47話 手記
「ここが深域にあるナイトの研究所…」
レルゲンの護衛によってディシアはナイトの研究所跡を調べていた。
しばらく研究所を調べていると、ディシアの調べていた手が止まる。
「何かあったのか?」
レルゲンがディシアの下へやってくると、ディシアが見つけたメモの走り書きのような物を手にしている。
「はい。恐らくは研究をしている時に書いた手記のような物だと思います。
ヨルダルクでよく使われていた暗号のパターンを少し自分なりに変更しているようですが
時間をかければ全て解読ができるかと」
レルゲンがどうやって書いてあるのか確認するが、全くと言っていいほど理解できる文字ではなかった。
「確かに俺や中央の研究者にはただの落書きにしか見えないかもな。回収していなかった理由も分かる」
「ええ、研究者には自分の研究資料を守ることも必要ですから
ヨルダルクに詳しい人物がここを訪れる事は考えていなかったのでしょう」
「ざっくりでいい。今直ぐに読める内容はあるか?」
「少しお待ちください」
ディシアが紙に単語を書き留めながら、考える事数分。驚いた表情で
「そんなことが、可能なのですね」
と小さく呟く。
レルゲンの方を向いて手記の概要を説明するディシアの表情は、どこか晴れやかだ。
「簡単に言うと、研究所の場所に深域を選んだ理由と
転移魔法陣で繋ぐ距離の概算方法について書いてありました」
レルゲン達が知りたがっていた内容と合致した手記が見つかり、二人は大いに驚くと共に手を合わせて喜んでいた。
勢いでディシアもレルゲンのハイタッチに応えてしまったが、さっと合わせていた手を離して更に続ける。
「まず深域を選んだ理由は簡単です。
他の実力者が来たとしても深域のど真ん中に位置するここまで到達する事は
天歩の加護や念動魔術による飛翔が出来なければ不可能という研究内容の秘匿のためです」
「ナイトもここまでは飛んできたのか」
ディシアが頷き、続いて転移魔法陣についての解説をする。
「どうやらナイトは転移魔法陣の概算は自己流で行ったようです。
距離の概算方法は特殊な計算式で行なっているようで、今直ぐには分からないですが、こうも書いてあります。
ヨルダルクで秘匿している神託の巫女の占星術を使えば、距離の概算はもっと簡単だっただろう、と」
「なるほど、神託の巫女か。初めてディシアと会った時も神託の話をしていたよな。占いの類か?」
「簡単に言ってしまえばその通りです。
しかし、ヨルダルクを長く離れていたナイトはどこで神託の巫女に辿り着いていたのか…
占星術という単語も最高意思決定機関でも無ければ知り得ないような極秘事項のはずですが…」
「それはまた追々調べていこう。今はまず」
「神託の巫女の下へ参りましょう」
ディシアが手記を回収し、レルゲンと共に中央へ戻る。
途中ディシアはカノンから前に聞いていた水龍に一度会って話をしてみたいと考えていたが、グッと堪えて深域を後にする。
中央に戻ってから、レルゲンはディシアに神託の巫女の所在を尋ねる。
「ヨルダルクのとある田舎町にある農村に今は暮らしているはずです。
直ぐに向かいますか?」
「ディシアが疲れていなければ、すぐにでも行ったほうがいいだろうな」
「移動はレルゲンにお願いする形になりますから、私は構いませんよ」
「分かった。俺も行ったことのない土地だから数日はかかると見た方がいいだろうし
一応周りに報告だけ入れておこう。また怒られるしな」
「分かりました。では準備が出来次第、すぐに向かいましょう」
レルゲンは女王とマリー、セレスティアに神託の巫女について軽く説明すると
なるべく早く帰ってくるように伝えられはしたが、快く送り出してくれた。
レルゲン達が国を空けている間に、悪魔が用意した転移魔法陣を監視する塔の建設に注力するようで、
資材運びの為に騎士団が駆り出されて忙しなく動いているのがすぐに分かった。
「マリー、セレス。俺がいない間、国の護りを頼んだ」
「分かったわ」
「お任せください」
二人を同時に軽く抱き寄せて、肩を軽く叩いて離れる。
歩いて行くレルゲンの後ろ姿を見ながら、マリーがセレスティアに問う。
「セレス姉様。どう思う?」
「分かりませんが、ここはレルゲンを信じましょう」
「そうね」
再び数日分の外出支度を済ませて、レルゲンはディシアを連れてヨルダルクにいるとされる神託の巫女の下へと飛んでゆく。
数日間の飛行を経てようやくヨルダルクの農村地域に到着したのだが
ディシアはあまりレルゲンと話す事が出来ずにいた。
(折角の機会なのにあまり話せていないのは、やはり脈なしなのでしょうか…?)
「ディシア、そろそろこの辺りだと思うけど、巫女はどの辺にいるんだ?」
「もう少し先になります。進路はこのままで」
「分かった」
ディシアが下の景色を見やすいように、レルゲンは速度を落としながら進んでいくと
農村の小高い丘のようになっている一軒の木造家屋が見えてくる。
「あそこの丘に建っている家が、巫女の住んでいる場所になります」
「本当に田舎に住んでいるんだな。降りるぞ」
レルゲンが降りて行くと、一人の女性が降りてくるレルゲン達を出迎えてくれる。
「お待ちしておりました」
「俺達がここにくることがなぜ分かったんだ?」
「それは中に入ってからご説明します」
すんなりと初対面のはずの二人を通す金髪のショートカットの女性は
歳にしたらレルゲン達よりも少し若い見た目の少女のように見える。
この少女が神託の巫女なのだろうかと思いながらも家の中に入る二人。