Prologue:新しい医療
プロローグです。第1章は全て書き終わっているので投稿が途切れることはないはずです。
「はい、お次の方」
「あ……はい」
味気のない白い箱には毎日多くの人が訪れる。ここは精神科が入る大病院で、最新の医療が提供されていた。
この病院は丁度私の職場と提携していて、受診することになった。
「失礼します……」
私は診察室のドアを開ける。私はこれまで『精神科』というものには縁がなかったため明らかに緊張していた。心なしか私の声は弱々しい。
「……えー、箱庭さんですね。事前のアンケートありがとうございます。ai判定ではC類に分類されていますので、このまま診察始めますね」
「あ、分かりました……」
私の担当の医者はかなり若い青年だった。ネームプレートには、『精神科科長』と書かれていた。この歳で科長とは、私のような人間とは違って本当に優秀なんだろう。
医者は私に色々と質問をしていく。先ほどのアンケートの確認もあれば、全く新しい質問もある。
「──えーと、それで1週間前に電車に乗れなくなったと」
「はい……1週間半前くらいでしょうか……ものすごい仕事で疲れた日の次の朝の通勤の時に、違和感があって……そのまま違和感が続いて1週間前には完全に……」
「それで、仲の良い人間とであれば安心して乗れるということでしたね」
「そ、そうですね……今のところは」
箱庭善、38歳。とある企業に入社して15年の私は現在、通勤もままならない状況に陥っている。最初は疲れだけかと思ったが、家で寝て休んでも体が思うように動かなくなり、電車に乗っていると吐き気がするようになった。
このままでは仕事にならず、飢えることになるかもしれない。焦った私は医者に私は自分の思うことを全て話すことにしたのである。
結果は案の定……であったが。
「でしたら、今最新の治療法を試してみますかね。ちょっと待っててください。取ってきます」
「最新の治療法?」
医者は何かを取りに診察室から出たとおもったら、数分後、かなり分厚い『冊子』のようなものを抱えて戻ってきた。
「これ、『説明書』なんですけどね」
「は、はぁ」
「箱庭さん、『精神科AI』ってご存知ですか?」
「え?」
『精神科AI』。そういえば、少し前にテレビのニュースで見た記憶がある。なんでも、最近医療現場においてAIの使用が前とは比べ物にならないくらい活発になっていて、AIロボットが何かの治療に使われている、とか。もしかしてそれのことだろうか?
「実はですね、今、精神科を受診している人のメンタルケアを『精神科AI』と呼ばれるロボットにやってもらう試みが行われているんです。……あ、もちろんそうは言ってももう既に試験で効果は検証されていますよ」
「な、なるほど?」
「ちなみにAIロボットはリースなので、箱庭さんが払うお金はほとんどありません。保険適用ですし、この後説明しますので、良かったらやってみて下さい」
「分かりました……」
私はその『精神科AI』なるものの説明を受けた。ロボットの仕組みなど、聞いても分からない箇所はあったが、画期的なロボットであることは理解した。
ようするに孤独を感じてしまう人間をサポートするロボットらしい。しかも、依存性のないように調整され、臨床試験では全員が自立できるようになったとか。
「……あ、じゃあ、お願いします」
「分かりました」
私は渡された書類にサインをした。こんなに電子媒体が流行し、メンタルケアもAIロボットがやる時代であっても紙にサインをするというのは一周回った感じがある。
「──はい、これで大丈夫です。それではさっそく、AIロボット使用のための『キー』をお渡ししますね。それと、AIロボットは明日貴方の家に郵送されますので、今仕事は休職中ということですから明日は家にいてください」
「……はい」
情けない返事をして、私は自宅への帰路についた。幸い精神科が入るこの大病院は私の家から近く、自転車で帰ることができる。このような状態で公共交通機関を利用するのは現実的ではなかったので運が良かった。
「……」
自転車で地元を走り抜けると、心地の良い夜風が体を通り抜けた。不思議と体が軽くなった気がした。
***
──次の日。私は医者に言われた通り家に籠っていた。何時に届くかは指定がなかったので気ままに待っていたのだが、12時を過ぎたころ私は少し食欲が出て出前を注文することにした。最近はあまり食欲がでなかったのだが、今日は好物のファストフードが食べられそうだったので少し嬉しい。
「ふ……」
30分ほどすると配達員がマンションの玄関の前に置き配をした。私はドアを開けそれを取ると、部屋に戻って袋を開けた。
久しぶりのファストフードは体には悪いかもしれないがとても美味しかった。
「……そろそろ届くかな?」
ふと、昨日医者にもらった『キー』を取り出した。黒と銀でできたシンプルなデザインの『キー』は、届いたAIロボットの背中部分にタッチして認証するためにあるらしい。
私は久しぶりに心が躍っていた。何故かは分からないが、新しい何かを感じたからかもしれない。
『ピンポン』「〇〇運輸です」
「……お」
チャイムが鳴る。私はすぐにオートロックを解除した。
そのまま玄関に向かい、待機する。
『ピンポン』
「はい」
「あ、〇〇運輸です。特殊配送なので、サインをお願いします」
「あ、はい」
サインをすると、運送会社の彼は学習机と同じくらい大きな段ボールを私の家の玄関に置いた。こんなとき、大きめの家に住んでいて良かったと思う。
運送会社の彼を見送ると、私はさっそく事前に貰った説明書の手順通りにまず段ボールを空け、中の白い箱を開け、その中に入っている黒い箱の鍵穴に例の鍵を入れた。
そしてパカっと開かれた箱の中には、包装されたAIロボットがいた。
「……」
「……」
私はその体を抱きかかえ、リビングに寝かせた。
写真で内容は確認していたのだが、想像していたよりも実物はだいぶ大きい。普通に人間と同じサイズ感だった。
それになんというか、本当によくできている。不気味の谷だったか。それっぽいことを聞いたことがあったが、このロボットを見ても不安になる感じはない。 確かにそう言うふうに見ればところどころロボットっぽい素材のようには見えなくはないけれど、普通に見たら多分人間と見分けはつかない。
「えーと、これで」
充電式で、3時間家庭用コンセントで充電すると1か月は動くらしい。なんでも最新式のバッテリーだとか。発火の危険もなくて安心だ。
「よし」
設定などは特に必要ないので、私は3時間、気長に待つことにした。
とりあえずネットを開いてみたが特別調べることもない。社会人になってからここまで時間を無駄に使ったことは初めてかもしれないが、これはこれでたまには良いかもしれない。
気づけば3時間などあっという間であった。
「じゃあ、起動させるか……」
背中の小さなランプが赤色から青色に変わっていることを確認した。
私は少し緊張しながら、『キー』を取り出す。
そしてかざした。
「【起動】【システムをインストールしています】【完了しました】【精神科AI:No.7413セット完了】【行動を開始します】」
AIロボットは抑揚のない声でそう言うと、寝ていた体を自動的に起こし、私の方を向いた。
「【はじめまして、私は精神科AI:No.7413です】【私の名前を設定してください】」
無機質な声にが、だんだんと声が人間のように感情的になっていくのが分かった。
「あ……えっと」
(おかしいな……説明書にそんなこと書いてあっただろうか?まぁでも、そう言うなら考えるか?)
「えーと……じゃあ……命なんてどうかな?いのちって書いて」
「【承知いたしました。では、私は今日から、命と名乗らせていただきます】よろしくお願いいたします、箱庭様」
ピンク色の長い髪を靡かせたAIロボットは、まるで人間かのように自然に微笑んだ。
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