38話 勇者と弟子
召子は少し小さめの女性タイプの悪魔と相対していた。
「貴女が私の相手なのね」
「はい。中央王国の勇者、最上召子です。こっちはフェン君」
「ヴァフ!」
「あらあら、勇者が相手なんてついているわ。ここで貴女を殺せば師匠に認めてもらえる!
アッシュ師匠の一番弟子、クロノ!」
「アッシュ…悪魔にも師弟関係があるのですね」
「そりゃあるわよ。弱い癖に個人主義の魔族連中と一緒にしないで欲しいわ」
「貴女が誰であれ、侵略してくるなら迎え撃つまで。行くよ!フェン君!」
「ワオォォン!!」
クロノはアッシュと同様に武器は持たず、その代わりに殺傷能力を底上げする鉄製の棘が付いているグローブを装着している。
(間違いなくアッシュと同じ近接系…!この悪魔の師匠と対等に渡り合えたなら勝てるはず!)
召子がフェンと共にクロノへ駆け出すと、クロノは軽く上下に飛び跳ねつつステップを取り
一歩目を蹴り出しやすいように迎撃体制を取る。
聖剣を大きく振りかぶってクロノに斬りかかると、鉄性の棘で綺麗に受け切られる。
「随分と器用なことしますね」
「そりゃあ、この動きだけは師匠も真似出来ないからね。私だけの特別よ」
膠着状態になっているクロノにフェンが噛みつき攻撃を仕掛けると
クロノは召子を一時的に押し込み、出来た隙間を使って後ろに跳びフェンの攻撃を躱す。
「二対一なんて卑怯なことしてくれるじゃない。勇者のくせに」
「今戦っているのはクロノと私、最上召子です。勇者の肩書きは必要ありませんから」
「それもそうね!」
今度はクロノが連続で拳の突き技を繰り出す。
一撃一撃はアッシュには遠く及ばないが
速度だけを見ればアッシュ以上の速さを誇っている。
聖剣の腹を使って上手く突き技を防御しつつ、フェンの攻撃がくるまでじっと耐える。
すかさず主人の危険を察知したフェンが飛びかかるが、クロノは再び後ろに跳びながらも
虚空に向かって下段からのショートアッパーを繰り出す。
「がはっ!」
どこでもない所に攻撃を仕掛けたはずのクロノの一撃は中距離以上の間合いがある召子の顎に命中し
膝から崩れ落ちる。
力なくその場に膝をついた召子に何が起こったのか、フェンは正確に見ていた。
虚空に放たれた右のショートアッパーは、青く、そして小さな魔法陣が形成されて
右腕が消えたと思いきや召子の顎下に魔法陣が瞬時に現れ、消えた右腕が出現し、正確に命中。
一連の流れを見ていたフェンはとにかく縦横無尽に走り回りながら少しずつクロノとの距離を詰めていく。
すかさずフェンを近づけまいとクロノが虚空に何度も突きや蹴りを繰り出し瞬間移動攻撃を仕掛けるが
転移先の魔法陣が出現した頃にはフェンは一歩か二歩以上も移動した後で
速度面でクロノの遥か先を行っていた。
「くそっ!」
クロノの表情が焦りを含み始める。
(勇者よりこの狼の方がよっぽどやり辛い!)
顎に当たった衝撃が多少治った召子はふらふらしながらも聖剣を地面に突き刺して身体を支える。
「フェン君!」
召子が大きな声でフェンを呼ぶと、フェンは素早く召子の後ろに戻る。
「あくまでも貴女が戦うってわけね、召子。勇者のプライドかしら?」
「そんなのじゃありません。ありませんが、こんな所で負けていられないんですよ!」
召子が吠えると空気が一気に緊張感を増していく。
思わず召子の、勇者の発する圧に気圧されたクロノは
自分が一歩引いてしまったことに大きく闘士としてのプライドが傷ついた。
拳に魔力を集中していき、必殺の技を繰り出す。
「ハッ!ハッ!ハァアアアアア!!!」
拳の前に魔法陣が出現し、一発、二発と力強く繰り出した後に、連続して拳を転移魔法陣に向けて放つ。
すると召子の上空にドーム状に覆い尽くすように青い魔法陣が出現し
クロノの魔力を込めた遠距離からの連続攻撃が無数に、そしてランダムな位置から繰り出される。
召子は〈魔力眼〉で遠距離からの攻撃を聖剣で防御するが
数が多すぎる余り全ては防げずに何発か身体に当たる。しかし急所だけは全て防御し、致命傷だけは避けていた。
クロノのスタミナが切れるのが先か、召子の防御に穴が開くのが先か我慢対決となったが
同じ地点で連続攻撃をし続けるクロノの無防備状態をフェンは見逃さなかった。
素早く背後に回り込み、速度が乗り切った瞬間にクロノに突進をしかける。
召子の方に飛んできたクロノを捉えるべく、聖剣での防御を止めてゆっくりと上段に構える。
既に放たれていた拳が尚も召子の身体を叩き、あざの数が増えていくが、これを歯を食いしばって耐える。
「やぁぁぁあああ!!」
聖剣を振り下ろされた瞬間、召子は見た。否、見てしまったが正しいだろう。
あんなに勝ち気だったクロノが斬られる瞬間に少女の顔に戻り、斬られる事への恐怖に満ちた顔を。
それでももうこの剣は止められない。止めては行けない。
躊躇仕掛けた攻撃を、大声を出し続ける事で覆い被せてクロノを聖剣で両断する。
斬り伏せた召子の表情は見えない。
サラサラと塵になったクロノは、風に吹かれて流されていた。