人間と変わらない営みがありました」
「では人間と悪魔は分かり合えると、そう言うのか?」
召子は少し考えるが、やはり首を振る。
「私は分かり合えるなんて甘いことは言いません。一緒に暮らしていけることもないでしょう。
私達は最初の一歩目を致命的に間違えてしまった。その事実がある限り、分かり合えることはきっとない。とても残念ですが」
アッシュは小さく笑い、安堵したように尚も続ける。
「その言葉を聞けて安心したぞ!
情けを掛けるような真似をしたら俺の弟子が浮かばれないからな。
きっちりと殺し合おうじゃないか」
「望むところです。レルゲンさん達は手を出しません。一対一です」
「お前が飼っているその二匹は戦わないのか」
「ええ、フェン君とアビィちゃんが戦ってしまったら、貴方との勝負に水を差してしまいますから」
「なんだお前。俺の弟子と戦った時はその狼と一緒に戦ったくせに、師匠である俺と戦う時は単独なのか。わからん奴だな」
「これはケジメです。
貴方と最初戦った時も私は一人だった。
だからこそ、私は貴方と一人だけで戦いたい」
「理ではなく意地を取るか___いいだろう。
俺も余計な小細工はしない。
とことんやり合おうじゃないか」
召子を一人の戦士として認めたアッシュは、最初から全開で魔力を高めて体外に放出する。
白い輝きを放つアッシュは右手に魔力を込めて、
まずはご挨拶と言わんばかりに一発だけ遠距離から拳圧に魔力を乗せた一撃を放つ。
不可視の攻撃を瞬時に〈魔力眼〉を発動させて聖剣で弾くと
アッシュはにやりと口角を上げ、しっかりと集中している召子の姿を見て満足する。
「いい反応だ。どんどんいくぞ」
アッシュが再度繰り出す拳は、腕が伸びる直前に小さく青い魔法陣が一瞬だけ浮かび
クロノよりも洗練された発動速度で、何発打ち込まれたか目視が難しい程の速さを誇る。
しかし、集中状態の召子が見ている世界は、周りの動きがゆっくりになって見えていた。
〈魔力眼〉の効果ももちろんあったが、瞬間移動した拳がどこから出現するのか、目で追うことができていた。
(この技はクロノが使っていたもの…!でもずっとこっちの方が速くて重い、けど!)
瞬間移動してきた拳を全て見切るように、最小限の動きのみで回避する召子を見てアッシュは早々に技を切り替える。
先程と同じ要領で拳を転移させての攻撃となるが、転移先に設定されていたのは召子よりも数メートル距離が空いている。
一瞬何故距離を離したのか疑問に思ったが、これもすぐにクロノの技と同種のものとわかる一撃が飛んでくる。
速度を重視した一撃が迫ってくる。
これを余裕をもって横に移動して避けるが
避けた先には至近距離から予め繰り出されていた転移した拳が待ち受けていた。
正確に召子の横腹を捉えた一撃は、防御を許さずに容易に吹き飛ばした。
「くっ…!」
「この攻撃はクロノが会得しようとしていたものだ」
様子を見ていられる程悠長にしている余裕は無い。
すぐに出方を伺うのを中断してアッシュに向かって走りだす。
左右に動かなくなったことでアッシュは拳を転移させる攻撃をやめて、遠距離から真っ直ぐに召子へ魔力で固めた拳圧を連続で繰り出す。
召子は飛んでくる拳圧を聖剣で斬り、剣の腹で受けながら距離を詰める足を止めない。
「頑丈な奴だな」
「取り柄ですから!」
距離を詰め切り、召子が一段と強く地面を踏み込んでアッシュへ斬りかかると、魔力を集中して強化された拳で正面から受ける。
連続で攻撃を仕掛ける召子の聖剣を正確に受けるが、僅かに召子の攻撃がアッシュの防御を上回る。
受けた拳から血が滴り、僅かに裂けているが傷口を確認するや否やすぐに再生させて召子を睨んでいる。
召子はアッシュの放つ圧に気押されそうになるが、一歩下がりかける足を無理矢理に止める。
(ここで押されちゃいけない。
攻める時も受ける時も、心で負けていてはこの悪魔には、仇を討とうとしている者には勝てない…!)
召子がアッシュから放たれた圧を掻き消すように声を上げ、聖剣の間合いに捉えるために前へ進んでいく。
「やぁああ!!」