16話 敬意
「さて、どうやって相手する?」
レルゲンが集まった全員に対して声をかけると、マリーと召子が雌の凍刃龍を相手にすると宣言する。
「手負いの方はレルゲンに任せるわ。雌の方なら私と召子、フェンがいれば足止めはできるはず。
終わった後はじっくり雌を討伐しましょう」
「分かった。手負いの雄は任せてくれ。セレスも雌の方の足止めを頼みたい」
「分かりました」
期間にしたら共に長く戦ってきたわけではないが、それでも場数だけなら相当の数に上っている連携回数の多さから、すぐに方針が決定する。
凍刃龍の雌が雄の横まで歩いてきて、二頭同時に氷のつぶてのブレスの構えを取る。
放たれたブレスは一本の太い線となり、混ざり合いながら突っ込んでくる。
マリーと召子、そしてレルゲンの単独で左右に分かれて回避して分断させられるが、元々そのつもりだったレルゲン達にとっては関係がない。
手負いの雄と睨み合いが始まり、間合いを測るように横に歩きながらレルゲンが二本の浮遊剣を射出する。
手前に突き刺さった黒龍の剣と白銀の剣を見て、雄は笑うことはせずにどんな狙いがあるのか尋ねる。
「何のつもりだ?」
しかしレルゲンはこの問いに答えずに炎剣を構えて手負いの凍刃龍に向かって駆け出す。
すかさず雌がレルゲンを止めようとマルチ・フロストジャベリンに近い魔術を発射して止めようとするが、
矢避けの念動魔術で軌道が逸らされて遠距離では止めることができない。
「なんて厄介な術…!」
遠距離攻撃を完全に見切りをつけてレルゲンに向かって突進を始めるが
マリーが魔力を解放して神剣と足に集中させて勢いを完全に殺す。
「行かせないわよ…!召子!」
横から走りながらフェンと共に勢いが止まった雌の凍刃龍に聖剣と前足で攻撃を仕掛けて釘付けにすると、
レルゲンへの追撃を諦めたのか身体をその場で回転させて近くにいる二人を薙ぎ払おうとする。
一旦距離を取り直し、両者とも次の攻撃に備えるが、
二人が離れたタイミングを待っていたのかセレスティアがブルーフレイム・アローズで追撃を入れて爆炎が雌の凍刃龍を包む。
駆け出して肉薄していくレルゲンは炎剣へ更に青い炎を纏わせる。
「ブルーフレイム・エンチャント」
近づいてくるレルゲンを向かい打つために手負いの翼とは反対を使ってカウンターを狙うが
今度は突進の勢いは無く、その場での迎撃。
初めから最大限の魔力を込められた一撃に、レルゲンは笑みを溢す。
囮に使ったブルーフレイム・エンチャントを纏った炎剣を念動魔術で振り上げる途中の翼に槍を投げるように投擲する。
丸腰となったレルゲンに手負いの凍刃龍は驚いたが、それよりも投擲物が魔力を纏った翼に向けて飛んでくるのをどう対処するか一瞬考えた。
しかし、既に振り下ろす途中に入っている翼の刃を止めることはできない。
(今度も弾き飛ばしてくれる…!)
そのまま振り下ろした翼と、炎剣が衝突する。
だが、弾き飛ばす狙いとは裏腹に、超高温になっていた炎剣は翼の氷を溶かすように進んでいき
完全に貫通して天井に突き刺さる。
「ガァァァアアアア!!!」
熱により焼け焦げた反対側の翼も手負いの状態となり、必殺の一撃が完全に封殺される形となった。
ここで凍刃龍が異変に気づく。
牽制に入っていた二本の剣がいつの間にか地面から無くなっている。
レルゲンが回収したのかと見るが、未だに丸腰なのは変わらず。
「二本の剣はどうした…?」
「その翼、貰い受ける」
二本の剣は念動魔術により遠隔で魔力が最大限に込められて、黒龍の剣と白銀の剣が一体となり白く輝きを放っている。
洞窟内の薄暗い中で擬似太陽にもなり得る光源となった剣は
凍刃龍が上を見上げるよりも速くマリーと召子が深手を負わせた傷口へ音もなく落とされた。
綺麗な切断面を残して片翼を完全に落とされた凍刃龍は出血が酷く、冷気で凍らせるも抑え切る事が出来ずにいた。
落とされた二本の剣を念動魔術で分離させ、天井に突き刺さっている炎剣も回収する。
(ウィンドカット)
三本の剣に風の下位魔法を纏わせて、更に追加で命令をかける。
(回れ)
三本の剣は円形に見える程の高速回転をし始め、三連撃の回転刃が片翼の凍刃龍の首元へ迫ってゆく。
しかし、凍刃龍は動かず、迎撃の体制も取らず。ただ一言
「見事なり」
と残して首から上の頭部が完全に分たれて魔石へと還った。
「あなた…」
すかさず半身を失った腹いせにレルゲン共々生き埋めにしてやろうと、口から核撃を発射しよう光が収束していったが、寸前の所で止める。
夫が最後に敵に敬意を払った人物を生き埋めにする事で何もかも終わらせてしまうのは
夫に対する侮辱だと感じた雌の凍刃龍は
足止めをしているマリー達に声を投げかけた。
「私はあなた方に敬意を払い、この場所から退去します。夫の一部も好きになさい」
戦闘が終了する合図がかかり全員が武装を解除すると、入ってきたであろう入り口に向けて歩みを進める雌の凍刃龍。
レルゲン達は声をかける事なく、ただ黙って歩いていく姿を見つめていた。