52話 人間界編最終話 旅立ち
悪魔が用意した召喚魔法陣に向けてレルゲン達が飛んで向かうと
大きな魔力反応が一つ、ただじっと何かを待つように動かずにいた。
「来たか、勇者」
降りてくる一向を静かに眺めてアッシュが何も無い平原を選んで待っている。
「一人でくるとは随分と余裕じゃないか」
レルゲンが挑発するようにアッシュの狙いを探る。
「私、いや我は…あー、もうめんどくせぇ…おい、そこの勇者」
「何ですか?」
召子が一歩前に出てアッシュの問いかけに答える。
「俺の弟子を討ち取ったのはお前か?」
「そうです。クロノを倒したのは私です」
「そうか、あいつは最後に何か言っていたか?」
「いいえ、戦っている最中にそんな余裕はお互いにありませんでしたから」
少し無言になるアッシュ。
しかし徐々に感情の昂ぶりと共に魔力が呼応するように高まってゆく。
「アイツは俺の、俺が可愛がっていた一番の弟子だった。お前はそれを知っていたか?」
「はい。クロノは戦う前に貴方の弟子だと名乗っていましたから」
「そうか、なら俺はお前を殺さなきゃならない。
だが、お目覚めになられた魔王様は短期間のうちに成長していくお前を見てお喜びだ。
こうしてお前と対話することはお許しを頂いたが、戦う事はお認めにならなかった。
この意味が分かるか?」
召子は問いかけに答えずに、無言でアッシュを見つめる。
「お前は魔王様に生かされているのだ。
勇者よ、すぐにでもお前を殺してやりたいところだが
勝負は魔界にお前達が足を運んだ時まで取っておいてやる。
この転移魔法陣も好きに使え、転移してすぐに罠に嵌めるような情けないことはしないと約束しよう」
「貴方のその言葉が仮に真実だとしても、私達が信じると思いますか?」
「信じないなら好きにするがいい。どうやって魔界まで足を運ぶのかは知らんがな___
だが一つだけ約束しろ。必ず俺の前に再び現れると」
「約束します。必ず貴方を討ちに行くと」
アッシュは少し笑って、レルゲン達に背を向けて転移魔法陣がある方向へ帰ってゆく。
マリーが一瞬神剣に手を伸ばそうとしたが、レルゲンが手で制して止めた。
アッシュには聞こえないようにマリーに魔力糸を接続して
(召子はともかく、俺たちだってアッシュを倒す時が来るかもしれない。
今の奴に斬りかかれば、何をするかわからない。今は堪えてくれ)
(…分かったわ)
マリーが再び神剣から手を離すと、アッシュはこちらを歩きながら一瞥し、もう振り返ることはなかった。
一触即発の緊張状態から解放されると召子は大きく息を吐き、いつの間にか構えていた聖剣をしまう。
「レルゲンさん、一つお話があります」
「どうした?」
「あの悪魔、アッシュは私が一人で相手をしたいです。
もちろんフェン君とアビィちゃんは一緒に戦いますけど、それでも自力で戦いたい。
彼の弟子であるクロノを討ち取った時から、きっと決まっていた事だと思うんです」
レルゲンは力強く頷き
「今の召子なら奴にも引けを取らないさ
全力でぶつかって、それで危なくなったらフォローするよ」
「はい、それでいいです。ありがとうございます。フェン君、アビィちゃん。頑張ろうね!」
一匹一羽が鳴き声で返事を返し、気合を漲らせた。
それからというもの、気合いの入った召子は一人で深域の修行に赴くことになり
時間の空いたレルゲンは単身で朱雀がいる深域ダンジョンに再度潜り、朱雀と一対一の修行を行っていた。
アッシュの言葉を信じたわけでは無いが、宣言だけして帰った悪魔は
人間界にはもう侵攻してこないだろうという結論になり、騎士団のみの監視体制となる。
そのためマリーとセレスティアは毎日のようにペアで深域に潜り、技を磨いた。
毎日の充実した修行により、あっという間に二週間が経過して、いざ魔界への出発の時がやってくる。
女王が出発前のレルゲン達を見送りに、完成した転移魔法陣の前に立つ。
「これより、魔界へ魔王討伐の遠征を敢行致します。
メンバーのまとめ役として副団長レルゲンを置き
セレスティア、マリー、召子様、そして技術支援としてディシア様。
以上の少数精鋭で魔王討伐を命じます」
女王は少し笑って皆が緊張により顔が強張っているのを解そうとする。
「人類の危機ではありますが、全員を救って来てくださいは申しません。
せめてあなた方の手の届く範囲で助けを求める人々を救って下さい。
結果として魔王を打ち倒し、そして全員がここにまた再び帰ってくる事を祈ります」
「「はい!」」
マリーとセレスティアは女王と抱き合い、騎士団長のハクロウもまたレルゲンにふざけて抱きつこうとしたが、念動魔術で動きを止めて抵抗する。
「では女王陛下、行って参ります。ハクロウ、ここにいる皆んなを頼んだ」
「任せなボウズ」
カノンとディシアお手製の転移魔法陣にレルゲンが魔力を通すと、陣が起動し青く光り始める。
全員が陣の上に乗ると一瞬にして青い光と共に消えてしまうのだった。
一生の別れになるかもしれない女王とその娘達を案じてか、カノンが女王の肩を軽く叩き、二人は抱き合いながら一筋の涙を流した。