37話 マリー vs ナイル
一方マリーはというと、同じく両手剣を持った悪魔と対峙していた。
「悪魔も武器を使うのね」
「そうさ、私を素手だけで戦う野蛮な奴らと同じにしてほしくないわ」
お互いの武器が勢い良く衝突し、火花を散らしながら何度も剣を上段から繰り出し合って力比べをする。
人間のマリーが悪魔と対等以上の力で渡り合っていることに、余程驚いたらしく、悪魔が名乗りを上げる。
「貴女結構やるじゃない!私はナイル。貴女のお名前、聞かせてくれるかしら?」
「随分と礼儀正しいのね。いいわ、私はマリー、マリー・トレスティア」
鍔迫り合いをしながら名乗り合い、少し笑い合う。
「力比べは五部と五部。なら早さならどうかしら?」
瞬間、鍔迫り合いを止めたナイルがマリーの背後に回り込み、突き技を背後から繰り出す。
マリーは両手剣を片手に持ち替えて、振り向いて剣同士を合わせて突きの軌道を逸らす。
「あは!いい反応ねマリー!」
「それはどうも」
今度は速度戦に移ってゆく。
お互いの速度を存分に活かして剣と剣を打ち合わせる。
これもまた五部の戦いを繰り広げていたが、徐々にマリーの神剣が白く輝き始めて速度が上がっていく。
それからはマリーがナイルを押してゆき、細かい切り傷を与えてゆく。
(この娘、打ち合う度にどんどん速くなってきているわね。ゾクゾクしちゃう)
(押しているのは私なのに、あの顔。やりづらいわね)
連続剣の加護でどんどんと押してゆくマリーだが、イマイチ決め手に欠けていた。
それを嫌ったマリーが勝負を決めるべく、風の上位魔術を神剣に付与する。
「テンペスト」
「…!」
風が巻き上がり、見えない刃が神剣を覆い包む。
更に高速で移動しながら連続で打ち合う度にナイルの傷が深くなってゆき、黒い鮮血が迸ってゆく。
(これでもまだ表情はそのままなのね!)
仲間の事を野蛮な奴らと言ってはいたが、ナイルの戦い方に優雅さはまるで無く
寧ろ肉を切らせて骨を断つ泥臭い戦い方だった。
「ナイル、貴女変よ」
「どこが?」
「貴女私に斬られているのに、どうしてそんなに余裕なのかしら、ね!」
マリーが上空に飛び上がってから念動魔術で落下速度をプラスして上段から神剣を叩きつける。
ナイルがマリーの渾身の一撃を正面から剣を水辺にして受け止めると
ナイルが踏みしめている大地が大きく沈み、全身の骨が軋む。
「斬るっていうのは、大して傷にもならない、すぐに治ってしまうこの傷の事を言っているのかしら?」
「はぁ!全くもってやりづらいわね!
いいわ、この手は使いたくなかったけど仕方ない!」
マリーが一度距離を取り、目を閉じて集中する。魔力では無い別の何かがマリーを包み、一気に雰囲気が変わる。
(来る…!)
ナイルが剣を構え直し、マリーの一撃を真正面から受け切る。
しかし、ナイルの持っている剣が根本から切断され、左腕を落としたところで剣が止まる。
腕からは先ほどとは比べ物にならない量の黒い鮮血が流れ落ちるが
ナイルが斬られた左腕を見て一瞬意識を集中すると、血が一瞬の内に治ってしまう。
「そのまま両断するつもりだったのに、随分と頑丈な体をしているのね、ナイル?」
「ええ、鍛えているもの!」
腕の即座再生はしなかったが、一瞬で血が止まった所を見ると
長期戦になればきっと回復してくるとマリーは考えて、決着をつけようと一歩踏み込もうとした瞬間。
「本当に貴女はいい敵…これならこの姿で戦っても良さそうだわ!」
(片腕を無くしてまだ奥の手があるというの?!)
ナイルの魔力が急激に高まってゆき、片手で握られた剣を地面に突き刺して雄叫びを上げる。
「オオォォォォォアアアアア!!!!!」
獣の咆哮に近い雄叫びを上げたナイルは、巨大な異形へと変化していた。
「待たせたわね、マリー。出来ればこの姿にはなりたくなかったけど、貴女相手なら喜んでなるわ!この醜い姿に!」
「いいえ、醜くなんてないわ。素敵よ、アナタ」
それを聞いたナイルが少しキョトンとした顔になるが、すぐに口角を上げてマリーへ突っ込んでいく。
マリーはまだ動かない。ナイルが大質量の突撃をしてくる。衝突する寸前のところで、マリーは消えた。
片腕で振られた神剣は、ナイルの首筋へと吸い込まれる様に伸びてゆき、容易に首を落とした。
首だけになったナイルはまだ消滅せず、マリーへ向けて感謝の言葉をかけた。
「とっても素敵なデート。貴女に感謝するわ、マリー」
「私も誇り高く戦う貴女のこと嫌いじゃない。楽しかったわ、ナイル」
「ふふ」
満足そうに塵へと消えていくナイルを、マリーはただじっと見つめていた。