第一章 11話 レルゲンの過去 改稿版
旧王朝がまだ栄えていた頃、いや、革命により没落する前、
レルゲンは庭で遊んで、勉強して、少し昼寝をして、また勉強して。
そんな王朝の中では平和と呼べる日常だった。
幼い頃は常に両親の言う通りに生活し、
決まった事を決まった通りにこなす日々。
そんな日々にも疑問は持たずに、二年の月日が流れた頃、
ある魔術師が小綺麗な鞄を片手に訪問してきた。
「皆さん、本日はお招き頂き恐悦至極。
私はナイト、ナイト・ブルームスタットと申します」
「ようこそナイト殿、我が王朝へ。
さっ、長旅でお疲れでしょう。どうぞお寛ぎを」
レルゲンの父が挨拶を返す。
普段は自分こそここの主人だと言わんばかりの態度だが、
このナイトと呼ばれた人物は、
父が畏まった態度に出る程の人物なのだろうか。
幼い頃のレルゲンは新鮮な気持ちになり、
それは青年になった今でも鮮明に覚えていた。
「おや?そちらが“例”の?」
「ええ、シュトーゲンになります」
初めは父の後ろに隠れたが、勇気を振り絞ってナイトに挨拶を返す。
「レルゲン・シュトーゲンです。初めまして」
「とっても礼儀正しい子ですね。初めましてこんにちは。
今日から貴方の魔術の先生になりました。
これからよろしくお願いしますね。シュトーゲン君」
ナイト先生の授業はとても難しく、
魔術理論に関してはさっぱり理解できなかった。
それでも、何日かに一度の課外訓練は楽しかった。
「ねぇナイト先生、今日は何を教えてくれるの?」
「そうですねぇ、シュット君は座学がまだまだですが、
実技が素晴らしいですからね。
今日は念動魔術について教えようと思います」
「それ知っているよ!お屋敷の人がよく使っている、
魔力の糸を使うんでしょ?」
「そうです。でもこの魔術は、
お屋敷で使える人はいないと思いますよ」
「そうなの?どうして?」
「魔力で糸を作らず、
ただ自分の意思のみで有りとあらゆる“事象の操作”ができる魔術です」
「事象の操作?」
ニコッとナイト先生が笑う
「例えばそうですね。シュット君、今欲しい物はありますか?」
「うーん、新しい剣が欲しい!」
「それはまた何故でしょうか?」
「お父さんが言っていたの。
真の戦士は、剣と魔術、どっちも一流?なんだって!」
「それは素晴らしい考えですね。
私は魔術以外が全くなので、もしそれができるようになったら、
シュット君は私以上になれますよ」
「ホント!?」
「えぇ、本当です。話が少し逸れましたが、
剣が欲しいと言っていましたね。あちらを見てください」
言われるがまま指差された河原を見る。
するとそこには不恰好ながらも、剣と呼べる代物があった。
「剣だ!でも元々あそこに用意していたんじゃないの?」
「おや、疑っている様子。ではお見せしましょう。真の念動魔術を」
手はかざさず、身体に力も入れず。入れたのは魔力。
目に集中された魔力が、ナイトの眼光を煌びやかに写す。
川から黒い砂のような物が巻き上げられ、
棒状に整列させられた後に、ギュッと固められる。
するとその砂のような塊が白く、
赤く光り出したかと思えば、川に浸けられる。
ジュワッと水蒸気が立ち、
引き上げられた物は正しく剣と呼ばれる形状をしていた。
「今は丁寧に見せたので川に浸けましたが、
慣れればこの工程を省く事も出来るようになりますよ」
「どうして?」
「それは“ここ”に答えがあります」
トンっと握った拳で胸を優しく叩く。
「良いですかシュット君。
魔術の元、つまり発動させるトリガーはいつだって胸の中にあるのです。
私が今言ったことを理解できるようになれば、
シュトーゲン君、君は立派な魔術師になっている事でしょう」
ナイト先生との会話は今のが最後となった。
程なくして屋敷は現王国の開祖である、
ダクストベリク王によって革命がもたらされ、
レルゲン家の長男だったシュトーゲンは
当然その身を追われることになったのだが、
ナイトによって後の中央である街の路地へと転移魔術によって飛ばされたのだった。
最初は訳のわからない場所に戸惑ったが、誰も助けてくれる人はいない。
まだ五つの温室育ちが、己が身一つで生活しなければならない。
レルゲンがここまで生き残ったのは奇跡と言って良いだろう。
「俺が覚えているのはここまでだ。
それからは最後に教えられた魔術で必死に日銭を稼いで生活していた」
「なんで貴方こそ、こんな遠い街まで来たの?」
「街暮らしは合わなかったんだろうな。
転々と自然が豊かな場所で暮らして、
日銭が必要になったら今回みたいに適当な大会に出て稼いでいたよ。
それこそ大会で念動魔術を使えばきっと足がつく。
バレないようにするのに苦労したよ」
「なんだか貴方の話を聞けてよかったわ。
話してくれてありがとう。でもどうしてハクロウには始めから使っていたのよ?」
「あの年寄り、俺がもう一体のユニコーンを倒した時に見ていたんだよ。
ほら、あの後別れる時に口をパクパクして煽っていたろ?」
「あの時ね。って待って、ユニコーン二体いたの?!」
「魔法陣のところにね。誰にも見つからずに倒せたと思っていたが、
気配の消し方が甘かったらしい、ほら」
二階からユニコーンの角を二本、念動魔術で持ってくる。
並べられた二本の角はマリーの手の上にそっと乗せられる。
「本当だ。でもこの角、二本で色が少し違くない?」
「ん?あぁ、確かに言われてみれば違うな」
「違うな、じゃないわよ!このオレンジの方!
本で見たことあるけど、五段階目の亜種じゃないの!」
「そうなのか?遠目から不意打ちした方だと思うが、
五段階目だったとは…」
「これはまだまだ話しがいがありそうね」
「勘弁してくれ」
それから彼女が解放してくれたのは、深い夜の、静かな夜まで続いた。
次の日、女店主が飲むタイプの回復薬を取りに行っている間、
レルゲンとマリー、店主の娘と三人で店番をしていた。
「どうして俺まで」
「貴方のために店主さんが取りに行ってくれているんだから、
文句言わない!はい!三番卓ね」
「はいはい」
念動魔術で三番卓に料理とお水を配膳する。
「ここの店は、料理が飛んでくるのか!すげー!」
驚きと好奇心が抑えられない冒険者の面々。
この宿屋に泊まれるだけの稼ぎはあるのだろう。
机の横に置かれている武器を見ると何となくの力量が見て取れた。
(俺も市販されている物じゃなくて、
オーダーメイドの剣が欲しくなってくるな)
料理を店主の娘と作っているマリーに声をかける。
「なぁマリー」
顔は向けず、視線は料理に向いているが、返事をよこす。
「なあに?」
「中央で有名な鍛冶師っているか?」
「それって」
思わず包丁が足元に落下する。店主の娘が思わず叫ぶ。
「お姉さん危ない!!」
「おっと」
落下した包丁はマリーの腰の辺りまで加速したが、
空中で緩やかに止まる。
思わずこちらに駆け寄ってくる。
マリーが両手を少し広げたところで止まり、
両手をさっと下ろしてから。
「本当に?来てくれるの?」
「お邪魔でなければ」
「やった!鍛冶師でもおいしいお店でもなんでも紹介するわ!
任せて頂戴!」
小さくガッツポーズをするマリー。
よほど嬉しかったのだろう。
この笑顔を見ていると、なんだか昨日の思いつめたマリーの顔が嘘のようだ。
別れの日、当日
「今までお世話になりました」
「回復薬ありがとう。ハクロウの分まで。また来るよ」
「いいんだよ、水臭い。
あんた達が店番してくれた時は久しぶりの繁盛だったんだ。
礼を言いたいのはこっちの方だよ」
「お兄さん…お姉さん……今までありがとう!本当に!本当にまた来てね!」
「ああ、約束だ」
「そうね、また彼と一緒にここに来るわ。約束!」
街の入り口で渋めの着物を羽織った剣豪が、二人を待っていた。
「別れは済ませたかい?お二人さん」
「ええ──ね?」
マリーがこっちを見る。
「ああ」
「そうかい」
彼にとっても、彼女にとってもニ回目の中央帰り。
この街では珍しい、
穏やかで温かな風がニ人の新たな門出を優しく送り出しているようだった。