11話 吹雪
「ねぇ、少し寒くなってきてない?」
街を後にしたレルゲン達は更に南方へと進んでいた。マリーが言うように少し肌寒い風が吹いて来ている。
「そうだな、これからもっと寒くなるかもしれない。全員分の防寒着を配るから、寒かったらすぐに着てくれ」
念動魔術で全員分の毛皮で出来たコートを配り、再び歩き始めると更に天候まで悪くなり始め、
重さを感じるような灰色の雲が覆う。
周りの道に雪の塊が現れ、更に体感気温が下がったかと思えば、雪がパラパラと降り始めてくる。
最初は中央であまり見る事のない雪を見て女性陣がはしゃいでいたが、それも短い間のみ。
すぐに優しく振っていた雪は吹雪へと変わり、全員の身体を叩き始めたが、
レルゲンの矢避けの念動魔術で雪から身体を守り、一度何処かで雪を凌げる場所を探すことに変更する。
「これでは前も後ろもわからなくなりそうですね」
セレスティアが遭難の危険性を感じ始めた段階で、レルゲンが黒龍の剣で空を割ることも考えたが、
一度既にやっているだけあり躊躇われた。
二度目を発射したとなると正確な進行速度と目的地である
魔王城に向かっていることを割り出される可能性を危惧して踏みとどまる。
すぐに全員を魔力糸で接続して遭難の危険を回避して、なるべく近い所を歩くように提案する。
(今、全員を魔力糸で繋げたから逸れる事はないが、一度どこかでこの雪をやり過ごす場所を探したいな。もう少し密集して歩いておこう)
全員が思念で返事を返し、お互いの足音が聞こえる程度の距離で歩みを進めるが
それでもこの暴風雪とも言える吹雪の中で、上下左右、そして前後の感覚が無い状況では飛んでいく事も出来ない。
「っ!」
レルゲンの真横を歩いていたディシアが足元を滑らせて転ぶ。
(大丈夫か?)
(ええ、足元が滑っただけです。足が悪いとこんな状況ではまともに歩けずすみません)
ピシッ
(足元も悪くなってきたし、ディシアさえ良かったらだがおぶって進むぞ)
(いえ、しかしそれではレルゲンがいざという時に動けなくなるのではないですか?)
(いや、俺の魔術でディシアをおぶれば両手が塞がることはないから大丈夫だ。ほら)
レルゲンがしゃがむと、ディシアが申し訳無さなさそうに背中に覆い被さる。
(すみません。よろしくお願いします)
(大丈夫だ。皆、吹雪がどんどん強くなってきている。手頃な洞窟を早めに探そう)
(でも数メートル先も見えないから洞窟を探そうにもこれじゃあ…)
マリーが弱気な発言をするが、召子はフェンと少し話しているようで
近くに土の匂いが真っ直ぐ行った先にあるらしいことが分かった。
(ありがとう。フェン、召子。真っ直ぐ進むつもりだが、左右にズレたら教えて貰えてくれ)
(分かりました)
ピシ、ピシッ!
レルゲンが何かの音を感じ取ったのか、左右を見渡しながら警戒したが
魔力感知を限界まで広げ、目に魔力を集中して視力の強化をしても異変は見つけることが出来なかった。
しかし、フェンも音には反応しているようで、聞き間違いでは無いことが分かる。
(何かが迫って来るかもしれない。歩みは止めずに警戒しながら進んでいこう)
すると遠くで何かが割れたような音を全員が聞き取る。
この暴風雪の中でも聞き取れる程大きな音とは一体何なのか。
足場の悪さ、そして視界不良と謎の音。
レルゲン達の神経を少しずつ削ってゆく環境は、フェンの鼻を頼りに進んでいく他ない状況だ。
それでも歩みを止めるわけにはいかず、尚も進んでいくレルゲン達だが
真下の足元から大きな音が聞こえ、音の正体は地面に張っていた氷が割れる音だったと気づく。
(ここは湖か何かの上か!薄い氷が張っていて、それが割れていた音が響いていたんだ!
急げ、この極寒の状態で一度濡れれば最後だ)
全員が薄い氷の上を走るが、どんどんと氷にヒビが広がってゆき、所々で氷が完全に割れて水飛沫が上がり始める。
(走っていては間に合わないか…!
フェン!お前の鼻が頼りだ!このまま真っ直ぐでいいんだな?!)
「ワン!」
肯定と捉えて全員を空中に浮かし、球状のブルーフレイムを真っ直ぐ進行方向に一つ飛ばして、進路を確保する。
もう背後は完全に氷が割れてしまい、戻ることは叶わない。
念動魔術で数メートルだけ浮き、ブルーフレイムの灯を頼りに低空で飛行するが、
後ろから割れた氷が追いかけて来るように地面から鋭く数メートルの高さまで飛び出してくる。
どこから氷の飛び出しがくるか分からなければ、大質量の氷を矢避けの念動魔術を使っての回避が出来ない。
追いかけて来る音から逃げるように速度を上げていく。
(間に合え…!)
もう一度ブルーフレイムを前に放つと、今度は燃えているように光が広がっていくのが見て取れる。
山に入る直前、追跡されないように威力を抑えられた一撃を黒龍の剣で放ち山に小さな穴を開け
崩れた瓦礫を瞬時に念動魔術で退かして中へと突っ込むように入る。
「みんな無事か?」
全員を見回すように確認すると、魔力糸で強固に繋がれていた全員が洞窟へと入ってきていた。
安堵するように息を吐き出すと、湖に張っていたと思われる氷が完全に崩れ去った音が遅れて響いてくる。
「それにしても危なかったわね。レルゲンが飛ばなかったら助からなかったかも」
マリーが崩れ去った氷の湖の方を向いて、安堵の声を漏らし、セレスティアもまたマリーの側に寄って話しかける。
「暫くはここに滞在することを覚悟しなくてはなりませんね」
吹雪の量は依然としてホワイトアウト状態になるほど密度の濃い雪が横殴りに降っており、すぐには止んでくれなさそうだった。
全員が餓死する前にはここを発たなくてはならないが、可能であれば空を割るのは控えたい。
一先ずは安全が確保された洞窟で、今後の方針を決めることになりそうだ。
「フェン、助かったぞ。ありがとう」
フェンの頭を軽く撫でると、
珍しくフェンは嫌がる素振りを見せるどころか、レルゲンに向かって尻尾を振っている。
「フェン君!ようやくレルゲンさんに心を開いたんだね!良かったぁ」
召子がわしゃわしゃと撫で回し、フェンは耳を下げながら笑顔のような表情を見せていた。