第二章 2話 謁見の間 改稿版
いよいよ中央の門を潜る。さすがにどの行商人も厳重に門兵が確認している。
マリーとハクロウ辺りは門で兵士が気づくと思うが、
ではお前は何者だ?となる展開が容易に予想できる。
仮にそうなった時は行商人に化けるつもりだったが、
意外もあっさり通され、肩透かしを食らう。
うーんとマリーが考え込んでいたが、
答えは出てこないようだった。
さすが中央なだけあって、街の景観は白を基調とした清潔感があり、
街行く人々には笑顔が多い。
中央通りの床は白い石が規則的に並び、
そこを行商人の荷車が通る。とにかく街がでかく感じた。
レルゲンが中央を去ったからというもの、
大きさは約二倍にはなっているだろう。
外周は高い壁で囲まれており、“綺麗な円”の形をしている。
街の中心にマリーの住まう王宮が鎮座しており、
遠くからでも威厳を示す出で立ちはまさに壮観。
王宮に近づくほど、高級な洋服店や宿泊施設が立ち並ぶ。
鍛冶場も確認できた。そして中央ともなればギルドの本部もある。
ギルド本部には地方のギルドの情報がすべて集約されている。
地方ではできない魔術適正・魔術系統を測定でき、
最大魔力量なんかも測れるらしいが、
ギルドでもしもお世話になるときは面白半分でやってみようと考える。
更に中央には“王立図書館”なるものがあると聞いたことがあるが、
王立とだけあって一般公開されていないのだろうか。
これは後でマリーに聞いてみよう。
反対に王宮から遠ざかれば庶民的な雰囲気が漂うが、
貧民街が見当たらない。
体を荷車から乗り出して、幼少期に自分が少しの間過ごした
貧民街を探していると、マリーが口を開く。
「懐かしい?」
「街並みが変わりすぎて、面影が全くないな。
まるで別の街に来ているようだよ」
「急速に発展しているから、確かにわからないか。
私が子供の頃はこんなに綺麗な街じゃなかったもの」
この王国はまだまだ絶賛発展中のようで、
未だに街のいたるところで建物の施工音が聞こえてくる。
完成された街というよりかは活気あふれる未完成の街という表現が的確だろう。
行商人の取引先まで一緒に見て回りたいほど、観光資源が豊富な街である中央。
だが、ここに来たのは観光ではなく、
もちろんここまで来る口実である鍛冶屋でもない。
マリーの“安全を確保”する為だ。
もちろんその役目はハクロウに任せても良かったと、
この短い旅で感じるところではあったが、
どうしても自分の目の届くところでマリーの安全を見届けてからこの場を去りたかった。
「いよいよ王宮だな」
「ええ、半年くらいここを空けたけど、今回は“シュット”もいるから」
「嬢ちゃん、誰か忘れてないかい?」
「ハクロウ先生はお母様に言われて付いてきただけでしょう」
「まぁ、それを言われちゃ弱いがなぁ」
精神的にも実力的にも成長したマリーを見て、
陛下はどう思うだろうか。
祝福するだろうか、それとも怒っているのだろうか。
それは再開してみないことにはわからない。
王宮の門兵へマリーとハクロウが事情を説明しにいくと、
緊張した面持ちの門兵が
「お待ちしておりました!お帰りなさいませ。
マリー・トレスティア殿下!ハクロウ副団長殿!」
遣いは出していなかったが、
どうやら帰路についている事は向こうも承知だったようだ。
(俺の素性も知られているのか?)
「そちらのお方は…殿下のお客陣と伺っております!
どうぞ、お通り下さいませ」
本殿までの道を歩く。
庭師が細かく手入れしていることが伺える庭園を脇目に歩いていると、
少し本殿までの道を逸れて豪邸と呼ぶに等しい場所へと着いた。
そこで黒い執事服に身を包んだ使用人がマリー達を迎えた。
「お帰りなさいませ。マリーお嬢様」
「久しぶりねセバス。元気そうで何よりだわ」
「お陰様で。早速ではございますが陛下がお呼びでございます。
お召し物をご用意しておりますのでお着替えを。
ハクロウ様は騎士団服をこちらでご用意させて頂いております。
お連れ様もこちらへどうぞ」
「ハクロウもそんな嫌そうな顔しないでさっさと着替えなさい。
年に何度も着ないのだし。シュットもまた後でね」
「あの服俺嫌いなんだよ、動き辛くてよ。
でも陛下の前でこのカッコは出来ねぇし、仕方ねぇか」
諦めた様子のハクロウが邸宅に入っていく。
(本当にここの王女様なんだな)
レルゲンに用意されたのは騎士服に似た出立ちだが、
首周りに上質な鳥の羽があしらわれており、多少デザインが異なっていた。
マリーもまた王女様らしい格好に変わっていた。
長い髪が両側で三つ編み状に巻かれ、後頭部に纏められている。
顔には上品なお白いと、優しい色合いの口紅が塗られており、
その変わり様に一瞬ドキっとさせられた。
ドレスもマリーの髪の色をモチーフにされており、
白をベースにしているが、金色の裏地が編み込まれている。
ハクロウの騎士服には胸の辺りに飾りが何個も付けられており、
歩く度に金属音が軽く鳴る。
「あらシュット、意外と似合うじゃない」
「意外は余計だ。そっちこそ、王女様らしい格好だな」
悪戯っぽく笑って見せると、
「これ恥ずかしいんだからあんまり見ないで」
と言ってくるが、実際のところしばらく眺めていたいくらいには綺麗だった。
お互い恥ずかしさを隠すために顔を少し逸らす。
謁見の間にて
「マリー・トレスティア殿下、ハクロウ副団長、
そしてお連れ様。ご帰還になります!」
赤いカーペットが入り口から玉座まで一直線に伸び、
玉座の前は数段階段があり、
如何にも人々の上に立つ事を示している作りとなっていた。
横には王直属の筆頭貴族がならび、
騎士団も多くの人数が威厳を示すように整列している。
想定を超えた歓迎模様に三人共面食らったが、
足取りに態度は出さず、前に出る。
マリーがまず跪き、ついでハクロウ、レルゲンもそれに倣う。
最初に口を開いたのは「女王」陛下だった。
「まずは長旅ご苦労でした。貴女達の動向は私の耳に届いています。
しかしマリー、貴女の口から何があったのか、ここにいる皆に説明を」
「はい。お母様。まず何があったかご説明する前に謝罪を。
いきなり王宮を飛び出し、ご心配をおかけ致しました」
「謝ったぞ」
「あのお転婆殿下が…」
「ご成長なされた…」
など貴族側で少し騒つく。
女王が頷き、話しを続けるよう目で訴える。
「私は、滞在した街のとある大会にて、暗殺未遂に遭いました」
「暗殺っ?!?!」
「どういう事だ」
再び、貴族達が一斉にざわめく。
それを静止するように女王が一言放つ。
「静粛に」
一瞬でその場が静まり返る。女王というだけあり、
貴族を纏めるだけの威厳は凄まじいものがある。
声はそこまで大きくはないが、意志力と呼ぶべき見えない力が、
その声には乗っている。
動向について貴族たちにも説明している部分とそうでないところがあるようだ。
「その暗殺が失敗に終わったのは、
一重にここに控えておりますシュット殿が命懸けで
私を護って下さったからになります。
なし崩し的に私は身分を明かしましたが、
それよりももっと早くから彼は私の事を気にかけ、
そして護って下さいました。彼は御伽話に登場する、私の英雄です」
「わかりました。ではその方、“シュット”殿」
「はっ」
「我が娘を命懸けで護って下さってありがとうございます。
何か褒美を取らせたいのですが、希望はありますか?」
「はっ、身に余る光栄。誠に有難き幸せにございます。
しかし、私めが陛下より何かを賜るなど本来あっては
ならぬことにございますれば、そのお申し出、
僭越ながら辞退させて頂ければと」
「褒美は要らぬと申しますか」
顔は上げない。そのまま動かずに次の言葉を待つ。
数秒の沈黙の後、ニコリと笑う陛下。
「私は貴方を個人的に気に入りました。
何でも申して下さい。私に叶えられる事なら文字通り何でも与えましょう。
“レルゲン”殿」
(やはり、俺のことは調査済みだったか)
そう、この場にいる誰もがシュットと偽名を使い、
旧王朝の長男だと知り、尚ここに呼びつけていたということ。
言わばここは里帰りの謁見ではなく、
レルゲンの真意を計る裁判だったのだ。
下手に陛下に褒美を願った時点で、レルゲンの命運は尽きていただろう。
「では「私も本音」でお話ししましょう。
陛下、私はこのマリー様筆頭の騎士にして頂きたく存じます」
ナニを口走っているんだこの男はとでも言いたげな
表情でマリーがレルゲンを見る。
ハクロウに至っては必死に笑いを堪えている。
「それは何故ですか?」
「未だマリー様を狙った族は健在。
私の見立てでは暗殺者と召喚用の魔法陣を用意した人物は別。
それではまたマリー様に危険が及ぶ事は必定。
ですので、私自らマリー様をお護りさせて頂きたいのです」
「それ程までに我が娘を案じて下さるとは。
いい従者を持ちましたね。マリー」
「はい。お母様」
和やかな雰囲気に割って入ったのは、
ハクロウの前にいる騎士団長のベンジーだった。
「どうしましたかベンジー騎士団長」
「私もレルゲン殿は歓迎致します。
しかし、我が騎士団のメンバーはまだまだ若く、
レルゲン殿に反発もありましょう」
「ではどうしたら皆が納得するでしょう?」
「手っ取り早く実力を示して頂けばよろしいかと。
この私と戦って勝てば皆も納得するでしょう」
「なるほど、私もハクロウを倒したレルゲン殿がどれ程までに強いのか。
マリーを託すかどうかはその結果次第で決めることとします。
異論あるものは?」
シンと静まり返る
「ではこれにて謁見を終了。
これより大訓練所にてベンジー騎士団長とレルゲン殿の一騎打ちを行います」
大訓練所の控え室にてマリーがレルゲンに思いの丈をぶつける。
「貴方あんなこと考えていたの?!
ほんと勝手なんだから!どうして一言だけでも相談してくれないのよ」
「マリーは絶対反対すると思ったから」
「そもそも中央に行くことすら渋っていたじゃない!
どうしてこうなっちゃうのよ」
「事情が変わった。
やっぱりマリーをここの連中に任せていけない」
「どういうことよ」
「マリーが今まで何をしていたか知らないが、
相当な怨みを買っている奴があの中にいた。
あんなに抑えられない殺意は初めてだ」
「呆れた…自分のことは自分で何とかしたいのだけど」
「そいつを突き止めて、マリーの安心が保障されたら俺は去るよ」
「駄目よ、私の騎士を志すなら、
文字通り死ぬまで努めてもらうんだから」
そこで聞いていたハクロウが口笛を吹いてからかう。
「嬢ちゃん熱いねぇ。これじゃまるで今生の誓いだぜ」
「それくらいの覚悟が無いと困るってだけの話よ。
さっさと勝って私の騎士になりなさい」
「お任せを、姫」
大袈裟に騎士礼をすると、ふんっとそっぽを向かれてしまった。
だが、やる事は変わらない。
マリーを護ると、護り続けると決めた以上、
此処で足踏みしている訳にはいかない。
初めから飛ばしていこうと心に決める。
念動魔術で十本の剣を魔力糸無しで帯同させると、
彼を包む自然魔力が出口を求めて揺らめくが、
これを必死に宥める。
「悪いなボウズ、ありゃ騎士団長が戦いたいだけなんだよ」
「そうだろうな、あの顔を見てればわかる」
自信に満ちた顔で長身ながらも筋骨隆々、
防具は最低限だが、武器はロングソード一本、
中央の騎士団長まで登り詰めた男が、
余りにも軽装な事にある種の不気味さを覚える。
模擬試合とはいえ真剣を使うことに何の疑問も持たなかった辺り、
レルゲンも胸の高鳴りを感じていたようだ。