幻獣牧場の王 〜不器用男のサードライフは、辺境開拓お気楽ライフ〜 3話
バートン男爵は、左膝に目を落とす。
「先の大戦で、膝を傷めましてな」
体格は俺と同じくらい、つまり壮年としてはかなりがっしりしている。だが寂しげな目で話すと、ずいぶん年とってみえた。
「もう長い時間はグリフィンに乗ってやれない。こやつの翼を活かせる方に、譲りたいと考えておったのです」
傍らに佇むグリフィンは、背筋を伸ばし誇らしげだ。風が金色の毛をそよがせる。
「騎乗して15年と仰ってましたね」
「拙者に慣れすぎたのでしょう、他の主を振り落としたり、噛みついたりする有様で……行き場を探すのに苦労しています」
「なるほど……」
グリフィンは誇り高い生き物だ。もともと主が変わるのを嫌がる。
「よほど大切にしたのですね」
バートン男爵は苦笑した。
「若輩の頃から、空はこいつと共にあった」
しかし、と男爵が切り出したのは世知辛い事情。
もともとバートンは、準男爵だった。世襲できない下位貴族で、それが軍功によってこの近辺を授かり、男爵に上がる。
となると金を呼び込み領地を発展させなければならないが、それには王都へのパイプが必要だ。
そんな折、バートンを王都に召喚し、兵の指導役とする案が持ち上がる。
出世だ。
もちろん断れないし、領地のためにも行くしかない。人事で所領を離れざるを得ないのも、下位貴族の辛さだろう。
「王都と繋がれば、領地に貯えができます」
バートン男爵は、次の道をゆくことに決めたのだ。
「お急ぎなのは、そういった理由でしたか」
「はい。相棒を置いていくのは、忍びない。しかし、こやつは速く、高く飛ぶのが好きなのです。どのみち拙者では応えてやれぬ……」
別れるのが幸せなのだ――そう思いたいのだろう。
見方によっては、それさえも人間側のエゴかもしれないが、少なくとも思いやりを感じた。
「マスターっ」
「んにゃ」
フィーネとケイトが、励ますように頷きあっている。お前ら、もう受ける気でいるな?
俺も姿勢を正した。
「男爵殿。本当に私に任せてもいいのですか? ご活躍なされたのなら、あなたのグリフィンを望む方もいるでしょう」
要は『ギルドから推薦されたという理由だけで俺を頼っていいのか』という疑問だ。グリフィンは価値高い幻獣だし、ご家族の意向は確認しておきたい。
男爵は首を振る。
「息子は戦で失い、家はもう妻と娘だけ――グリフィンを引き受けるような者はありませんよ。かつての部下も、餌代に苦労する有様です」
まだ『国家』という概念が曖昧なのだ。そのため、たとえ魔族への備えであっても平時の餌代は自弁である。
男爵は、ケット・シーのケイトを見やる。
「ケイト、見られてます?」
「大戦中、あなたのお話しを何度も聞きました。幻獣とご活躍なされたあなただからこそ、頼みたい」
俺が不死鳥と死別したのも知ってるようだ。
そのうえで、か。
俺はレオナルに目をやる。頭を高く掲げたままで、どこか『できるならやってみろ』と見下ろしているかのようだ。
「引き受けました」
バートン男爵へ微笑んだ。
「少し、乗らせていただいても?」
「もちろん」
鞍上に登る。
地上4メートルほどか。巨体にまたがる時だけは、俺の図体を便利に思う。
「キイ!」
途端、グリフィンは激しく頭を振って振り落とそうとしてきた。
「なるほど……!」
なかなかだ。加護で押さえつけず、ここは力比べといこう。
フィーネが不安げなので、にっと笑みを浮かべておいた。
「平気だ」
「……ええ。あなたを信じます」
感情的だが、その分行動は読みやすい。
不死鳥が威圧を見せても大人しくはなるだろう。だがこっちも、伊達に〈幻獣使い〉を名乗っていない。
「よっ……」
恩寵は俺に教えてくれる。
グリフィンの苛立ち、怒り、それに……恐れ。
なぜ背中にいるのがお前なのか。なぜ男爵はもう乗ってくれないのか。
「そりゃそうだ。15年一緒の主から別れを切り出されたら、辛いよなっ?」
「キイイ!」
影、そして風。
グリフィンが翼を広げ羽ばたいた。
俺はあっという間に、地上百メートルまで運ばれる。なびく草原は海のよう。
芝生小屋などまるで小石。
『飛んでっちゃったにゃ!?』
ケイトの通信が追ってくる。
だが心配いらない。
幻獣には飛べるやつが多い。魔法の本場『幻界』からやってきたなら、空を飛ぶなんて当たり前だ。
「俺を落とせるか、レオナル!?」
「キイイ!」
「おお、そうだ! 苛々すんなら、俺にぶつけちまえ!」
生意気な男を振り落とそうとするグリフィン。手綱を操りながら、時に抗い、時に受け流し、制御する。否定するのではない。怒りも、寂しさも、こいつにはあって当然だ。
『対話』の末、やがてグリフィンの息が切れる。
「ハッ、ハッ」
「……疲れただろう? もう40だもんな」
猫科に似た肉体を持つグリフィンは、特性も似る。戦闘での全盛期は、寿命に比して長くない。
飼育個体なら最大で140年生きた例もあるが、野生の寿命はその半分ほど。特に、縄張りを争うオスはさらにその半分だ。
要は寿命の前半分で縄張り争いを徹底的にやり、運良く生き残れたら、後輩に狩りを教えてのんびり過ごす生き物なのだ。
「前より力が落ちてるの、わかるだろ? お前の主もそうなんだ」
「グウ……」
「何事も昔どおりとはいかないもんだ」
手綱と言葉で伝えていく。
「勝手だよな? でも戦士の主ではなく、次の――平和な時代の主だって、きっと見つかる。俺が、そうする」
ふとケイトやフィーネの顔が過ぎった。
「任せてくれるか」
小さく、一鳴き。
レオナルはゆっくり翼を傾け、空を見せてくれる。正直、飛行はフィーネの方がよっぽど乱暴だったな。
「……?」
〈幻獣使い〉の加護で、俺は彼らの気持ちが少しわかる。
――キテクレ。
「どこかに俺を連れて行きたいのか?」
「グウ」
「わかった。案内してくれ」
レオナルが頭を向けたのは、昨日俺達が鹿を取ったあの鬱蒼とした森だった。
木々の合間を縫って、羽のようにふわりと着地する。
「うまいもんだ、レオナル」
背中から降り、2人で森を少し歩く。
やがて開けた場所に出ると、草に覆われた石碑を見付けた。近寄って見れば、刻まれた文字は日付である。
「まだ大戦があった頃か……」
勇戦を称える石板。
『なぜこんな森に』と思うが、現時点でさえ辺境のこの地は、大戦では魔族との激戦地だったのだろう。
これは墓標だ。
拾う骸もなく戦場で行方不明になった戦士たち。忘れられないように、そして戦いを見守ってくれるように、石碑をこの場に置いたのかもしれない。
――ルーク・バートン
ほか数名の名が刻まれており、傍らには朽ちた槍も置かれている。
「……なるほどな」
レオナルはしずしず歩くと、地面の花をそっとつまみ、石碑に供えた。
どうしたもんかな。
◆
「おお、戻ってきたか!」
俺達が戻ると、バートンらが駆け寄ってきた。
ケイトは『死んだかと思ったにゃ』と物騒なことを言い、フィーネも胸をなでおろした。
「森の方へ飛ぶので、何事かと」
「悪かった」
苦笑して、俺は鞍からレオナルの首筋をなでてやる。
「――グリフィンがあなたの元を離れない理由、わかりましたよ」
「な、なんと?」
俺は、みんなを森へと案内した。男爵は鞍上に、俺とフィーネ、それにケイトは歩きである。
先導するレオナルのクチバシが、時折木漏れ日で美しく輝いていた。
一方、男爵の顔にはだんだんと困惑、そして戸惑いが浮かぶ。
「男爵殿、薄々感づいていましたが、ここは大戦では激戦地だったでしょう。あなたが近くの領地を任じられたのも――」
「ええ。もともとは拙者達が戦い、切り開いた場所でした」
やがて、石碑の場所に出る。
男爵は荒れ果てた情景に息を呑み、声を震わせた。
「……この石碑は、息子らのものです」
ふう、と男爵は息を落とす。
「――息子はいないと言ったでしょう。戦死しました。この場所にも、あまりよい思い出はない」
最初、牧場の場所に戸惑っていたのはそういうことか。
「ずっと数に押された戦いでした。物資は常に不足し、その果てに息子らは散りました。辛勝の後、後付けのように石碑が建てられたましたが……こんな石よりも物資がほしかったと、思うたものです」
拳は震えている。
「今でもこの森に近づくと、戦いでの気持ちを、怒りを……色々なものを思い出す」
「グウ……」
俺達をここに案内したグリフィンは、小さくいなないた。
「ここには、レオナルが案内してくれました」
「おまえが……?」
グリフィンは石碑に近寄り、クチバシでまた器用に蔦を取ってやった。
「……思えば、確かにレオナルは時折こちらへ飛ぼうとした。しかし、私はその度に……手綱を引いて、近寄らないようにしておりました」
バートン男爵は言葉を詰まらせる。内心、悔いているのだろう。
「いつか心に整理をつけようと思っている内、こんなにも荒れ果てていたとは。そうか、もう5年も経つのだものな……」
男爵は、碑文を前に立ちすくんでいた。体が、足が、どうしても前に行かないとでもいうかのように。
「……なぜ、レオナルがここを?」
想像はつく。が、どう説明したものかな。結局推測にはなるし、何より――語るべきなのは俺じゃない。
「よろしいでしょうか」
赤髪を揺らしてフィーネが前に出た。
「レオナルの記憶を、この場でお見せすることができます」
「……記憶を? 驚いた、あなたは魔法使いか」
男爵は石碑とレオナルを見比べて、ごくりと唾を飲み込む。
「……や、やってください。相棒の気持ちを知っておきたい」
記憶の炎。
フィーネが唱えると、空中に炎が生まれる。
情景が写し出された。
空を飛ぶ魔族達に、グリフィンに乗った戦士達。
これは、大戦中のレオナルの視界なのだろうか。すぐ側で、バートンらしき声が指示を出している。
グリフィン乗りの一人が翼を寄せてきた。
――親父! 俺は西で、敵を引きつけるから!
待て、と男爵は叫ぶ。伸ばした手は空を切り、傷を負った左膝を押さえた。
去ってゆく方のグリフィンが嘶く。たてがみがない、雌のグリフィンだ。
――俺は無傷だ、俺にしかできない!
――親父、あんたは生きてくれっ!
途切れる情景。グリフィンは目を閉じると、進み出でて、また石碑から蔦を取る。
伝われと、願った。
「レオナルは、別れる前にこの場所を共に訪れたかったのですよ」
バートン男爵は澄んだ目をしたグリフィンをみやる。
踏み出す。じわりと浮かぶ涙を、グリフィンが巨大な舌で顔をべろりとなめた。
「……仲間を失ったのは、お前も同じか」
唸るレオナル。
「不思議だ。戦後は、この森に近づくことさえできなかったのに……」
グリフィンと共に、バートン男爵は石碑に跪いて祈る。木漏れ日が、老いた男爵とグリフィンの背を照らした。
「自分が不甲斐なく……! 悔いも、怒りも、思い出にしてしまいたかったっ」
男爵は左ひざを強く叩くと、小さく息をついた。
「今は……透明な気持ちだ」
何事も、ずっと同じとはいかない。
いいことも悪いことも、時間は等しく変える。
「……息子を死なせた私に、ここに来る資格などないように思えていました。だが、とんだ不義理をするところだった。仲間を失ったのは、私だけでないというのに……」
戦いの後も人生は続く。何かと向き合うのに、遅いってことはないだろう。
「この石碑が忘れられることがないよう、領地でも計らいましょう。ありがとう、エルンスト殿」
男爵はグリフィンへも微笑んだ。
「ありがとう、相棒。困ったやつだと思うたが――待たせていたのは拙者の方だったな」
レオナルは首を上げ、ワシの頭で吠える。
切なげな声は空に響いて、きっとそれこそ、主従の別れの挨拶だ。
◆
前世では『憑き物が落ちる』という言い方をしたが。
まさにその通り、レオナルは嘘のように主が変わることを受け容れた。
次の主として、俺は『郵便社』を紹介する。ペガサスなどの飛行可能な幻獣、そのカゴに手紙を満載して遠くまで届けるサービスだ。
大戦中の伝令が、戦後に民営化したものでもある。
まだ規模はとても小さい。識字率自体が高くないからな。ただ事業は拡大基調で、俺はその女社長にバートン男爵とレオナルを紹介した。
――感謝いたします!
女社長と男爵の両方から、礼を言われた。
「……そんな大したこと、してないと思うけどな」
夜、芝生小屋の外にある岩に腰かけ、独り言ちた。
寝そべっているグリフィン――レオナルを見やる。次の引き受け先も決まったので、3カ月ほど軍用としての癖を取る『慣らし』をして、女社長に引き渡しをする予定だった。
彼用の寝床は俺のテントを拡張した。つまりはしばらくグリフィンと同居になる。
「寝返り打つなよ?」
「クアア」
「まったく……」
苦笑していると、月明りが誰かの影を作る。
「マスター」
フィーネが、コーヒーのマグを手に立っていた。
グリフィンはすごすごとテントへ帰り、高位幻獣に場を譲る。
「ひと段落ですね」
春の生暖かい夜風が渡って、受け取ったコーヒーの湯気をなびかせた。
「……思い出したよ」
赤い目が続きを促す。
「俺、そもそもお前たちのことが好きなのかもな」
困っているから助けたい。そんな気持ちも本当だが、幻獣という存在が好きなのだ。
大事なこと、忘れてたな。
彼らと戦ったのも、そもそも好きだったからなのに。
「――じゅる」
「ん?」
「私も一つ、話をしてもいいでしょうか」
フィーネは隣に腰を下ろした。
近くない?
「……魔族との戦いで、多くの幻獣もまた危機に瀕しました。幻獣が、もし人と協力できなかったら――いくらかの種は滅んでいたかもしれません」
「大げさだな」
「年上の話は聞くものですよ」
……時折、彼女との会話は、10年以上前に戻るな。
「だから、思ったのです。救った人は、救われなければならない――」
赤宝石のような目と、同じ色の首飾りがきらめく。
「人間が報いないなら、幻獣が、私があなたに報いたいと」
近づく、美しい顔。なんだ、頭がぼうっと……。
「う……? フィー、ネ?」
「マスター、私は……!」
ぱちんと目の前で火花。気づくと俺は夜空を見上げていた。
フィーネも、少し離れたところでうずくまっている。2人して、何かの力に跳ね飛ばされたみたいに。
「いたた……? なんだ?」
「――ハッ、つい!? ま、マスタぁ! とにかく、フィーネはあなたの味方ですのでぇ!」
ぴゅーっとフィーネは風のように小屋に入ってしまう。
ぽかんとする俺に、テントのグリフィンが呑気にあくびしていた。
『マスター』
頭に声が響く。
「ケイトか」
『〈幻獣使い〉には「抗魅了」の力があるにゃ。幻獣には相手を魅了する力がある種もいるからにゃ』
「急にどうした」
『ただし「抗魅了」は、受けにゃ。「抗魅了」が働いたということは……』
「? おい?」
『……ケイトから言えるのは以上にゃ。猫用胃薬を牧場経費で買ってほしいにゃ』
通信が切れる。
俺は、少し冷えたコーヒーをすすった。なんか疲れた。
少なくとも男女2人きりは、心臓によくない。
「……誰か、雇うかな」
割と早急に。
サードライフは、気楽にいきたいもんである。




