5話 複合魔術の心得
「やはり、単一の魔術を一度かけてから、次に新たな魔術をかけるとなると
バランスが崩れて術が勝手に崩壊を始めてしまいますね」
セレスティアが今やっている修行は司祭長に見破られてしまった擬態魔術に隠蔽魔術を重ねがけする修行だ。
魔術は一つの効果を発揮させると、術式自体の効果はそこで完結するため、引く事も足す事も本来至難の業となる。
今回やろうとしているのは足す複合魔術。
効果を維持しつつの上乗せと表現してもいい。
ここでセレスティアが以前レルゲンがやっていた火に風を混ぜることでブルーフレイムを作っていたことを思い出す。
「レルゲン。あなたが以前やっていた、ファイアボールにウィンドカットを織り交ぜて作っていた
ブルーフレイムはどうやって維持していたのですか?」
「俺は火が丁度よく風を送り込むと火が青く光る現象を知っていたからできたに過ぎないんだ。
だから俺から伝えられる事は一つだけ。
現実にあると"仮定できる"イメージが大事だと思っているよ」
「現実にあると仮定できるイメージ…」
レルゲンが言っていることは、実際に起こり得る減少を魔術で再現しているということで
セレスティアがやろうとしていることとは一見関係が無さそうにも見える。
しかし、ナイトとの戦いで初めてマルチ・シャインジャベリンを無詠唱で発動できた感覚を思い出すと
魔術は出来ると思う事が、成功への一番の近道であると高々に宣言していたナイトの言葉は
皮肉にも正しいと感じる場面が今までに何度も体験することがあった。
大事なのは出来た時の結果を引き寄せること。
セレスティアが手に顎を寄せて考え込むと、ウルカ先生が少しからかう。
「セレスティアは魔術の才能はあるけど、ちょっと頭が固いと思うの。
もっと考えるんじゃなくて、それくらい出来る。自分なら出来て当然くらいの傲慢さが貴女には必要よ」
「分かっています。しかしここまで私が成長してきたのは考えあってこそ。
魔術理論は捨てるのではなく、応用出来るものと考えたいのです。
その方が私に合っていると思いますので」
「うん。突き進むのも大事。自分にはこれが合っていると感じている実感があるなら
やっぱりセレスティアはまだ伸びるはずよ。頑張って!」
「はい。ありがとうございます」
(レルゲンとウルカ様も出来るものとして魔術の複合を捉えている。
私の理論では魔術は発動したらそこで考えを切り離している。
恐らくここが改善するべき点。
魔術は一度発動すればそれで工程が終了するのは教科書の考え方。
でも実際に見てきたものはそれで工程を終わらせるのではなく、そこからが始まり。
ならば、私がやるべき事は単純な足し算ではなく、工程が完了している時点をゼロとして考えること。
つまり、擬態によって姿を変えている時をスタートとするならば、隠蔽魔術は変化した後の姿を全て覆い隠すこと!
…やってみますか)
「ふぅ…」
高速回転させた頭を一度クリアにする為に大きく息を吐き出すセレスティア。
レルゲンを実験台にして、神杖を構えて意識を集中する。
「行きます…!」
エルフの耳を生やした状態での隠蔽魔術の発動は、セレスティアの理論通りに発動して
魔術同士が複雑に絡み合って自壊する事なく維持し続けていた。
「やりました…!レルゲン!ウルカ様!」
「さすがセレスだ。魔術適正Sは伊達じゃないな」
「私やレル君は考え方を教えただけよ。
それを自分なりに解釈できたセレスティアの応用力が光ったわね」
(この考え方をもっと実戦向けに活かすことが出来れば私はきっと、もっと先に行ける!)
「楽しそうだな」
「はい。やはり魔術は出来た時の達成感が忘れられませんね」
「今日はこれくらいにしておくか?」
「いいえ、今私はかなり調子がいいので、出来るうちに成功体験を出来るだけしておきたいです。
これはまだ二つの魔術の複合ですし、ウルカ様が仰っていた三つ以上の複合魔術に少しでも近づきたいのです」
「分かった。警戒はこっちでやるから、セレスは集中して鍛錬に励んでくれ。
ここなら街からかなり離れているし、今のセレスなら敵が隠蔽魔術で近づいてきても簡単に気づけそうだ」
「ありがとうございます」
神杖を握り直し、他の複合魔術を思いついた先から片っ端から試してゆく。
二つの魔術がストレスなく発動することが出来るようになれば、今度は目標にしていた三つ以上の複合魔術の鍛錬に入れるだろう。
合わせれば合わせるほど、魔術はその術師のみに発動が許されるユニーク魔術に近づいてゆく。
それこそ、レルゲンやナイトとはまた違った道を進んでいくセレスティアは、どんな魔術師になってゆくのか。
レルゲンも楽しみにしていることには変わりないが、遥か昔にもこうして魔術の手解きをしていたウルカは、なんだか遠い昔を懐かしむような温かい表情をしていた。