19話 幹部
声をかけられただけの圧でレルゲン達は止まれと言われたように身を硬くする。
「なぁ、そこのエルフ達。なんで普段剣なんて毛嫌いしている癖にそんなに魔剣を何本も持っているんだい?」
返答を誤れば即戦闘となる緊張の一瞬。
「この人変わってるんです。エルフの里でも折り合いが付かなくて結局私達は付いてきたんです」
セレスティアが他の誰かが答える前に直ぐに返答すると、ヴァネッサと呼ばれていた悪魔がレルゲンをじっくりと観察するように眺め、
「貴方みたいな爪弾き者は私好きよ!良かったらこれから開催する奴隷市にいらっしゃいな。待ってるわよ」
笑いながら肩を叩き上機嫌でヒラヒラと手を振って去っていく。
マリーがホッと胸を撫で下ろすと、レルゲンにまさか参加しないだろうと思いながらも確認する気持ちを抑えられなかった。
「あぁ、面倒事の塊だからな。参加するつもりはないよ」
「そう。分かってはいたけど、もし参加するなんて言い出したらどうしようかと思ったわ」
「悪魔達がどんな取り引きをしていようが関係ないからな。物資も集まったし、俺達は先を急ごう」
街を出ようとヴァネッサとは反対側へと進んで行くと、聞き逃せない会話をする悪魔の会話が耳につく。
「聞いたか?"魔王軍幹部"のヴァネッサ様がこの街で新しく魔王軍に引き入れる面子を集めるんだってよ!
何でも奴隷の中で魔力が高い奴を何体も仕入れているらしい」
(魔王軍幹部だと…?)
レルゲンの肩を叩いたあの悪魔が魔王軍幹部だったとは思いもよらなかったが、全員がヴァネッサの歩いていった道を見つめる。
「どうしますか?」
セレスティアが心配そうな表情を浮かべて確認するが、どちらでもメリットとデメリットが混在する状況にレルゲンは頭を悩ませていた。
(今ここでヴァネッサを討ち取れば、魔王軍の増員も防げる一石二鳥だが、あの悪魔を今の俺達で倒すことが出来るのか…?
仮に倒せたとしても魔王城までの距離がまだ正確に掴みきれていない状況で
魔王軍幹部を倒したとあればそれは間違いなく勇者と断定される。
どうするのが一番危険なく相手の戦力を削ぐ事が出来る?)
するとディシアが地平線まで魔王城がまだ見えないところから、おおよその概算を計算して伝える。
「最低でも魔王城の距離はまだ百キロ以上はありますので
敵が転移の術式を持っていないのであれば報告まで数日は最低でも猶予があります。
今のうちに倒すのであれ、後で倒すのであれ同じことですが、私はいずれ倒すべき相手を野放しにしておくのは得策ではないと思います」
レルゲンは技術顧問であるディシアの言葉を聞いて、考えを改めるかどうか思考を回す。
第一に、討伐が可能なタイミングがあるのかが微妙な塩梅で、
これから開催されると言われている奴隷市で、どのように魔王軍の面子を集めるのかの情報次第と言ったところだ。
何はともあれ参加しないことには討伐の可否すら判断がつかない。
マリーは反対していたが、思い切ってレルゲンは参加してみるべきだと主張する。
「マリー、奴隷を買うつもりは毛頭ないが、奴が魔王軍幹部だと話が変わってくる。
倒せるかどうか判断するためにも奴隷市には参加するべきだと俺は思う。
悪魔とはいえ、命を売り買いしているところに足を運ぶ抵抗感は理解できる。
俺だって出来れば参加したくない。
だが、今はその気持ちを押し殺してでもやらなきゃいけないことがある気がするんだ」
レルゲンが真っ直ぐ見つめながら話すと、
マリーは表情が少しばかり曇るが、自分の気持ちを押し殺すように見つめ返す。
「私に気を使ってくれてありがとう。
でも、そこまで言われなくても分かってる。
動向を探るだけになったとしても、チャンスがあればそれを掴みに行くべきだわ」
セレスティアと召子も敵の素性を知るだけになったとしても、いつかは倒さないとならない敵と分かれば
討伐の機会を掴みにいきたいと思う気持ちは同じようで、レルゲンとマリーを見て力強く頷く。
「行こう」
再び進行方向を変えたレルゲン達は、奴隷市が開催されると噂されている路地裏の道へと進んで行く。