奥村さん家のガーディアン 3話
◆3か月後
強盗団を撃退してから3か月が過ぎました。
業務は順調、奥村家の皆さまとの関係も極めて良好。
最近では食卓にワタクシの席が用意され、また二階の空き部屋がワタクシの部屋になるなど、本格的に家族の一員として受け入れられつつあるように感じます。
その一環……と考えたらよいのでしょうか。良子さまがワタクシの生態の記録を始められました。
事あるごとに写真を撮影しては、居間の壁に掛けられたコルクボードに貼り付けておられます。
ロボたちへ指示を出しているところ、壊れやすい陶器を清掃しているところ、センターへ報告を行っているところ、寝落ちした春太さまを抱きかかえベッドへお運びしているところ……。
ただの日常風景では物足りなくなると、都内の服飾店より様々なグッズを通販されるようになりました。
たとえば今ワタクシは、ピンクのミニのドレスにハイヒール、猫耳や尻尾などを付けた上で良子さまのポーズの要求に応えています。
胸の前で指でハートを形作る、顔の脇で手を招き猫の形にして「にゃん」と鳴く、女豹のポーズ(?)をとる。ひとつひとつの意味はわかりませんが、良子さまは実に楽しそうにしていらっしゃいます。
「はあぁ~、染み渡るうぅ~。娘がいたらこうゆ~ことがしたかったのよねえぇ~」
一般的な母娘関係で行われる行為のようには思われませんが、それもまた良子さまなりの愛情表現なのでしょう。
仮とはいえ娘の役割を担う身としては、なんとかお力になりたいところ。
「良子さまがお望みのようでしたら、速やかに予習を開始し、より良い被写体になるよう努めたいと思います」
するとなぜでしょう、良子さまの顔色が変わりました。
ビキビキと目を血走らせながらワタクシの肩を掴むと……。
「ダメよ、アイ子ちゃん。『勉強』しちゃダメ。こうゆ~のはね? その『初々しさ』とか『ぎこちなさ』が最高のスパイスになるんだから。『慣れ』て『わかって』ちゃダメなのよ。言うならば『商売女』と『素人娘』の違いなの」
「……そういうものですか」
不勉強のせいでしょう、良子さまのおっしゃっていることは半分も理解できませんでしたが、予習を望まれていないことだけは明確にわかりました。
「それではこれからも、勉強せずに挑みたいと思います」
「ああ~、いいわね~。その真面目な感じを、わたし色に染めていくのが楽しみだわあ~」
これから先のことを想像してでしょうか、良子さまはうっとり夢見るような表情をなさいました。
と、そんな折――
「ええー、なんで? なんでアイ子おねえちゃんはお外に行けないのーっ?」
どうやらワタクシと一緒に外へお出かけになりたい春太さまと、それを許さない正雄さまとの間で意見の衝突が起こっているようです。
「しかたないんだよ春太。アイ子おねえちゃんは家を守るのが役割だから、お外には出られないんだ」
正雄さまは申し訳なさそうに説明なさいますが、これは正雄さまの問題ではなく、ワタクシ自身の問題です。
セキュアコンシェルジュであるワタクシは、故障や定期検査などの例外を除き、ユーザーさまのお宅を離れることができません。
正確には外出オプションも販売されてはいるのですが、セキュアコンシェルジュをもうひとつ購入するほどの金額となるため、現状の正雄さまの年収では難しいでしょう。
しかし、どれだけ説明しても春太さまは聞き入れてくださらず……。
「やだ行きたい、絶対行きたいっ」
地団太を踏んで、泣いて、大声でわめいて。
最終的には拗ねに拗ね、自室に閉じこもられるという形になりました。
「……春太さまは、どうしてあれほどワタクシとの外出に固執されたのでしょう?」
ワタクシはふと、疑問に思います。
「春太さまは心優しく、人情の機微にも鋭いお方です。わがままなんて聞いたことがございません。にもかかわらず、今回はどうして……?」
ワタクシの疑問に答えてくださったのは良子さまでした。
困ったような笑みをワタクシに向けると。
「春太ね、学校でイヤなことがあったみたいなの。具体的な内容は教えてくれないんだけど、あったみたいなの。それでね? 来週、林間学校があって……」
◆涙の理由
いつものメイド服に戻ったワタクシは、春太さまの自室を訪れました。
「春太さま、少々よろしいでしょうか?」
「……なに?」
春太さまはベッドから体を起こすと、毛布を羽織ったまま鼻をぐずりと鳴らしました。
ずっと泣いていらしたのでしょう、目が真っ赤です。
――ギ。
例の軋みを聞きながら、ワタクシは春太さまに話しかけます。
「良子さまよりうかがいました。来週林間学校があるとのことで……」
「………………うん、そうなの」
一瞬迷うようなそぶりを見せた後、春太さまはポツポツと話し始めました。
「ぼくね? 学校、あんまり好きじゃないの。だけど絶対にイヤってわけでもないの」
「はい」
「高田くんとは仲良いし、委員長はいつも厳しいけど優しくしてくれる時もあるし……」
高田くんはご学友で、休み時間に春太さまと遊んでくれる男の子。委員長は春太さまが学校を休んだ時にプリントを配りに来てくれる女の子です。
いずれも春太さまの味方をしてくれる、大事なご学友たちです。
「でも、先生がね……?」
先生、というのはおそらく担任の沼田先生のことでしょう。
学校新聞でお顔を拝見した限りだと、二十代後半の小太りの男性のようですが……。
「あのね? これはおかあさんにも言ってないんだけど……」
春太さまが来い来いと手招きするので、そっと傍に身を寄せると。
「先生が、『春太くん、林間学校楽しみだな。先生と一緒に楽しもうな』って言うの」
「はい」
それだけなら普通でしょう。学校を休みがちで友達も少ない春太さまにとっては、純粋に救いとなる言葉のはず。
「でもね? 言いながらぼくの肩とか、お尻とかを触るの。みんなの前ではそんなことしないのに、他の子に見えないところでべたべた触るの」
「…………はい?」
「ここんとこ、回数が多くなってるの。ぼく、イヤだから先生から離れるようにしてるんだけど、先回りされたりして……逃げられないこともあって……」
消え入りそうな声で言うと、春太さまはぎゅっと唇を噛みしめました。
その辛そうな横顔を見つめながら、ワタクシは大急ぎで沼田先生のプロフィールにアクセスしました。
小学生から大学生までの内申書を探り当て、友人関係、恋人関係、SNSなどでのつぶやきや、一時書いていたブログに至るまで、徹底的に走査しました。
その結果わかったのは、沼田先生が重度の少年嗜好者であるということです。
犯罪として立件されてこそいないものの、少年への声かけや必要以上の接触行為、つきまといなどで職務質問されたことが何度もあり、およそ小学校の教師など務めてはならない人物だったのです。
「それでね? ぼく、思っちゃったの。アイ子おねえちゃんが見張っててくれたら、先生も変なことできないかもって。だから一緒について来てくれないかなって」
「行きます」
「でも無理だよね。アイ子おねえちゃんはこの家にいなきゃだから」
「行きます」
「えっと……でも、おとうさんがそういう『しよう』だからって……?」
「もちろん仕様としてはできません。しかし、対処方法はあるのです」
沼田先生のプロフィールを走査する中で、ワタクシはいくつもの唾棄すべきデータを目にしました。
成人男性が幼気な少年に働く、口にするのもはばかられるようなおぞましき行為の数々を。
剥き、殴り、蹴り、縛り、泣かせ、跪かせ。
少年の尊厳のことごとくを破壊するような、醜き行為の数々を。
もしそんなことを、恐れ多くも春太さまにしようというのなら。
ワタ、クシのっ……春太っ、さまにっ。
――ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ……ッ!
かつてないほどの特大の、長大の軋みを聞きながら、ワタクシはエプロンのポケットへと手を突っ込みました。
「差し上げます」
取り出したのは、何かの慰みにでもなればと思い持参した、アイギスシリーズのスターターキットの一部。
「えっと……これは……?」
「ミニアイ子です」
「え、え?」
「ミニアイ子です」
アイギスシリーズをデフォルメして作った、体長5センチのメイド型マスコットです。
頭が異様に大きく、手足は極端に短く、目はカマボコを逆さにしたよう。
ユーモラスという言葉をはき違えたような造形ではありますが、中身は高性能のロボットです。
エントリーモデルではありますがワタクシと同じメーカーのAIを搭載し、低燃費バッテリを有し、意外に器用な手先でもって、PCや家電を取り扱うことができます。
「ミニアイ子はワタクシの分身です。視界を共有しているので、いつ何時、春太さまがどこにいても一緒です。つまりはどこにいても、お守りすることが可能です」
胸に手を当て、宣誓します。
「改めて誓います。卑小なこの身なれど、全身全霊をかけて春太さまをお守りする盾になると、あらゆる脅威を打ち払う剣になると」
「アイ子おねえちゃん……っ」
安心してくださったのでしょう。春太さまは泣き笑いのような表情になると、ワタクシの胴に正面から抱き着きました。
「ありがとうっ。ぼく、アイ子おねえちゃんが一緒なら怖くないよっ」
いつもより強く熱烈なハグを受けながら、ワタクシは林間学校の日程と会場について調べ始めました。
軽井沢の湖畔に立つ、白い瀟洒な建物。
そこで行われるかもしれない凶行を未然に防ぎ、事が起こった際には速やかに断罪するために、秘匿通信でミニアイ子に指示を出します。
【いいですか? ミニアイ子、絶対に春太さまをお守りするのですよ?】
【アイ、アイ、マム!】
春太さまの頭の上でぴょんと跳ねたミニアイ子は、短い手で器用に敬礼をしてきます。
【暴漢を、変態を、証拠も残サズ徹底的にやっつけマス!】
【その意気です、ミニアイ子。成人男性とあなたでサイズ差はありますが、心配することはありません。人間は衝撃に弱く、環境の変化にも脆い生き物です】
【アイ、アイ、マム! しょせんは『水の詰まった袋』デス!】
目をバチンと閉じてウインクを交わすと、ワタクシたちは春太さま防衛のための準備に移りました。