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深窓令嬢の真相 3話

 マリとの姉弟喧嘩に完全敗北したジャックは手紙の令嬢、ジゼル・フィリグリーが主催するお茶会へ出席するべく、フィリグリー家の屋敷へと足を踏み入れた。

 手入れの行き届いた庭を進みながら周りを観察していくジャックは全体を漂う雰囲気にどことなく違和感を覚える。

 

 ――おかしい。


 フィリグリー家の屋敷に足を踏み入れた瞬間ジャックの違和感は確信へと変わった。

 準備で忙しくしているであろう使用人の姿はなく、静寂に包まれた屋敷。そして、執事に案内されたのはお茶会でよく使われるような庭園でも、広い談話室でもなく、数人の来客で使うような重厚感のある調度品に囲まれた応接室だった。


 「やはりあなたがいらっしゃるのですね」


 応接間の椅子に腰かけた重く張り詰めた空気をまとう女性がジャックを待っていた。

 フィリグリー子爵夫人だ。娘のジゼルはふわりとした栗毛で柔らかい雰囲気の女性だったのに対し、夫人は金髪のストレート。細められた瞳が腹に突き刺さるかのようにジャックは感じた。

 ジャックは北部によくみられる容姿だと余計なことを考えることでなんとか平静を保ち、一礼する。


「フィリグリー夫人とお見受けいたします。ご息女のジゼル嬢の招待で参りました、ジャック・ド・ヴァロワと申します」

「……どうぞ、おかけになってください」


 挨拶への返答もなく座るよう促した夫人に、ジャックは不安を感じながらも執事に案内されるがまま椅子に座る。

 互いに視線を合わせず向かい合うこと数秒、夫人は下がっていた視線をジャックの目線まで上げる。夫人は意を決したように息を吸うと、まっすぐとジャックを見つめ口を開く。

 

「娘はここにはおりません」


 驚きで目を見開いたジャックに夫人は一枚の手紙を差し出す。一言断りをいれてジャックが手に取る。

 文字はなく、右下に花束の絵が描かれている。香りはしなかった。

 

「この手紙は先日の」


 ジャックの言葉に夫人は小さくうなずく。

 

「主人から来たものだと、娘は言っていました。マリ様が読み方を教えてくださったとか」


 ジャックはジゼルが夫人へ手紙の相手を正しくは伝えていないことを察しながらも、相槌を打ち、続きを促す。


「この手紙は東部地域に移動するという報告と一緒に来たものです。これを見てしばらくしてから娘は姿を消しました」

 

 全力で探したけれど、見つからない。そう言って夫人は震える唇を強く閉じる。


「心当たりは?」

「……道路整備事業は開始当初からいろいろな思惑が絡み合っていて。それは今も続いています」

「大きな経済効果がありますからね……方針に反対する人々の仕業だと?」

「そろそろ南部国道の整備が終わります。次に整備されるのは北部ですが……東部の地方貴族が東部への整備を早めるように圧力をかけているのです。娘は、主人への交渉材料になるのでしょう」

「……どうやってジゼル嬢を」

「この手紙は、ヴァロワ家のサロンで解き明かされたのでしょう?」

 

 方法は知られていたはずです。マリが手紙の謎をサロンで話したから娘はいなくなった、言外にそう告げる夫人の目は鋭い。それと同時に手のひらは強く握りしめられて、かすかに震えている。

 鋭い視線や、様子のおかしな返答の原因を理解しジャックは警戒をさらに強める。


「主人には連絡してあります。きっともう帰路についているでしょう。私にできることは、もう……」


 気を落ち着かせようとしているのか、何度も胸元に手を当て深く呼吸を繰り返す夫人。背後から聞こえる小さな金属音。返答次第では無事には帰れないことを察して、ジャックは夫人を見据える。


「誓って、ヴァロワ家はこの件に関与しておりません」


「……それを信じろと?」


 夫人の言葉にジャックは大きくうなずく。


「道路整備の方針に対して、我が家は中立の立場をとりました。父、そして私の意見は今も変わりありません。それにヴァロワ家がジゼル嬢の失踪に関与していたとして、私一人でフィリグリー家に来るなどという愚行を犯すでしょうか?」

 

 ――ジゼル嬢が準備していたお茶会を利用してまで姉さんを呼び出そうとしたのは、姉さんを利用しようとしているからかもしれない。

 

 黙り込んだ夫人にジャックは、焦りを押し込めて、そして何も気が付いていないように、笑いかける。

 

「姉はジゼル嬢の話にいくつか気になる点があると言っていました。姉が動けばきっとジゼル嬢も見つかります」


 迷うように瞳が揺れ始めた夫人にジャックはさらに畳みかける。

 

「なにがあったのか、細かく教えていただけませんか?」


 ジャックはもう一度まっすぐ夫人を見つめる。待つこと数秒、夫人はゆっくりと頷いた。


 ********


「……そう。危なかったわね」


 ジャックの報告を聞きながら、マリは小さく息をつく。


「まぁね。この件に関してはしばらく言うよ。で、どこまでわかった?」


 ジャックが聞くと、マリは首を横に振る。


「まだなにも。ところで、夫人は手紙についてはどこまで知っていたの?」

「手紙の相手は子爵だけだと思ってたみたい。花の種類は特に気にしてなかったけど昔もらったことのある花が多いなとは思ってたみたいだよ」

「そう。じゃあ、令嬢の相手の心当たりは?」

「彼女の婚約者が子爵について行ってるって」


「婚約者ならわざわざ隠れて手紙のやり取りをする必要はないわよね……」


 ジャックの返答にそう呟くと、マリは紙を手に取り、ぶつぶつと独り言をつぶやきながら書き記していく。

 ジャックは独り言を聞きながら、預かってきた手紙を日付順に並べていく。差出人も宛名もない手紙だが、確認した日に使用人が日付をかきこむようにしているらしく、並べるのは難しくなかった。

 

「あぶり出しの手紙と絵だけの手紙が3対2といったところか。あぶり出しの方の絵はかなり色が細かいわね。本数も何か意味があるのかしら。逆に絵だけの方は花を固定することに重きを置いてるわね。細かい絵だわ……必ず二種類なのね」


 並んだ手紙を見たマリは、気が付いたことを呟きながら手紙を念入りに見ていく。もとより猫背だった背中がどんどん丸まっていく。


「何時に来るの?」

 マリの言葉に、ジャックは時計を見つつ答えた。

「三時間後。ジゼル嬢によくついていたって執事とメイドに来てもらうように頼んだけど、まぁね。言われた通り、ベルナールに頼んだよ」

 

 フィリグリー家の使用人にいくつか質問したい。これは、お茶会の目的の1つだった。夫人に頼んだところあれこれ理由をつけて断られた。ジャックはマリから言われた通り、後のことはベルナールへすべて任せたのだ。

 ――ベルの身分はこういう時に使うのよ。きっと今回の件はベルナールにも関わる話だし。

 ベルナールを顎で使うような行為に一応、異を唱えたジャックに対して、マリはそう言って少しめんどくさそうに少しはねた前髪を撫でつけていた。

 

「質問、まとめておくからお願い」

 マリは視線を手紙から外さずに答える。ジャックが聞くことを前提にした返答にジャックは肩をすくめる。

「わかった。聞くのは僕がやるけど、隣には座っててよ」

「……んー」

 生返事だけを残して、マリは思考の海に潜っていく。

 猫背になって手紙とメモを往復しているマリの邪魔をしないようにそっと出て行こうとするジャックをマリが呼び止めた。

 

「いつでも動けるように、準備はしといて」


 ********


「香りのついた手紙はお嬢様と奥様二人で確認する箱に、ついていなかった手紙はお嬢様に渡していました」


「それはジゼル嬢の指示で?」


 ジャックの質問にメイドは頷く。ジャックはマリのリストを見ながら、令嬢の呼んでいた本や、習い事、普段の令嬢の生活リズムや、手紙の確認の方法などを多岐にわたり聞いていく。

 マリは黙って隣に座り、ベルナールはそのすぐ後ろの机でメモを取りながら聞いていた。


「この本の中で見たことがあるものは?」


 ジャックは机に本を何冊か並べる。メイドがその中から二冊指さした。植物図鑑と色彩の本だった。


「大切な方からもらったと、大事にしてらっしゃいました。特に植物図鑑の方は花言葉? というものが書かれているそうで、花が贈られるといつも確認してらっしゃいました」


 マリは、メイドの言葉に頷きながら本を手に取りページをめくっていった。さっきまでピンと伸びていた背中が少しずつ丸まっていく。ベルナールが眉をひそめながらマリへ背筋を伸ばせと念を込めて視線を送っている。そんなベルナールを気にする様子もなく、マリは本を一通り確認して机に戻した。


「最後の手紙は何枚渡しましたか?」


 その質問をした時、メイドが一瞬息を詰まらせた。ジャックとベルナールもそれに気が付き、メイドの顔をじっと見つめる。

 

「……香りのついていない手紙が二枚です」


 ゆっくりと吐き出すように答えたメイド。二枚? と首をかしげるジャックの横で、口を開いたのはマリだった。


「その手紙の花は見ましたか?」

「赤いバラの花束です」

「それだけですか?」

「……いえ、もう一輪、赤いカーネーションです」


 メイドの答えを聞いたマリは強く目を閉じる。そして、目を開けるとメイドをまっすぐ見た。


「ありがとう。ジゼル様は必ず見つけます。帰りもお気をつけて」


 メイドは口を一文字に結び、何度も頷いた。一緒に来ていた執事も同じように口を堅く結んでいる。


 彼らを見送ったあと、マリはジャックに馬と彼らの護衛の手配を頼むと、速足で部屋に戻った。

 広げられた資料に加え、フィリグリー令嬢が持っていたという植物図鑑と色彩の本を取り出し、手紙と照らし合わせていった。


「どっちが色だ」


 ついてきたベルナールの言葉に、マリは色彩の本を手渡しながら答える。

 

「あぶり出しのほう。花の本数も見て。私はこっちの花の種類をもう一度調べる」


 ベルナールが手紙の花の色と本数を書き込んでいくなか、マリは図鑑と手紙を見比べる。

 手紙に描かれているのは花束で、愛を語る花の中に一輪だけ、似ているが違う花が必ず添えられていた。

 その二種類の花を調べ、書き留めていく。


「マリ、これは」


 ベルナールが色と本数が書きとった紙をじっと見つめたマリは、そのまま黙ってペンをとる。


「色と本数で言葉の指定だと思う」


 そう言って色の名前の一文字にまるを1つつけると、ベルナールは頷いて引き継いだ。


「……何が、わかったの」


「今すぐ、信用できる騎士を、王都の南部国道へ。フィリグリー家の屋敷にいる人には察知されないように」

 

「え?」


 困惑する様子のジャックに、マリがメモを見せる。


「あの手紙は、花がカギだったのね。色と本数を使った暗号と、もう1つは花言葉で伝えていた」

 

 マリの手元にあるメモには、花言葉が書かれている。


 『母の愛』『信じない』『裏切り』


「これって」

「フィリグリー夫人は北部の出身だったわね。そうだ。ベルナール、教えてくれる?」


 困惑するジャック。マリはベルナールの方に顔を向けた。メモから顔をあげたベルナールが小さく首をかしげる。

 

「次に王都への国道整備が始まるのはどの地域か決まった?」


 マリの言葉にジャックが、夫人は北部だと言っていた、と呟いた。ベルナールはジャックの言葉に首を横に振る。


「東部だ。……北部地域の反発は強い」


 ベルナールが丸を付け終えたメモを机に置く。

 色の名前が並べられ、それぞれ一文字に丸が付いている。

 ジャックは丸のついた文字を上から読んでいく、顔から血の気が引いていく。

 

 『はは きけん みなみ やしきへ こい』


 ジゼルに逃げるよう指示を出す言葉。


「それで、最後の手紙がこれ」

 

 裏切りを示す言葉の数々で埋まる言葉たちの中で最後に書きとられた言葉を指さす。

 

 『君に会いたい』

 

「彼女は南部に向かっているわ」


 マリは静かに、しかしはっきりとそう告げた。

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