50話 アビス・アイビス
深域修行でメンバー分けをしてから数日、プロパティを久しぶりに開いた召子が気づいてレルゲンに画面を見せる。
〈魔物召喚 優先度:高〉が再び白く光っており、フェンリルを召喚してから一か月が経過していたことを表していた。
「レルゲンさん、これって…」
「どうした?おっ、もうそんな時期か」
「押しても大丈夫なんですかね?」
「そうだな…一度押してみたら説明文が出てくるんじゃないか?」
「一回目は出てきましたからね。押してみます」
〈魔物召喚 優先度:高〉を押してみると、ポップアップウィンドウが表示され
「二体目の召喚を行いますか?
注意、一度実行すると再実行までに二ヵ月を要します。本当に実行しますか?」
召子が目で確認すると、レルゲンも頷き返し、「はい」を選択する。
するとフェンリルを召喚した時と同様の魔法陣が浮かび上がり、一体の魔物が現れる。
身体は上品な青色で、艶やかに光を反射している。色味で言うならばセレスティアの髪色に近く
それよりも若干薄いが力強さが感じられる。
フェンの下に更に魔物の名前が刻まれており、名はアビス・アイビス。
晴れて二体目の魔物召喚に成功したと思いきや、どうやら様子がおかしい。
まるでこちらを睨みつけるように鋭く眼光を光らせ、大きくレルゲンと召子に向けて威嚇の咆哮を上げる。
「グエエェェェェ!!!」
すかさず召子に確認させると、ウィンドウにはテイムイベント発生のポップが表示されており
どうやら戦って屈服させる事で仲間になると書かれていた。
「レルゲンさん、手伝って下さい!」
「任せろ」
レルゲンが召子のアシストに入ろうと抜剣すると、レルゲンの前にもウィンドウが表示される。
「このイベントはテイム主限定。パーティメンバーはフェンを除き参加できません」
と表示されており、レルゲンが助けに入れないことを示していた。
それでも無視して戦闘に参加しようとすると、急激に身体が重くなり、全力の念動魔術で一歩動けるかどうか。
レルゲンがたまらず膝をつく。
身体を動かすことが出来なければ、遠距離魔術ならどうだと手に魔力を込めるが、体外に魔力が放出できずに不発する。
打つ手がないかと思われたが、魔力糸無しの念動魔術なら浮遊剣が出来るのではないかと考え
持ってきた三本の魔剣に思念で魔術をかけると問題なく空中に浮かす事ができた。
「すまない召子、俺の援護はこの三本の剣のみになる!何とか頑張ってテイムを成功させてくれ!」
「えぇ?!レルゲンさん動けないんですか?」
「身体が上から押されているみたいなんだ」
「分かりました。自分で何とかしてみます!」
聖剣を構える召子とフェンのレベルは共に190を示しており、加えてレルゲンの魔剣が三本。
アビス・アイビスはテイム前の魔物という事で、既にレベルが表示されていた。
230を示したアビス・アイビスは始めから召子に狙いを定めて
遠距離から氷の槍を複数背後に出現させて待機させ、射出まであと僅か。
(セレスが得意としているマルチ・フロストジャベリンか!)
レルゲンが召子に注意を飛ばすよりも早く、フェンを呼んで背中に跨る。
「フェン君!」
「ヴァフ!」
召子を背に乗せたフェンが氷の槍を走って躱してゆく。
アビス・アイビスはフェンの進行方向の先に氷の槍を連続して射出して当てようとするが
急停止して走る方向を変えたフェンの速度に追いつけていなかった。
遠距離から繰り出す氷の槍が効果が無いと分かると、歌う様に綺麗な声を出して周囲に響かせてゆく。
するとフェンの速度が段々と落ちてゆき、走る事が困難になり座り込んでしまう。
「どうしたのフェン君!」
フェンは大きな欠伸をして眠り込んでしまう。
「魔物の心に響く声だ!フェンによる援護は期待できそうにないぞ」
「フェン君、後は任せて」
フェンから降りた召子はレルゲンの魔剣があるとはいえ、一対一の構図が出来上がる。
尚も召子のみに狙いを絞った氷の槍が無数に直進してくる。
「回れ」
召子の前に移動させた三本の魔剣が高速回転し、迫る氷の槍から召子を護る盾の役割を果たして全て粉砕する。
「ありがとうございます!」
召子に遠距離攻撃は無い。
しかし、聖剣の力を少しずつ使えるようになってきていた召子は
目の前の魔物を斬ると定めると一気に身体能力以上の加速力を見せて
アビス・アイビスの懐に潜り込み、深い一撃を浴びせた。
「キエェェ…」
深手を負ったアビス・アイビスはすかさず羽ばたいて距離を取り、傷口が光り始めて修復されていく。
「治るんですか!ずるい!」
召子が可愛らしい文句を言いながらも〈飛翔〉スキルで治りきる前に再度斬りかかろうと飛んでいく。
レルゲンの浮遊剣も召子についてゆき、先行する形でアビス・アイビスの背後まで突き抜けて挟み撃ちの布陣を取る。
するとそれを嫌ってか更に角度を変えて距離を取り直し、召子と浮遊剣の両方を視界に捉えようとするが
それに気づいたレルゲンは三本の内、二本を上下に素早く移動させてアビス・アイビスの視界の外へ移動させる。
召子が聖剣の力を最大限発揮させて瞬時に距離を詰めて斬りかかるが、これを辛くも羽ばたいて躱す。
無理に躱したことにより体制がよろけたアビス・アイビスに、上下に移動させておいた炎剣と黒龍の剣の浮遊剣を突き刺し
苦痛の声を上げ更に飛んでいる事が難しくなったアビス・アイビスの翼
目掛けて召子の聖剣が鋭利な傷跡を残したことで高度を落としてゆく。
何とか飛び立とうとする仕草を見せるが、すかさず召子が降りてアビス・アイビスに声をかける。
「もう頑張らなくていいんだよ。だから、ゆっくり傷を治して」
警戒するアビス・アイビスの頭を優しく召子が撫でると、無事にテイムが成功した旨のポップが表示され
自身よりも高いレベルの六段目以上と思われる魔物を仲間にすることに成功するのだった。
「レルゲンさん!無事に仲間にする事が出来ましたー!援護ありがとうございました!」
召子が大きなアビス・アイビスを抱えて駆け寄ってくると、レルゲンを押さえ付けていた重力のような力が無くなる。
間違いなく勇者のスキルに起因する何かだろうが、浮遊剣だけ例外となっていることは幸運だった。
未だ眠っているフェンを見ながら、レルゲンは少し笑い
「お疲れ様。二体目のテイムおめでとう」
声を掛けられた召子は、一層表情が明るくなるのだった。