35話 盗難事件
メテオラに来てから四日目のこと
一通りメテオラを満喫したレルゲン達は、宿を出て最後のお楽しみスポットである、浮遊魔石を祀っている祠に訪れていた。
「これでメテオラを完全制覇ですね!」
ミリィが軽くリズムを刻みながら前を歩く。
「前見ないと転ぶぞ」
「大丈夫でっ、わぁぷ!」
「言わんこっちゃない」
「えへへ、本当に転んじゃいました」
石畳みに躓いて体勢を崩し、尻餅をつくミリィ。
レルゲンが手を貸してミリィが立ち上がると、少し恥ずかしそうに顔を赤くして
「あ、ありがとうございます…」
と小さくお礼を返す。
しかし周りに人が少ない。
祠に向けて歩いていくと、どうやら祠前に人だかりが出来ているようで
よく見ると衛兵のような格好していたグリフォン隊でも見た顔ぶれのリーダーがいた。
レルゲンがリーダーに向けて声をかける。
「どうしたんだ?」
「おお!空飛ぶ方々。実はこの祠には浮遊魔石の一部が祀られているのですが
何者かが錠を破壊して中にある浮遊魔石を持ち出したようなのです。
「盗賊か?」
「恐らくではありますが、イタズラの線は薄いかと。ここにくるまでの飛行線では再三警告を放送しておりますので」
「そうか」
浮遊魔石が発している特殊な魔力は既に覚えている。魔力感知範囲を全開にするがレルゲンの範囲には反応がない。
セレスティアを見たが、こちらも反応が無いと首を振っている。
「今離陸する飛行船は止めたのか?」
「ええ、発覚してからはこの通信機ですぐに飛行船を飛ばさないように指示が出されておりまして、賊が逃げるのにも足がありません」
「なら、飛行船で待っている人達の荷物検査をすればいずれは発覚するのでは無いか?」
「ええ、しかし賊がもし上位魔術のハイド・スペリアによる隠蔽魔術の使い手の場合は、そのまま持ち物検査を通過してしまう恐れがあります。
恥ずかしい話、我々ではこの隠蔽魔術を看破する手立てが無く、何か見破る手立てはありませんでしょうか?」
「例えば魔族が紛れ込んでいて、その魔族が持ち出しているのなら隠蔽魔術を看破できる方法ならある。
だが、浮遊魔石に直接隠蔽魔術がかけられている場合は発見が難しいだろう。
それでもよければだが、協力が必要だろうか?」
「ええ、是非。おありがたい申し出、感謝致します」
観光を切り上げたレルゲン達は中央の島にある飛行船の発着場に戻り、魔族が紛れ込んでいないか確認する。
セレスティアが温度探知を片目のみで行い、魔族が紛れ込んでいないか確認したが、反応は無く賊の発見には至らなかった。
「すまない。こちらでも確認はしたが、魔族はどころか魔術師すらいなかった。
隠蔽魔術の線は消してしまってもいいかもしれないな」
「分かりました。それだけ分かれば捜査も進めやすくなります。ありがとうございました」
「いいんだ。俺達はこれでもう帰るつもりだが、また縁があればここに来させてもらうよ」
「代表に変わり私からご挨拶を。またのお越しをお待ちしております」
軽く手を振ってその場を後にするレルゲン達。
グリフォン隊のリーダーと離れてから、レルゲンがセレスティアに問う。
「それで、実際のところはどうなんだ?」
「はい。巧妙に隠してはいましたが、間違いなくアッシュと名乗った悪魔と同種の魔力残滓が確認できました」
「アッシュとはまた別の悪魔か…奴らは一体何のために浮遊魔石を盗んだんだろうな?」
「分かりませんが、碌でも無いことに利用しようとしていることは確かですね」
「そうだな。一応ここの長のスカイだけには報告を入れておこう。
俺達ですら手を焼く相手だ、ここの衛兵が下手に手を出せば大量に死人が出てしまう」
全員が頷き、スカイの部屋を訪れて説明すると
「ご報告とお気遣いをありがとうございます。
そうですか、悪魔による転移で既にその場からは消えてしまっていると…」
「この事は俺達の女王陛下にも報告はさせてもらう。出過ぎた進言かもしれないが、メテオラの警備をもう少し上げる必要があるとだけ言わせてくれ。
悪魔が好き勝手に動くようになると対処がどうしても遅れてしまう」
「ご忠告ありがとうございます。しかし、あなた方は一体…?」
「中央王国の王女様がお忍び旅行だ」
「なるほど、皆さんお強いわけです。中央王国にはクラウドホルス討伐の感謝状を送らせて頂きます。
また是非メテオラにいらして下さい。お待ちしております」
それからレルゲン達は少し早いが中央王国へ帰り、暫くの間は日常が戻ると思われたが…
「女王陛下、緊急のご報告がございます」
影の一人が女王に向けて額に汗を滲ませながら、火急の報告を行ったことで、再び事態が動き始める。