21話 不意打ち
ヴァネッサの口から血がこぼれ落ちるが、すぐに異変に気づく。
身体が二つに分たれたというのに塵にならず、表情は驚きと共に喜びに震えているように明るい。
(塵にならないという事は、まだコイツはこんな身体になりながらも余力を残しているということか)
直ぐに氷華から黒龍の剣に持ち替えてウルカの補助を借りながら魔力を全力で注ぐ。
青く、そして長く伸びた刀身からヴァネッサの後ろにいる悪魔をも巻き込んだ全力の光線攻撃が瞬く間に飲み込んでいく。
ヴァネッサの背後にいた悪魔達は抵抗する間も無く塵となって消えていくが、上半身だけのヴァネッサはまだ消えていない。
光線が完全に消え失せてもなお塵にならないヴァネッサの上半身は、切断面がブクブクと膨れ始めて新たな下半身を形成する。
魔力で編んだと思われる服を身にまとい直し、シンと静まり返った会場に響く拍手をレルゲンに贈った。
「私がここまでやられたのは何百年振りよ!
貴方こと、益々気に入ったわ。
なんの理由があっていきなり攻撃してきたのかなんてどうでもいいの。
でも、絶対に私の部下にすると今ここで宣言するわ」
「誰がお前のような化け物の下になどつくものか」
「いいえ、貴方は私のものになるわ。
その見た事のない魔術で何度攻撃しようが、私の愛からは絶対に逃げられない。
このヴァネッサ・ヴァロネッサからは絶対に!」
声から発せられたとは思えない覇気に、辺りに衝撃が広がっていく。
すぐに討伐から撤退に思考を変更するレルゲンは仲間に振り返って合図を出すが、
目線をヴァネッサから切った瞬間にレルゲンの背後まで移動が終了している。
耳元で囁かれた小さな声は、レルゲンの心を大きく乱した。
「貴方だけは絶対に逃さないわよ」
「…!」
慌てて黒龍の剣をヴァネッサの首筋に向けて振り抜くが、余裕を持ってレルゲンの背後にまた周り
「ダメダメ、そんなんじゃ。もっと殺意を込めて振らなきゃ何度やっても無駄よ」
「オオォォォォ!!」
恐怖感を掻き消すように気合いを乗せた一撃は、今度こそヴァネッサの身体を正確に捉えたが、
全力で振り抜いた黒龍の剣は五本の指で真正面から受け止められる。
「貴方の力はこんなものなの?その目、まだあるんでしょう?奥の手が」
「なんだ、お見通しってわけか。
この一撃は間違いなくお前達魔王軍に感知されるから使いたくは無かったが、仕方ない。
ウルカ、全力で行く」
「頑張って、レル君!」
第二段階、全魔力解放
全身から青い炎のような揺めきを放つ魔力が噴き上がり、普段ならこのタイミングで黒龍の剣に解放した魔力を乗せていくが、今回は違う。
周囲の環境を取り巻く豊潤な魔力のみを黒龍の剣に込め、刀身が赤色から青色へ徐々に色味を変えてゆく。
伸びた刀身を念動魔術で制御して元の刀身と同じ長さに圧縮し、全魔力解放状態で黒龍の剣にはいつでも一線攻撃が出来る強化された、二重の威力が乗せられている。
「行くぞ」
超強化された身体から繰り出された青い魔力を帯びた連続攻撃がヴァネッサを襲う。
しかし、これをまだ涼しい顔をしながら素手でレルゲンの攻撃をいなす。
(この速さにも余裕で対処する辺り、さすがは魔王軍の幹部だな…!)
超強化されたレルゲンが使っている念動魔術は、黒龍の剣に魔力を圧縮するように込めているのみ。
更に速度を上げるべく全身に念動魔術を重ねがける。
「オオォォォォォオ!!!!」
レルゲンの剣が側から見ると二重に近い程早くなった所で、ヴァネッサが受けている手に変化が訪れる。
更に早くなったレルゲンの剣については来ているが、受けている身体が置いてけぼりになっており
ヴァネッサの手は黒く腫れ上がり血が出ている。
「あら?」
攻防が終わり一旦距離を取ると、ヴァネッサが手が異常に腫れ上がっていることに気づく。
「魔力量と例の魔術を組み合わせた質量攻撃ね。貴方の魔力だけ見たら悪魔のレベルは軽々と超えている。この私よりも。でもいつまで保つかしらね?」
たった一合のやり取りだけで、レルゲンは既に肩で息をし始めている。
それほどまでに負荷の高いやり取りをした証明は、一旦避難したはずの全員が戻る理由には十分だった。
「貴方の危険を察知してみんな戻ってきちゃったのね。いい子ね?でも私にとっては悪い子よ」
近くに駆け寄ったのはパーティでレルゲンの次に魔力量が多いセレスティア。
「魔力を受け渡します。魔力糸を繋いでください」
「俺なら大丈夫だ。まだ魔力量だけなら余裕がある。それよりも回復魔術を頼む。
今のやり取りで身体が動きに追いつかずに何本か折れている」
「…っ!分かりました。全く無茶して!」
すぐに回復魔術を無詠唱でかけると、折れていた箇所が完全に修復され、身体を軽く伸ばしながらヴァネッサに向き直る。
「随分と待ってくれるんだな」
「いいのよ?時間はたっぷりあるし、結末は変わらないもの」
魔力量はレルゲンの方が上である事は変わらないが、それでもこの余裕はレルゲンの心に疑念を生んでいた。