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 私は富と地位も持っている。 だが、それだけだ。 後、一つアレさえ、持っていたら人生楽に生きていけただろう。

 私に足りないものは……そう、容姿である。 ミルクティー色といえばいい印象を持つが、実際はただの色素が薄い茶髪である。 それに、小ぶりの鼻に小さな瞳。 全体的に小さめな顔のパーツのせいで地味な顔である。 兄達は華やかな顔をしているのに、私だけ地味な顔である。 父方の祖母にそっくりらしい。 それに、兄達は手足が長い上に背が高く、スラリとした体型だ。 またしても、兄達とは正反対の体型である。


 何故、私だけ……。容姿がよかったら……。


 私は、ルースト侯爵家に生まれた令嬢である。 年が離れた兄が三人おり、初めての女の子として生まれた私はそれはもう、可愛いがられて育てられた。 そのせいで、勘違いをしていた。 私は自分が可愛いと……。

 それが勘違いだと気づいたのは、とある兄妹と出会った時のことだった。


「ほら、エレイン。 ご挨拶して」


 母から紹介された彼らはヴィスト伯爵家の兄妹だった。 彼らの母と私の母が幼馴染でとても仲がよく、この日、初めて彼らのことを紹介された。 それが七歳の時だった。 紹介されなかったのは今まで、王都ではなく領地の方で暮らしていたからだそうだ。 だから、今回は戻ってきたので、久しぶりに会うことにしたそうだ。


「…………はじめまして」


 緊張から母のドレスの裾をギュッと握り、声も小さくなってしまった。


 私と同じ年の妹と一つ上だと言う兄の二人は私を見てから、二人は顔を見合わせた。

 不思議に思いながらも、今まで生きてきた中で見たことがないほど、人形のように麗しい姿を持っている彼らの顔をジッと見つめた。 サラサラの銀髪に、夜空を閉じ込めたような瞳。 目が惹きつけられる。 この時はきっと、声も可愛いのだろうと思っていた。


「全く可愛くないね」


 思った通りに可愛らしい声だったが、言葉は全く可愛くなかった。

 その言葉を放ったのは兄の方で、この場が凍りついたのがわかる。 彼らの母である彼女は彼らに似た顔をサーと青ざめていった。


「トワ! 何てことを言うの⁈」


 少年の名前はトワと言った。 その妹は兄の後ろに隠れながら、私のことを見たが、すぐに視線を逸らした。 後日、彼女の名前がフィオナということを知った。


 この最悪な出会いを果たした私たちはこの後から何度も会う仲になるなんて、この時は思いもよらなかったのだ。


 しかし、会うたびに、トワの方は挨拶代わりというように 「今日も可愛くないね」 と言われる。 初めの内は 「そんなことないもん」 と言い返していたが、すぐに自分の容姿が優れていないことに気づいてからは口を噤んで、彼を睨みつけるだけになった。

 妹のフィオナの方は段々と仲良くなった。 どうやら、彼女は人見知りだっただけで、話してみると、優しくて、良い子だった。 だから、私達はすぐに仲良くなったのだ。 その様子を見ていた私達の両親達は安心して見守っていたが、私にとっては出会わなければ良かったと段々思うようになったことを誰も知らない。


 何故なら、とても容姿に優れた兄妹だ。 注目の的にならない筈がない。 小さな頃は、私も自分のことを可愛いと思っていたので、注目を浴びても、何も思わなかった。 二人の次くらいには可愛いから見られても仕方がないと子供ながらに思っていたからだ。 しかし、そうではないことに気がついたのは、ある子爵家で行われたお茶会だった。 両親と一緒に来ていたが、子供だけで集まっていた時だった。 皆、ヴィスト兄妹には一生懸命に話しかけるのに、私が口を挟むと、無視をする。 最初は気のせいかと思っていたが、何度も続くと、気づくのだ。 彼らが話したいのは私と一緒にいる兄妹で、私とは話したくないのだと。

 決定打は、兄妹に一生懸命話しかけていた彼らが隅で話していた内容を聞いてしまったからだ。


「トワ様達に話かけているのに、隣の奴も話に加わって邪魔だよな」


「そうそう! 全く可愛くないのに、フィオナ嬢の隣にいるのはおかしいよな」


「ハハハハ。 確かに、全く可愛くないから、フィオナ嬢の可愛さがさらに引き立つよな」


 そんな心に傷を作る言葉を聞いてしまった時は、兄妹の顔を見ることができず、家に帰って泣いた。 兄や両親達はすごく心配したが、そんな会話をされたなど、私のことを可愛い、可愛い、と言ってくれる彼らには話すことができなかった。 私が可愛くないと彼らに気づいてほしくなかったからだ。


 その日以降、私は自分が可愛くないと気づいて、彼らと一緒にいることが億劫になり、ヴィスト兄妹から距離を取ろうとしたら、不思議そうな顔をした後に、フィオナに泣かれた。 そのせいで、私はトワに説教されるし、フィオナに至ってはずっとくっついて離れなくなったので、それ以降、今の今までにずっと一緒にいるのだ。 しかし、年頃になった今、私は真剣に悩んでいる。


「すみません! エレイン様。 僕、フィオナ様を好きになってしまいました」


 またか……。


 私に頭を下げているのは、もう少しで婚約者になってくれそうだった、男爵家の子息である。 大人しそうな見た目に丸いメガネをかけた青年で、本好きということで、同じく本が好きな私は、彼と仲良くなった。 彼を好きになるのに時間はかからなかった。


「別に大丈夫です」


 無理やり作った笑顔を彼に向けると、ホッとした様子を見せた。 それを見て、私の心はまた傷つく。


 まただ。 また、好きな人を彼女に取られた。


「エレイン!」


 彼が私の元を去って行った後に、可愛らしい声で、私の名前を呼びながら走ってくる。


「…………フィオナ」


 成長したフィオナはさらに美しさに拍車がかかっている。 側を通れば、誰もが振り返る彼女は相変わらず、私の側にいたがる。


 眩しい彼女の笑顔から視線を逸らすが、フィオナは目が合わないことを不思議に思って、顔を覗き込んできた。


「エレイン? どうしたの? 大丈夫?」


 心配そうに私を見つめる彼女は優しくて、いい子だ。


 だから、私が好きになった人は、皆、彼女を好きになった。 初めの内はフィオナに好きになった人のことを話して、その彼に紹介とかもしていたから、彼女のことを好きになるのもおかしくはないと思っていた。 だが、最近では、好きな人の話など、彼女には話していないし、さらには紹介など、一切していないのに、どこから話が漏れたのか、いつの間にか、フィオナと知り合っていて、彼女のことを好きになっている。


「私の側にいるから……?」


「エレインの側? 私はエレインの側にいるの大好きよ! エレインのことが大好きだから!」


 私の呟きを勝手に解釈したフィオナはそう言って、ギューと強めに抱きしめられる。


「…………ありがとう」


 このままでは、婚約者ができない可能性がある。 これでも、年頃の令嬢だ。

 だから、私は考えた。


「こんにちは」


 次の日、フィオナの屋敷を訪ねた。 勿論、私が行くことを彼女には伝えていない。


「ようこそ、お越しくださいました。 エレイン様」


 この家の執事であるジャンが側まで来て、軽く頭を下げた。


「今はお嬢様も奥様もお出かけになり、いらっしゃらないのですが……中で、お待ちしますか? もうすぐ、お戻りになると思いますので」


「そうなのね。 なら……中で待っているわね」


 勿論、そのつもりで来たのだ。 彼女がいない今がチャンスなのだから。


 しかし、この屋敷の人達は、いつも、私のことをすごく歓迎してくれる。 フィオナに始まり、奥様や旦那様……それに、メイドや執事までだ。 今は、応接室に通されて、沢山のお菓子を目の前に、お茶を飲んでいるが、奥様がいる時は必ず、一緒にお茶をしている。 そして、そのまま、晩餐までご馳走になって……そのまま、お泊まりになったりする。 来たが最後……何故か、中々家に帰してくれないのだ。


「美味しい」


 お茶をゆっくりと味わいながら、ほっこりとしていると、目の前の男は長い足を組みながら、こちらを見て、不敵に笑っていた。


「君は、今日も可愛くないな。 お茶を飲んでいるのに、優雅さが足りないね」


 相変わらず嫌味を言ってくる男はフィオナの兄であるトワだ。 フィオナそっくりな綺麗な顔に、いつもにこやかに笑っている姿から、巷では銀髪の貴公子というあだ名がついている。 私には嫌味しか言わないが。


「…………美味しい」


 彼を無視して、お茶にもう一度、口付ける。


「フィオナは出かけているよ」


「知ってます」


「せっかく、暇をしているだろうから、相手をしてあげようと、来てあげたというのに……」


 彼はやれやれ、と首を軽く振り、お茶に口付けた。


 その様子を見て、軽く睨んだが、彼は素知らぬ顔だ。


「……別に大丈夫です。 私は、フィオナに用があって来たわけじゃありませんから」


「フィオナじゃないなら、何なんだい?」


 私の言葉にすぐに反応した彼はこちらをジッと見つめた。


「好きな人に告白をしに来ました」


「…………はっ?」


 聞こえなかったのだろうか?


「だから、好きな人に告白をしに来ました」


「えっ⁈」


 彼女の言葉を聞いたトワは平静を装うように持っていたカップを元の位置に戻した。 しかし、手を振るわせながら。


「…………待ってくれ」


「はい?」


「ありがとう」


「いや、この 『はい』 は、違うものです。 意味がわからない方です」


「しかし、こういうことは、男の方から言わなくては……」


「………………」


 あれ? なんだろう? この感じ……。 すれ違っているというか、なんというか……。


「あの……トワ」


「なんだい?」


 名前を呼ばれ、こちらを見た彼の耳は赤くなっていた。


「今から、告白をしに行こうと思うので……席を外しますね」


 フィオナが居ない、今がチャンスなのだ。 トワに構っている暇はない。


 そう思って、彼に声をかけて、席を立とうとしたのだが……。


「はっ⁈ ちょっと、待て……。 告白をしに行く? ……しに行く⁈」


 トワは一人で軽く騒いでいる。 そんなに、驚くことだろうか……。


「では……」


「まっ、待ってくれ!」


 彼も同じように立ち上がり、私の行く道を塞いだ。


「もうっ! なんですか?」


 彼の行動がよくわからなくて、大きな声が出た。 トワは一瞬だけ、驚いたような顔をしたが、すぐに平静を取り戻して、にっこりと笑った。


「エレイン。 僕の顔を見て」


「えっ? 何でですか?」


「いいから」


 にっこりと笑った彼の言われた通り、ジッと見つめる。


「…………?」


 特に何も起きないので、首を傾げた。


 すると、彼は急に手で顔を押さえ、頭を抱えた。


「……やっぱり。 エレインには効かない」


「えっ?」


「……エレイン」


「何ですか?」


「落ち着いてくれないかな?」


「私は落ち着いています。 もう……いいですか?」


 このままでは、フィオナが帰って来てしまう。


 彼の横を通り過ぎようとしたら、腕を掴まれた。


「エレイン。 君では無理だよ。 ほら……その……」


「何ですか?」


 私から目線を逸らすトワを見上げながら、軽く睨んだ。


「ほら……あれだよ……。 君は可愛くないからね。 この前のように振られてしまうのを心配しているんだよ。 ……見ていられないから」


「…………可愛くないのはわかっています」


 何度も言われなくても、私が可愛くないことなど、自分が一番知っている。

 だから……振られてしまうこともだ。


 彼の言葉が心に刺さり、傷を作る。 少しだけ、涙目になりながら、もう一度、今度は思いっきり睨んだ。


「もういいですか? 振られても、トワには関係ありませんから!」


 腕の拘束が緩んだ。 その隙に、彼から腕を無理やり振り払った。

 そして、早々に彼の横を通りすぎて、部屋を出た。 部屋には放心状態のトワを残して。

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