6話 悪魔の水汲み
セレスティアの修行がひと段落した後に、再び魔界を探索することに決めたレルゲン達は、再び徒歩での調査を行なっていた。
召子も始めはぐったりとしたがらフェンに運ばれているのみだったが
今ではフェンに跨りながらも身体が慣れてきたのか、後ろでディシアと話す余裕が出てきていた。
この分ならば、万全の状態で戦闘に参加する日も近いだろう。
まだ魔界に来てから数日だが、流石は勇者。環境に慣れる速度も頭一つ抜けている。
「レルゲンさん。私も少し慣れて来ましたし、そろそろ飛んで頂いても大丈夫です」
「そうか。顔色も良くなってきているし、そろそろ探索の速度を上げても良さそうだな」
全員に念動魔術をかけてふわっと空中に音もなく浮き上がる。
少しずつ速度が上げられてゆき、徒歩とは比べ物にならない速さで探索が進んでいく。
下を見ながら飛行していくと、街の外れに水を汲んで長距離を移動していると思われる悪魔の幼体を見つける。
「レルゲン、あれ」
マリーが下を見て、助けて上げないの?と言いたげな表情をしている。
マリーはどちらかというと悪魔に対して風当たりが強いはずだが
よろけながら尚歩みを止めずに帰ろうと頑張っている姿を見てほっとけない様子だった。
「セレス、擬態と隠蔽の魔術を頼めるか?」
セレスティアは微笑みながら、マリーの意図を汲み取ったレルゲンに向けて頷き返す。
フェンとアビィは再び小さくなって召子の髪の毛の中へと潜っていく。
新しく覚えた複合魔術を使って、悪魔の幼体の下へと降りてゆく。
すると幼体は空から降りてきた、エルフの見た目のレルゲン達に驚いた余り体制を崩してしまい
折角ここまで運んできた水が入った桶をひっくり返してしまう。
「あぁ…!」
幼体は泣きそうな表情をして溢れてしまった無念にも地面に吸い込まれてゆく水を眺めていた。
「驚かせてしまってすまない。水はこちらで新しく作るから、許してもらえないだろうか?」
泣きそうな表情をしている幼体が頷くと、セレスティアが桶に新鮮な水を出現させる。
みるみるうちに表情が明るくなっていく幼体は、溢した水を確認するように覗き込む。
「どうやったの?」
セレスティアが微笑みながら幼体に向けて話をする。
「これは魔法というもので、あなたも大きくなればきっと使えるようになりますよ」
「そうなの?でもお父さんとお母さんは出来ないよ」
「コツを掴めればそう難しいことではありません。あなたはここからどれくらいの距離に住んでいるのですか?」
「ここはまだ水場から半分くらいだから、後二十キロ位はあると思う」
「レルゲン」
「ああ、ついでだ。方角はここから真っ直ぐでいいか?」
「そうだけど、どうするの?」
全員と幼体を空中に浮かばせると、真っ直ぐに飛んでいく。
幼体は最初あわあわと動き回る仕草をしていたが、時期に勝手に進む身体に身を任せて、空の旅を満喫していた。
「すげぇ!」
二十キロなら数分でつくだろう。
飛んでいると確かに遠くに集落と思われる場所が見えてくる。
「あそこが俺たちの住んでいる場所だよ!速いなー!」
「集落のど真ん中に降りると、住んでいる人達が混乱するから手前で降りるぞ」
手前で降りたレルゲンと幼体は集落の入口まで歩いていき、幼体が親と思われる悪魔の下へ水を届ける。
余りに早く帰ってきたら子供と、やけに綺麗な水を持って帰ってきた事に多少の驚きをしていながらも
レルゲン達を見た親は納得したようで、挨拶をしてきてくれる。
「この子を助けて頂き、ありがとうございました」
この反応から察するにセレスティアの複合魔術は完璧に機能しているだろうと考えられた。
「いえ、私達もこの土地にまだ慣れていませんので、色々とお話を聞かせて頂ければと」
「構いません。お礼も兼ねて知っている事でしたらお話しさせて頂きます」
それからセレスティアが代表となって悪魔と話をして分かった事が三つ。
・魔王の城はここから遥か南に位置すること
・一般の悪魔では魔王の城にさえ近づけないこと
・下級悪魔は魔力を持っているが、使い方は知らないこと
一番下はセレスティアが教えれば問題はないが、知らないことに何か理由があるかもしれない。
しかし、毎日のように水を汲みに子供が何十キロも往復する毎日を過ごすのは、セレスティアは看過出来なかった。
簡単に魔力の使い方を教えると、すぐに水の塊が悪魔の手の上に出現する。
悪魔の集落では魔法すら使えないのが殆どのようで、大人の悪魔は感動の余り涙を流しているようにも見えた。
「お力になれたようで良かったです」
暫くここで寝泊まりをしていってくれと打診を受けたがレルゲン達は断り、魔王の城があるとされる南へと進路を変更する。
すぐに出発しようと集落を後にするが、優しくしてくれたセレスティアに子供の悪魔は懐いたようで別れを惜しまれ
集落の外からレルゲン達が飛んでいく様をいつまでも見つめていた。