保護したおじさんの中から美少女宇宙人が出てきた 3話
――ウーリャ・ニュルットが動画配信をしている。
SNSでそんなポストが飛び交うと、動画の視聴者数は爆発的に増えていった。
今は冒頭の雑談もある程度落ち着いて、寄せられる質問コメントにウーリャが直接回答しているところだ。
『彼氏とはラブラブだよ。そうそう、昨晩もね――』
「待て、ウーリャ。受粉の話は禁止」
『あ、彼氏のNGが出ちゃった。とりあえず、最高だったとだけ言っておくよ。えーそれじゃあ、次の質問にいくね……地球の物を食べて問題ないのか。そうだね、これは説明しちゃっていいのかな。まぁ、いいか』
本当に何にでもサクサク答えていくので、危うい場面がちょいちょいあるが、そこは僕が適宜ストップをかけている。
ちなみに僕の前でのんびり丸まっている白猫のムジカは、動画サイトのサーバに入り込んで暴言の類のコメントを未然に弾いてくれていた。騒ぎの規模のわりに配信の雰囲気が緩いのはそのためだ。
『――というわけで、地球におけるメソポタミア文明とほぼ同じものが様々な惑星にあるんだ。私たちは起源が同じで遺伝子的にも近いから、食べ物はほぼ同じで大丈夫。もちろん、免疫の獲得なんかのために環境適応処置をする必要はあるけど』
ウーリャは空間にイメージを投影しながら、分かりやすく質問に答える。コメント欄もSNSも大盛り上がりで、今や世界中の人が注目していると言ってもいいだろう。
『えっと、私が日本語で話してるのは、日本で暮らしてるからだよ。彼氏も日本人だしね。うーん、日本が危険かどうかは……そうだね。そのあたりも踏まえて、そろそろ本題に入ろうかな』
そうして、質問コーナーは終了。
視聴者数がとんでもない桁に膨れ上がったところで、本題に入ることにする。それなりに場は温まったと思うが、ここから先はどうなるか未知数だ。
『さてと……まだ事態を正確に把握している人は多くないと思うんだけど。実は、ロシア連邦のモスクワっていう都市が壊滅したらしいんだよ』
ウーリャは空間に男の顔を投影する。
耳の長い、物語のエルフのような男だ。
『モスクワを滅ぼしたのは、ヴラードル・マルス・メルカトール。現在、地球の各国政府や報道機関を脅して従わせている張本人だね。そして彼は、宙賊を生業にしている』
ウーリャの手の動きに合わせて宇宙船のホログラムが空間に浮かび上がり、まるで本物のように動き始める。
『ヴラードルは、星系間の交易船をよく狙う。やり口としては、出港前に獲物の船内に爆弾虫を仕込んでおくことが多いかな。そして、航行中に子どもを人質に取ったりするんだよ』
ホログラムの交易船を守るように小型の戦闘艦が配置されるが、後から現れた大型の宙賊船がそれらを殲滅していた。
もちろんこれはイメージ図だが、こうして見せられるとなかなかにインパクトがある。
『ヴラードルが獲物を生かして帰すことはない。女は自分用に確保するか、売り飛ばす。男は皆殺し。将来有望な赤ん坊なんかを自分の宇宙船で育てたりなんかもするね……私もたぶんその中の一人だと思う。物心ついた時には、もうアイツの船に乗せられていたから』
ウーリャは淡々と説明を続ける。
宇宙船での生活や、親友のベルゥという女の子のこと。彼女が殺されて、保護指定惑星である地球に逃げてきたこと。
『地球のみんなに迷惑をかけちゃってるのは本当に申し訳ないと思ってるよ。ただ……私が無策で出ていったら、アイツはきっと用無しになった地球を滅ぼすと思う。だから、私なりに考えてみたんだ。地球のみんながヴラードルの手にかからずに済む方法を』
そうして、ウーリャは一度目を閉じる。
正直、賭けの部分も大きい。僕らが何かを読み違えていれば、このまま即座に地球が滅ぼされてしまう可能性もある。ただ、今持ちうる手札で、僕らができる最大限の抵抗をするなら。
『――ねぇ、ヴラードル。これ以上、地球の人たちに何か危害を加えたら、私は死ぬことにしたから』
ウーリャ自身を人質にした、脅し。
『冷静に、よく考えてみたんだけどね。もしもアナタが私を殺したいだけなら、他にいくらでも手段はあったはずなんだ。私の知るアナタなら、脱走から一年近くも悠長に待つことなんてない。地球ごと私を滅殺することも可能だったはず……なのに、そうしなかった』
そう、気になったのはその点だ。
未開惑星保護法に違反してまでやることが、殺戮ではなく人探しだった。モスクワの件にしたって、わざわざウーリャがいないだろう地域を選んでいる。つまり、どんな理由があるにせよ、ヴラードルが「生け捕り」に拘っているのは間違いないだろうと僕らは推測したわけだ。
『アナタが私を生きたまま見つけ出すか、私がアナタを永久に地球から追い出すか。制約条件は、地球に危害を加えないこと――これはそういうゲームだよ。アナタ風に言うならね』
ヴラードルへの宣戦布告。
精一杯不敵に笑って、ウーリャは胸を張った。
『さてと、話したいことはたくさんあるけど、今日の動画配信はここまでにしようかな。SNSも始めようと思うから、詳しくは明日の配信で。それから……最後に、私の親友ベルゥが作った音楽を流して終わりにするよ。すごく素敵だから、地球のみんなにも楽しんでもらいたいんだよね』
そうして、ウーリャがパチリと指を鳴らすと、ムジカが音楽を再生する。
――鈴のような透き通った音と、清涼感のある柔らかい声。新しいのに、どこかノスタルジックにも感じる不思議なメロディ。
ウーリャは目を閉じて楽しそうにそれを聞きながら、目の端に涙の粒を浮かべていた。
死んだ人がどうなるのかは分からない。でも、もしも魂なんてモノがあるとするなら……ベルゥの魂はきっと、ウーリャの記憶の中にしっかりと息づいているのだろう。
⚝ ⚝ ⚝
地下にある食料生産設備は、小規模ながらなかなか多機能な設備が立ち並んでいる。
まず全てのベースになるのは、数種類の養液タンク。それを使って培養されるのが、太いミミズのような謎肉だったり、何かのツル草だったり、そのままだと食べられそうにない一次素材になる。そして、それらを加工して作られるのが「食材カートリッジ」だった。
「ウーリャ。今日はずいぶん頑張ったからな。夕飯はリクエストに答えるよ。何がいい?」
「じゃあ、トンカツ!」
「分かった、ウーリャは揚げ物が好きだな」
話しながら、数種類の食材カートリッジを食品構成機にセットして、豚肉、卵、小麦粉、パン粉なんかを順次生成していく。主食は白米。味噌汁用の味噌、豆腐、ワカメ。あとはキャベツも必要だな。
食品構成機で食事の完成品をいきなり作ることも不可能ではないけど、正直な感想として、あまり美味しくはなかった。出力するのは食材だけにして、今後も料理は普通にした方が良さそうだ。
「春樹の作るご飯はいつも美味しいよね。地球には色々な料理があるから、食事の時間がいつも楽しいよ」
「宇宙船では何を食べてたんだ?」
「うーん。カロリーバーとか、ゼリー飲料とかだったよ。拿捕した宇宙船でも、食品構成機まで載せているのは、よほどのもの好きの類だったから……普通は荷物の積載量を優先するからね」
宇宙船生活では排泄物なんかも分解されて食料生産サイクルに組み込まれる。食事というのはどこまでも効率を突き詰めるもので、料理なんて無駄だと考えられているらしい。
「だけど、春樹の料理を知っちゃったら、もうあの生活には戻れないよ。耐えられる自信がない」
「家庭料理レベルだけどな」
「その家庭料理が、私にとっては最高の贅沢なんだって。ふふふ、私の舌もずいぶん肥えちゃったなぁ」
ここの設備は、ウーリャが地下格納庫で毎日コツコツと作り上げたものらしい。いざ避難が必要になった時にも、食事面だけはどうしても耐えられそうになかったみたいでね。
「お芋のゴロゴロ入ったコロッケでしょ、白身魚の天ぷらでしょ、鶏もも肉の唐揚げと、あと牡蠣フライも美味しかった」
「全部揚げ物じゃん」
「揚げ物は最高の料理だよ。あのザクザクした食感とか、中身はどんな味なんだろうってワクワクする感じが、もうたまらないよね」
ちなみに、食品のデータはムジカが白猫の姿で近所を出歩きながらスキャンしたらしいから、日本で手に入る食材はだいたい再現できるようになっている。引きこもり準備はバッチリって感じだ。
「僕も一緒に閉じこもっていたいくらいだが」
「私もそうだけど。今このタイミングで春樹が世間に姿を見せなくなったら、怪しむ人が出てくる可能性があるからね」
「そうなんだよなぁ」
今の状況では、僕がウーリャを匿っているなんて、怪しまれることすらあってはならない。
水、ガス、電気なんかもそれなりに使って、普通の生活をしているように装っておいたほうが良いだろう。滅多にないことだが、親戚が家を訪れるなんてこともあるかもしれないから、ずっと留守にしておくわけにもいかない。
ムジカが瓜谷さんの皮を被って活動するのも同じ理由だ。これまでもあまり社会と関わるような生活はしていなかったが、それでも「瓜谷温人」が急にいなくなったとなれば、怪しむ人が出てくる可能性があるから。
「まぁ、細かいことは後にして、食事にしようか」
「わぁい、とんかつ定食!」
「しっかり食べて、明日からの配信に向けて英気を養わないとな。まだまだ先は長そうだ」
こんな風にして、僕とウーリャの新しい生活は幕を開けた。なかなか落ち着かないが、ヴラードルをどうにかするまでは、この状況が続くだろう。
⚝ ⚝ ⚝
あれから、一週間ほどが過ぎた。
ウーリャを探せと煽る報道は、不自然なほどピタッと止んでいる。おそらくヴラードルが活動方針を変えたのだろう。
一方で、SNSは大盛り上がりだった。ウーリャのイラストを投稿する絵師。地球外技術に言及する研究者。ウーリャの彼氏とやらを血祭りに上げろと興奮する狂人。どうやら、熱心なファンもたくさんできたらしい。
街を歩けば、そこかしこにウーリャの映像が流れている。
『月が見える場所にいる人は、観測装置を覗いてみてほしいんだ。みんなが“コペルニクス”って呼んでいる大きなクレーターの中心に、ヴラードルの宇宙船があるのを確認できるよ。これは、今の地球の観測技術でも見られるはず』
ウーリャの言葉を受け、多くの天文学者が天体望遠鏡を覗いた。その中には、一年前から「コペルニクスに異物がある」と主張していた学者もいて、一躍有名になったりもした。
『イラストでもらった衣装が可愛かったから、衣服構成機で再現してみたんだよね。でも私は素人だから、完全再現とまではいかなくてさぁ……詳しい人がいたら、アドバイスをもらいたいんだよ』
ウーリャが問いかけると、名だたる服飾ブランドのデザイナー、新進気鋭の絵師たち、有名コスプレイヤーなんかがアイデアを出し合い、手の込んだ配信用衣装はどんどん増えていった。
『私の親友ベルゥの歌声を、たくさんの人に聞いてもらいたいんだよね。みんなが楽しんでくれると嬉しいな。どれも素敵な曲なんだよ』
そうして投稿したベルゥの動画は、ものすごい再生数を叩き出した。歌詞の意味は誰も理解できないのに、不思議と地球人の心に刺さったらしい。
特に多く再生されたのが「遠い日の花畑で」というタイトルのもので、ウーリャとベルゥが宇宙船内に投影された花畑で遊んでいる時の音源だった。ベルゥの歌の合間にウーリャとの会話が挟まっていたりして、ずいぶん和やかな雰囲気だ。
この時の二人の会話は、地球の言語に翻訳されて字幕に表示されていた。
【ウーリャ。花畑の実物ってどんな感じなんだろうね。投影されたのじゃなくて】
【いつか見てみたいなぁ。ベルゥと一緒に】
【それじゃあ、約束。いつか一緒に見ようね】
コメント欄には、世界各国からベルゥの冥福を祈る言葉が寄せられていた。
それと、ウーリャの活動が未開惑星保護法に違反するのではないかという意見もあったが、それについては最初から諦めている。
ヴラードルと対決する以上、そこを気にしていては負けるからね。将来的に罰を受けるなら、その時は僕も運命を共にする覚悟だ。
買い物をして家に帰ると、瓜谷さんボディのムジカが現れる。
「スキャン完了。特に虫などはつけられていない。気を抜いても大丈夫だ」
そう聞いて、ようやくホッと一息つく。
ヴラードルは機械式の虫を日本に放ち、ウーリャの居場所を虱潰しに探っているようだった。この家にも一度虫が入り込んで、三時間ほど家探しをされたことがある。虫を排除してしまえば居場所を教えるようなものなので、気付かないフリでやり過ごしたが、あれは生きた心地がしなかったな。
ちなみにムジカの操る瓜谷さんはなんだかハードボイルドで、すごく違和感があるんだよね。たまに目も光るし。なんて考えつつ、僕は着替えてから地下に向かう。
「おかえり、春樹!」
「え……もしかして、その格好で配信したのか?」
「まさか、これは春樹専用だよ。どう?」
やたら扇情的な服装のウーリャが、楽しそうにポーズをとっていた。細部までずいぶん手が込んでいるが……サキュバスがモチーフかな。うーん。
「まぁ、悪くないんじゃないかな」
「もう少し素直に」
「けっこうグッとくる」
「もっと情熱的に!」
「こ、今夜は寝かさないぞ」
「春樹ってばえっちー」
言わされた感がめちゃくちゃあるんだが。
ひとしきりそんな会話をしてから、緑茶を淹れてのんびりしていると。ソファの上で、僕に絡みつくように座ったウーリャが、スマホの画面を見せてくる。
「あのね。SNSのDMに動画が届いたんだよ。相手は異星人を名乗ってて」
「異星人か……本物なのか?」
「地球の技術で作れる動画ではなかったよ」
ウーリャのスマホで動画が再生される。
映っているのは、猫耳の付いた異星人の女性だ。
『こんにちは、ウーリャ。あたしは未開惑星管理官のパラウ・パカラキ。今はシンガポールという国で暮らしているの』
パラウと名乗る女性は、胸に独特な意匠のブローチを付けている。ムジカによると、あれは未開惑星管理官のもので間違いないらしい。
『あたしはウーリャを助けてあげたくてね。もちろん彼氏くんも一緒に。残念ながら、ウーリャの行動は未開惑星保護法に違反するけど……状況を考えれば仕方ないし、あたしなら弁護できると思う。連絡を待ってるね』
そして、短い動画が終わる。
「この動画、ウーリャはどう思う?」
「彼女はヴラードルに脅されてる、かなって」
「そうだな。僕も同意見だ」
ウーリャは僕の胸に顔を埋めて唸る。
「でも……未開惑星管理官だからね。惑星管理局から航宙軍を派遣してもらうには、彼女と話をつけるのが一番手っ取り早いんだよ。どうする?」
そうして僕らは、この後の動き方を相談することにした。
ひとまず、この動画メッセージへの返信内容から考えようかな。これはヴラードルの罠だろうが、奴を出し抜くチャンスでもあるから。